十三話 プロポーズ
クリスマスの夜。
二人は、互いの生い立ちや家庭環境等、互いを知る為に話をする中、歩は真由美との結婚を考えるように成るが、彼女は歩の置かれている状況から返事が出来ないで居た。
「これ、旨いわぁ~。
何て料理なん?」
聞いた私に、彼女はロールチキンだと教えてくれ、こうしたクリスマスを三人で過ごせる事が幸せだと言ってくれた。
そう言った後、
「歩君、知ってると思うけど、私は一度結婚して居たの。だから、再婚なんて事、あなたに出会う迄考えてもみなかった。
けどね、あなたと出会って、あなたの事を知って行く内、こんな人と一緒に成れたら。 晴夏のお父さんに成ってくれたらって、思う様に成ってたの。
それがまさか、本当に付き合える事に成るなんて思ってなかったから、ビックリしたけど嬉しかったわぁ。
だから、歩君が私と結婚を考えてくれてるのは勿論嬉しい事なんだけど、だから余計に私の全てを知った上で晴夏共々貰って頂きたいって思ったの。
それで、私の事を知って貰うにも、クリスマスの夜が最適の様な気がしたの!」
そう言った彼女の言葉は、私に取って今迄に経験した事が無い緊張感を抱かせた。
私はその彼女の言葉に覚悟を決め、自身もその様に迎えて貰い嬉しかったと返すと、
「それじゃ、これからの私達の為にも、私の事を知っておいて頂戴ね!
それで、もし違うと思ったなら考え直してくれて構わないから。」
そう言うと、私の空に成ったグラスにワインを注ぎつつ、
「私はね、一般的なサラリーマンの父とパート勤めの母の間に産れ育ったの。
ありふれた一般家庭の家だったから、それ程不自由無く中学迄過ごせたけど、高校に入った頃、父がいつの間にか作っていた借金が膨らんで、私が高校へ入学した直後、父は借金だけを残して姿を眩ましたの。
父が一体何の為に借金したのか未だに解ら無いけど、最初の内は消費者金融からの借金だったのが、気が付けば闇金に迄手を出してたらしくて、最後には首が廻らなく成って姿を消してしまったみたいで。
そうした闇金の取立てって、昼夜関係無く酷いもんだったから、母さんや私達姉弟も参ってしまって、一家心中を考える迄に追い詰められてしまったんだけど、消費者金融の借金で相談していた弁護士さんから、闇金に対する返済義務って、家族は勿論、借りた本人でも相手が法律を犯す違法業者だし、公序良俗に反するから無効に出来るって教えて下さった上、対処迄して下さったの。
そうして解決した闇金問題とは別に、消費者金融の借金問題が残ったけど、借金した本人以外には返済義務が無いって事で、こっちも返済しなくて良く成ったけど、一社だけ母が連帯保証人に成ってるのがあったの。
母に聞いたら、そんなの知らないって言ったんだけど、どうやら父が勝手に連帯保証人にしてたらしく、様々な借金の中で一番高額だったから、弁護士さんにどうしたら良いか相談したら、それは”名義の冒用”って言って返済を拒む事が出来るって言われて。
それなら、借金は背負わんでも良く成るかもって期待はしたけど、業者もそう易々と諦めたりはしないだろうから、こちらが拒めば裁判に打って出る事に成るだろうって。
そう成ったら、自分達に落ち度が無い事を証明出来ないと、結局は裁判に負ける事に成って、支払い義務が発生する事に成るだろうって。
だから、証明する物が無いかって探そうとした時、母さんが、
『いいえ、返済します。
させて頂きます。
せめて、その一件だけでもお父さんの責任を全うしないと、私達がお父さんを見捨ててしまう事に成りますから!
払わないなんて事したら、お父さんが帰ってくる場所が無く成ってしまう。
だから、妻である私のけじめとして返済はさせて頂きます。』
って言って、家や車等売れる物は全て売って債務整理の一部に宛て、残った元金分の借金を分割で返済する事にしたの。
闇金や、他の借金問題に一応の決着を付ける事は出来たけど、この唯一残った父の形見とも言える借金の返済は、大黒柱の居ない我が家にとって堪える事に成ったの。」
彼女が話し出した生い立ちの始まりは、幸せだったであろう幼少の頃をすっ飛ばし、いきなり苦難に満ちた暮らしが想像出来る出だしだった。そして、更に言葉は続いて、
「父が失踪した時、私は高校へ進学したばっかりだったけど、母が父の借金を返す為に働きに出る事に成ったの。
それ迄、働きに出た事が無かった母は、パート勤めに出る事にしたんだけど、結局月々の利息以上を返すには、二つのパートを掛け持ちするしか無く成って、それだけ頑張っても親子四人の生活はギリギリだったの。
育ち盛りの子が三人も居れば、日々の食費や生活に掛かるお金は勿論、それら以外にも学費や諸々掛かるお金は多いから、母はそれらを賄う為にパートを掛け持ちしたの。
だけど、やっぱりと言うか当然に生活は楽な物じゃ無かったわ。
だから、私は夏休みに入る前、母の助けと兄弟の面倒を見る為に高校を中退して、今の倉庫でアルバイトを始めたの。
昼夜働く母に変って、下の子達を幼稚園に送ってからバイトに行き、バイトが終われば迎えに行って世話をする生活に変ったわ。
私が働く事で、私達の生活は少し余裕が出る様に成ったのね。
けど、それでも母が掛け持つ仕事を減らす迄には行か無かったの。
そう言う生活が半年程経った頃、仕分けのバイトだった私に課長さんが、事務員が一人辞めたから事務職に変らないかって勧めて来てくれたの。
私、それ迄そう言う事をした事が無かったから、出来るとは思え無くて断って居たんだけど、『大丈夫、若いから覚えも早いし、君なら絶対仕事に慣れる様に成る。』って、そう言って下さったから変る事にしたの。
最初は本当に不安ばかりだったけど、課長さんが言って下さった通り慣れる物ねぇ。
繁忙期には、下に降りて仕分けを手伝うだけの余裕も出て来たの。」
そう言った彼女の話しに、私は職場でテキパキと仕事をこなす彼女の姿を思い出した。
私がバイトをし出した頃には、彼女は既に事務所で働いて居たんだけど、忙しい時期に成ると気が付けば彼女は、手薄に成っている仕分け場の作業を手伝って居た。
その手順は、ベテランとも言える手際の良さで、私は彼女のその高いスキルに驚いた物だったが、この話を聞いて私は大いに納得する事と成った。
そんな彼女は、事務所や現場に於いて信頼が厚く好かれて居る。
そして今回、私の窮地を救ってくれた。
そんな彼女の顔を見ている私に、彼女は気付かないのか更に話しを続ける。
「そうやって事務職に移ってから、私のお給料も少し上がって、母共々一家を支える立場として、年の離れた妹や弟の面倒をみながら家族の生活を支える事が出来たの。
そうした私達家族の生活は、職場の人は勿論だけど、同級生や親しい人達には知られて居たから、私がその気にさえ成ればお金の良い仕事は幾らでもあるって、色々な人から誘いがあったりしたわ。
それは同級生だったり職場の人やったり、時には街中を歩いて居る時に声を掛けられる事もあったの!」
彼女は、迷惑極まり無いと言った顔付きで言ったが、私は思わず、
「そりゃ~、あなた位綺麗な人なら、そう言う職業のスカウトが声を掛けるのも解る!」
私は、褒めたつもりで言ったのだが、
「そんなの、嬉しく無いわ!
確かに、沢山お金を稼ぐ事は出来るんだろうけど、私は水商売で身を立てるつもりは毛頭無いし、母も反対するに決まってる!
それに、うちが貧しいからって、安易に水商売を選んだなんて言われたく無いし、幼い頃から父に言われて居た、
『真面目に生きるのは、本当に難しい。
けど、真面目に生きてさえ居れば、貧しくても誰に憚る事無く大手を振って歩ける。
聖人君子に成れとは言わないが、人に後ろ指を指される様な生き方だけはするな!』
って言葉を裏切りたく無いのよ。
私は後ろめたい贅沢より、貧しくても母や妹弟が居れば最低限寂しい事は無いもの。
あなたは、借金抱えて逃げた男が何言ってるって思うだろうけど、私や母は噂されている様な事は信じて無くて、きっと何か理由があって借金をしたんだと思ってるの。
だって、父はそれ迄、お金を貸す事はあっても、一度も人にお金を借りた事なんて無かったのよ。
だから、妹や弟は解らないと思うけど、私や母は今でも父を信じてるし、私は父の教えを守り生きて行く為にも、そうした誘いに乗る事はしたく無いの!」
そう言った彼女の話を聞き、
私はより一層彼女と娘晴夏ちゃんを守りたいと思った。
『いきなり、子持ちに成るんやぞ!』
そんな言葉が方々から聞こえて来る様な気はしたが、私の心はそれらの言葉を蠅の羽音程度として聞くつもりで居た。
そして、その決意を実践するべく、
「あのぅ、真由美さん。」
言った私に、自身の話を聞かせて居た彼女は、まだ話しの続きがあると言う様な顔付きで私を見た。
「今日初めて家に上がらせて貰ったけど、あなたと付き合ってこの数ヶ月間、僕はあなた達を送りに来ても部屋に上がる事はせんかった。
部屋に上がらせて貰うのは、あなたから言って貰った時と決めてたんや。
それは何でか解る?」
聞いた私に、彼女が「何で?」と聞き返したのへ、
「それはな、あなたと知り合って付き合う様に成ってから、日増しに気持ちが固まって来たからなんよ。
真剣に向き合う人は傷付けたらアカンて!
そいで、最近はいつ言おうかってずっと迷ってたんやけど、真由美さん。
真剣に僕と、結婚を前提に付き合って貰えませんか?」
意を決して告白した。
これに、戸惑った表情を浮かべた栗原さんは、暫く私の顔を見詰め黙ったままであったが、突として口を開き次の様に言った。
「歩君、ほんとに!?
ほんとに言ってくれてるんよね!
有り難う。
私ね、今の歩君の言葉、嬉しくって天にも昇る気持ちで聞けたんやけど、この数ヶ月お付き合いさせて貰って思ってた事があるの。
はじめ、こんなお付き合いに成るなんて思って無かったから、そうした間柄と言うより同僚としての付き合いだと思ってたの。
だけど、会う回数を重ねる毎に、私の心にあなたと言う存在が大きく成るし、晴夏もあなたに懐いて行くしで、いつからか切っても切れない縁に成ってるって感じたの。
だけど、私はバツイチ子持ち。
そんな私とあなたが結婚するなんて事、あなたの親代わりである御夫妻や周りの人が何て言うか。
そんな事思うと、このままあなたとお付き合いしても良いものかって、ここ最近はそんな事ばかり考えて居たの。
けど、いざあなたに会うと、そんな不安も忘れてしまう位楽しく幸せに成ってしまう。
だから、このまま付き合って良いのか、それともあなたの事を思って身を引いた方が良いのか、気持ちの整理を付ける事が出来なくて苦しかったの。」
そこ迄彼女が言った所で、
「なら、受けてくれれば良いんや!
僕は社長さんや奥さんに、あなたと結婚を意識した付き合いをしてるって言ってるし、正直に言うけど、社長さんの方は僕が初婚と言うとこにこだわってはるけど、奥さんは僕とあなたが想い合ってるなら結婚すれば良いと言ってくれてはる。
ほんで、真剣にあなたと結婚する事を考えてるなら、どうどうと貴女を連れて来る事が条件って言ってくれはった。
だから、近い内にあなたを社長さん御夫妻に紹介するつもりやし、あなたのお母さんにも御挨拶に伺うつもりで居った。
勿論、結婚を許して貰う為にね。」
そう言ったのへ、
「本気で言ってくれてるの?」
ポツリ言った途端、彼女の双眸から涙が溢れたのを見て、
「本気で言ってるに決まってるやろ!
こう言う事は冗談で言う事やないねん。」
そう言うと、私は彼女に近付き懐へ彼女の顔を引き寄せた。
どれ程の時が過ぎただろうと思いつつ、ふと見たミッキーマウスの指が、時を刻む時計の目盛りに目を遣ると、随分長く感じて居た時間が実際には五分程度だったのに驚いた。
「大丈夫?
落ち着いた!?」
そう聞いた私に、
「歩君、ありがとう。
大丈夫よ。
あなたの言葉、物凄く嬉しくて幸せな気持ちに成れたのは確かよ。
私もあなたと一緒に成れたら、どんだけ幸せだろうって思うわ。
でも、一緒に成ったら、あなたをいきなり子持ちのパパにさせてしまう。
そう成ったら、あなたの周りの人達が何て言うか。
そう思うと、私みたいのが、あなたを犠牲に幸せに成って良いのかって思うの。」
そう言うと、栗原さんは俯き黙った。
私はその様子に、
「良いに決まってるやろ!
そもそも、恋愛なんて物は当人同士の問題やんか?
それに、さっきも言うた事やけど、僕の本当の親や一族の者らが居って反対してるならまだしも、寧ろ、奥さんは僕が決めた相手やったら賛成やって言うてくれてるし、社長さんも僕の母さんに顔向け出来んって、最初の内は言うてはったけど、僕の結婚への覚悟が真剣やって解った途端、ちゃんと筋を通す為にも貴女を連れて来いって言うてはる。
せやから僕は、貴女ときっちりした形を取る為にも結婚したいんや!
どうやろか?
この先ずっと、貴女と晴夏ちゃんを守らせてくれへんか!?」
初めて、彼女達と過ごすクリスマスの夜。
大抵の恋人達なら、プロポーズするには打って付けと言うべきこの日。
私の頭には、当初プロポーズと言う言葉は毛頭無く、何もかもまだまだ未熟な学生である私が、家庭を持つには時期尚早と言う思いであったが、彼女と向かい合う中で一層彼女の人と形を知り、込み上げ膨れ上がる感情を抑える事が出来無く成ってしまった。
そんな私へ、
「歩君、本当にあなたの言葉、私は嬉しく思ってるの。だけど、一旦冷静に成って頂戴。 あなたはまだ学生だし
私には晴夏や実家の事があるから、学生のあなたを支える事は出来ないの!」
言った彼女の言葉に、感情に流されず冷静に周りを見てる彼女に感心すると、私は落ち着くべく一つ深呼吸をし、
「御免、それは解ってるんやけど、あなたと話す内どうしても気持ちを伝えたく成って。
けど、この先ずっと気持ちは変らんから、卒業したら結婚する気で居るんは解っておいて欲しい。」
私が彼女との結婚に対する覚悟を言うと、彼女は神妙な顔付きと成り、次の様に言葉を続けた。
「歩君が結婚の事を真剣に考えてくれてるなら、私はあなたと結婚する為にもに話さなければ成らない事があるの!」
この日、全く以ってプロポーズ等考えて居なかった歩だが、気持ちが盛り上がり勢いに任せてプロポーズをしてしまうが、これを真由美は冷静に一旦断ってしまう。
二人の結婚は、この先どの様に成るか!?