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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
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十四話 史孝さん

歩のプロポーズを受け、真由美にも歩の想いに応える為、ある決心が生まれる。

それは、前夫の事であった。

 私の決意を受け、彼女にも覚悟が出来たのだろう。

 意を決し話し出したのに、私は彼女の言葉が何を意味するのか、その時には瞬時に理解する事が出来無かった。

 しかし、彼女が話し出した内容は、私に取って絶対に勝ち目の無い男へ立ち向かわねば成らない事を痛感する物であった。

「あなたは気にしないって言うかも知れないけど、元夫の事を話しておかないといけないと思うの!」

 彼女の言葉に私は、勿論彼女がシングルマザーだと言う事は知って居たが、元旦那さんがどの様な人で、どの様な別れ方だったのか迄は聞いて居なかった。

 否、敢えて聞く事をしなかった。

 何故に!?

 それは勿論、嫉妬やバツの悪さと言った感情が擡げる事で、彼女に呆れられたり嫌われはしないかと言う不安からであった。

 そして、彼女も又、態々その事を話す様な事はしなかった。

 元旦那さんを気にしないと言ったら嘘に成るが、かと言って正直な所、元旦那さんの事を考えて悶々とする様な事は無く、私の中では元旦那さんのDVや浮気と言った不行状が原因で、離婚に至ったのだろうと位にしか考えて居なかったからだ。

 しかし、結婚を意識した付き合いをする為には、やはりそこはハッキリ伝えておきたい思いが彼女にはあったのだろう。

 私自身もやはり、彼女の元旦那さんがどの様な人だったのか、どうして別れる事に成ったのかは、想像で誤魔化し気にしない様にして居たが、正直な所、やはり気には成った。

 そうした事も推し量ってくれたのだろう、彼女は私が蟠り(わだかま)を抱かぬ様に意を決し話してくれ様として居る。

 その決意を受け止めるべく、

「はい。」

 と、居住まいを正した。

 私の様子を見て、彼女はゆっくりと穏やかに話し始めた。

「歩君。

 私の元夫はね、もうこの世には居ないの。」

 彼女のこの言葉は、私を大層驚かすと同時に、元旦那さんへの申し訳無さを湧き起こさせた。

『てっきり別れた理由は離婚やとばっかり思ってたから、会おうと思えばいつでも会えるんやろうって、何かモヤモヤした気持ちに成ってたけど、とっくに亡くなってたとは思わんかった!』

 そうした、この世に居ない人に、私は知らぬ間に焼き餅を焼き、自覚が無い内に不安を覚えてたのだとこの時気付かされた。

 反面、恋敵がいない事に安心する事に成ったのだが、彼女の心に残る彼の面影は新たなる不安と敗北感をもたらす事に成った。

 先の言葉を言ってから、彼女は暫く黙って居たが、

「元夫と私が結婚したのは、彼が十九で私が十六の時だったの。」

 話し出した彼女が続けた話は、次の様な事だった。

 元旦那の中川史孝さんは自動車修理工で、彼女が中学三年の時にアルバイトをして居た知人の喫茶店で、店員と客として出会ったのだそうだ。

 その時は顔馴染み程度で、挨拶位しか交わす間柄でしか無かったのだが、彼女が高校を辞め倉庫でアルバイトに就いて後、仕事内容が集荷から事務職に移った頃、修理依頼した社用車の引取りに来た史孝さんと再会した。

 受付に出た彼女と、修理業者として来て居た史孝さんは、互いに驚く様な再会から次第に付き合いを深めたそうだ。

 一家を支える立場の彼女は、最初付き合うのを躊躇(ためら)って居たが、話しを聞いた母が好きなら家の事は気にしないで付き合いなさいと言ってくれたのに、二人は結婚を見据えた付き合いを始めたんだそうだ。

 彼女が一家の為に結婚を迷っているのを察したお母さんは、いずれ結婚して出て行く身なんだから、家の事等気にせず二人で住む様にしなさいと勧めた。

 その話しを、デート中の何気ない会話の中で彼女が話した時、彼史孝さんは真剣な顔付きと成り、

「前にも言ったけど、俺は孤児として施設で育って、親は勿論、家族って物さえ知らん。

 君んちはお父さんが居らんけど、それでもちゃんとした家族として頑張ってる。

 そんな家から君が抜けたらどうなる?

 お母さんは頑張る遣ろうけど、絶対無理がたたって身体を壊すに決まってる。

 俺は、お母さんにそんなしんどい思いをさせとう無い!

 せやから提案なんやけど、皆で一緒に暮らさへんか!?」

 彼がそう言ってくれた事で、彼は彼女達が暮らすアパートで一緒に暮らす様に成った。

 五人家族と成った一家に、2DKのアパートは手狭だったが、落ち着いたら広い所へ移るつもりで物件を探す事にした。

 そんな時、彼女が晴夏ちゃんを身籠もってる事に気付いたそうで、その事を知った彼は大層喜んで、

「やっぱり皆で住んで良かったやろ!

 これで赤ちゃんが産れても、お母さんや小さな叔母さん叔父さん、それに俺が居るんやから赤ちゃんも寂しゅう無い。

 それに、いつも誰かしら面倒見てくれるから、俺らは安心して働きに出られる。」

 そう言った彼の想いは、彼女とお母さんがこれ迄一家を支えて来た事を承知して居り、彼女のお母さんが彼女達二人で暮らす事を勧めても、その大黒柱の一つを奪う犠牲を強いて迄、彼女との結婚を叶えるつもりが彼には毛頭無く、端から一緒に暮らし自身も大黒柱の一つに成るつもりであったのだと私は思った。

 更に、彼女が教えてくれたのは、孤児として養護施設で育った彼には、家族と言う物への憧れがあり、又、天涯孤独と言う身の上から、家と言うしがらみが無かった事で、彼女の家へ進んで入り婿として入ってくれたのだと言う。

 彼女らが所帯を持ってから、一家の暮らしは随分と楽に成った上に、彼の優しさは家を随分と明るくさせたのだそうだ。

 父の失踪から、まともな男手と言う物が無かった一家に取って、遣って来た彼は立派過ぎる程に大黒柱だった。

 日々真面目に働く彼が、毎月きっちりとサラリーを持って帰って来る上、パートの掛け持ちを辞めたとは言え、お母さんの稼ぎと彼女の稼ぎを足せば、家族五人の生活は以前より随分と楽に成ったのだそうだ。

 一緒に暮らし出し、晴夏ちゃんが産れる二ヶ月程前に成って、彼女達一家は漸く3LDKのマンションへ引っ越した。

 それ迄、手狭と言えるアパートに住んでた一家は、部屋数が増え家が広く成った事で、それ迄と打って変わり明るく心豊かに成ったのだそうだ。

 特に子供達はお母さんのパート勤めが昼のみと成った事で、それ迄忙しさの為に甘えられ無かった時間を取り戻し、お母さんも又、幼い子供達や可愛い孫との時間を楽しみ喜んだんだと言う。

「これも、史孝君のお陰だわ。」

 事ある毎に、お母さんはそう言って彼に感謝し、そして妹弟達も物心付いた時には父親が居なかった事で、父親と言う物を知らずに育った物だから、彼の事を本当の父親の様に慕い懐いたんだそうだ。

 そこ迄話してくれた彼女は、ふと、

「不思議な物よねぇ!?

 あれだけ、不幸を絵に描いた様な我が家だったのが、彼が一緒に暮らす様に成ったそれだけで、忘れてたのかの様に幸せがこっちへ顔を向けたんだから。

 それ位、太陽の様に家を明るく照らす人だったの。

 でもね……」

 それ迄楽しそうに話して居た彼女の顔が一変、心が鉛でも呑んだかの様に重苦しい顔付きと成り、

「それから二年が経ったある日、我が家の幸せが一瞬で消え去る事に成ったの。」

 そう言って、顔を両手で覆い俯いてしまった。その両手から涙が擦り抜けている事が、彼の人と形の深さを物語ってる様であった。

 その後、暫く嗚咽を漏らしていた彼女は、

「その日、昼食を摂っていた私へ電話の呼び出しがあったの。

 電話は母からで、史孝さんが仕事中事故にあって病院に担ぎ込まれたって!

 電話を置いた私の顔を見て何かを察して下さったのね、課長さんが聞いて下さったのに事情を話したら、仕事は良いから急いで帰り為さいって言って下すって。

 私は急いで、彼が担ぎ込まれたって病院へ急いだの。

 着く迄の間、私は彼の安否が心配で生きた心地がし無かったけど、病院に着いた時には彼が勤める会社の社長さんと奥さんがいらっしゃって、

『真由美ちゃん、大丈夫。

 きっと助かるわよ!』

 って励まして下さったの。

 私達は、手術室前の廊下に置いてある長椅子に座って待つしか無かったわ。

 それから、待てど暮らせど手術中の赤ランプが消え無くて、私は吐き気が治まる事無く生きた心地がし無かった。

 漸くそのランプが消えたのは、手術が始まってから六数時間程も経ってからだったの。

 でも、お医者さんに言われたのは、どうにか手術は終わったけれど、暫くは予断を許さない状態が続くって事だったの。

 だから、私はホッとする事が出来ず、その上暫くは面会謝絶だって言われて、付き添う事も出来無かったの。

 それでも傍に居ようとしたんだけど、容態に何かあれば連絡するって言われて、一旦家に戻って入院の段取りをする事にしたの。

 社長さんが、家迄送って下さるって言うので車に乗せて貰った時、その車中で社長さんから事故の様子を聞いたの。

 社長さんが言うには、史孝さんが車の修理で車の下に潜ってた時、突然車が後ろに動いてジャッキが倒れ、下敷きに成った事故だって事だったの。

 丁度、二級自動車整備士の資格を取って、

『さぁ、これから皆に少し位贅沢させて上げられる様に成るからな!』

 って、嬉しそうに言ってた矢先だったの。」

 そう悲しそうに話す彼女の顔を見て、私も辛く悲しい気持ちと成り胸が苦しく成った。

「でもね、その後彼が目を覚ます事は二度と無かったの。

 その日の夜。容態が急変して呆気なく逝っちゃった。」

 そう、ポツリ吐き出すと、少し間を置き、

「急な彼の死は、私は勿論、家族皆の心にポッカリと大きな穴を開けてしまったの。

 彼の屈託の無い笑顔は、まだまだ幼かった妹弟を可愛がり懐かせ、彼の実直な性格は母の心に安心感と信頼を与え、そして私には大き過ぎる愛情とこの上ない幸せをくれたわ。

 そんな、いつしか家族の中心って言うか、大黒柱と成った彼の死は、我が家から将来への希望は元より、明るさ迄失わせてしまうのに十分だったわ。

 彼が居なく成って二年。

 家族の中にポッカリと空いた穴は、私達の記憶から彼を忘れさせる事は無かったわ。

 特に私は、余りの事にそれから半年程抜殻の様に成って、その間の記憶は曖昧な物で未だに良く覚えていないの。

 だけど、大きな痛手と成った彼の死とは裏腹に、私達一家の生活は元の貧しい生活に戻る事は無かったわ。

 それはね、彼が生前、

『俺に何かあったら、これを使うんやで!』

 って、渡されてた通帳があって。

 それには、我が家の名字に成った彼の名前が記載されてたの。

 思わず、『何これ!?』って聞いた私に、彼は『俺の全財産を預けて置くから。』って言ったのね。

 私、思わず『そんな縁起でも無い事言わないで!』って怒ったのよ。

 そしたら、

『俺な、君らと家族に成れて、こんな幸せな時間を過ごさせて貰うてるんやで。

 もしも俺に何かあった時、こんだけ大事な家族を前見たいな暮らしに戻させとうは無いんや!

 俺が、孤児として養護施設で育ったんは知ってるやろ。

 高校卒業したら、入所者は規則で施設を出て行かなアカンねん。

 中には大学や専門学校へ進学するもんも居るけど、粗方が家に帰るか就職するか措置変更って言って、自立援助ホームみたいな別の施設へ行くって選択肢に別れるんや。

 今は昔みたいに、孤児ってより養育出来ん様に成って預けられるもんが大半で、俺みたいな孤児は大分と少なぁ成ってるんやけど、そんな孤児は実家に帰るって選択肢が無いから、自力でどうにかして施設を出て行くしか無いんよ。

 で、俺は就職する事に決めたんや。

 通ってた高校に、今働いてる修理工場からの募集があって応募したんよ。

 俺が養護施設出身ってのを知って、社長さんは採用してくれはった上に、アパートを借りて寮として宛がってくれはった。

 凄く親切な社長さんで、俺はごっつうラッキーやったんやけど、施設上がりのもんは社会ってもんが解らんから、公共料金の事は勿論、暮らして行くのに知らなアカン、バスや電車の乗り方とか、買いもんの仕方さえ知らんと社会へ放り出される。

 俺らは、そんな事さえ教えてくれる人も、相談する人も居らんで生きていかなアカン。

 その上、施設上がりってだけで虐められたり、施設に居た時の賑やかさがのうなって、ほんまの孤独ってもんを思い知らされる。

 そしたら、その生活に耐えられんで身を持ち崩す様に成ってまうもんも居るんや。

 そんな境遇の俺やけど、働かして貰ったとこが良かったお陰で、この一年でそれなりにお金が貯められる様に成ってん。

 俺らは高校卒業する前、自立する為にアルバイトして金を貯めるんやけど、その金に手を付ける事無く独立する事が出来た。

 俺は今迄、自分が将来路頭に迷いたくない思いから、万が一の事があっても暮らして行ける様にって金を貯めてた。

 けど、もうその必要は無いから、これからは家族の為に金を使えるし、俺に何かあっても家族が困らん様、やっぱりこれは君が持っと居てくれたらええ!?』

 そう言われて、私が預かってたの。

 それから二年、私は一度も通帳を開いた事は無かったけど、彼が亡くなってから思い出して通帳記入したら、預かった当時より随分と金額が増えてたの。

 彼は普段お金を使う事が無かったから、お小遣いをコツコツ貯めてくれてたのね。

 それに、知らない間に生命保険にも加入してくれてて、妹弟が大人に成る頃迄の生活には不安は無く成ったわ。

 でも、母と私は将来の事を考えて家賃を節約する為、彼との思い出があるマンションからアパートに引っ越す事にしたの。

 彼が、折角残してくれた大事なお金を無駄には出来無いし、最低でも彼のお葬式とお墓は絶対に作りたかったから。

 そうして残ったお金は大事に使わせて貰わないと、あの人に申し訳が立た無いし恥ずかしいじゃ無い。」

 そう言った彼女は、それから史孝さんとの二年間を思い出しながら、一つ一つの思い出を楽しそうに話し笑い、そして時には悲しそうな顔を見せ泣いた。

 しかし、その話しの多くは、やはり幸せそうな満面の笑みで話す思い出話だった。

 たった二年の新婚生活だったが、史孝さんは彼女に沢山の幸せな思い出と、生活への不安を不慮の死を持って取り払ってくれた。

 私は、そんな恋敵である史孝さんに感謝するしか無かった。

真由美達一家の生活に、どれだけの影響力があったのか、それを知った歩は真由美との結婚へ、どう言った思いと成るのであろうか!?

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