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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
12/31

十二話 聖夜

はじめ真由美から招かれたクリスマス。

歩は、社長夫妻に外泊する事を許して貰わなければならず、中々話を切り出す事が出来ない。

果たして、クリスマスを過ごす事が出来るのか!?

 彼女からの突然の提案は、私へ大層な驚きをもたらしたが、その驚きはジワジワと私を嬉しさの絶頂へ(いざな)った。

 彼女達が住むアパート迄二人を送り届けると、家への帰り道、気が付けば私は週末へと思いを馳せ心躍らせて居た。

 その日から週末迄、私はどの様な日常を送ったのかさえ、浮かれ過ぎて良く覚えて居なかった。

 私は当日迄に、御夫妻へ外泊する理由と許可を貰わなければ、彼女達の招きに応えさせては貰えない物と決心して居た。

 そうした事を思う私を、お世話に成る社長さん御夫妻もこの数日、私が上の空で居るのに何かあったのだと気付いては居た様だが、それをおくびに出す事無く唯々静観してくれて居た。

 流石の私も、御夫妻の気遣いには気が付いて居たが、その気持ちを有り難く思いつつ、どの様に週末の事を話せば良いのか解らず、中々週末の外泊について正直に話し出す機会を見付けられずに居た。

 そうした中で無情に時は過ぎ、遂に約束の日を迎えた。

 夜の事を思い、私は朝から浮かれて居たのだが、反面、御夫妻に外泊の許可をどの様に切り出せば良いか思い悩んだ。

 学校へ行き、そしてアルバイト。

 それが終われば彼女達の元へ。

 逸る気持ちを押し留め、お世話に成る御夫妻に初めての外泊を許して貰うべく、朝食時に話しを切り出す事にした。

 本当は、この日迄に御夫妻へ話をするつもりだったが、今日こそは今日こそはと思いつつ、気が付けばこの日の朝を迎えて居た。

「歩君、おはよう。」

 毎朝変らぬ奥さんの挨拶に、私はこれから許しを請うべく話す事柄を思うと、俄に緊張が走り返す挨拶が心ならずも震えた。

 しかし、それに気付かないのか、奥さんは出来上がった朝食を食卓へ並べて行く。

 其処へ挨拶と共に社長さんが現れると、日々変らずに迎えて居る朝食の風景と成った。

 湯気を立てるご飯に、ほうれん草と油揚げの味噌汁、鶏肉と里芋の煮っ転がしに胡瓜とジャコの酢の物と卵焼き、中央には香の物が並べられた食卓を御夫妻と共に私は囲んだ。

 普段なら、頂きますとの言葉から朝食は始まり、食べ終わった後にそれぞれの日常へと動き出すのだが、その日の私は今から話す事柄への反応が気に成り、緊張から目の前の食事が喉を通りそうに無かった。

 しかし、許しを貰わなければ栗原さんとの約束は守れない!

 心に期すると、

「食べる前に、ちょっと良いですか?」

 口を開いた私へ、

「だから、さっき声が上ずってたのね。」

 やはり、様子を察してらしたのだろう、唐突に奥さんが言ったのへ、「はい。」と返事を返し、「実は、」と切り出し話しを始めた。

「今日の夜、約束がありまして。

 一晩、外泊したいと思うてます。」

 言うと、御夫妻は少し驚いた様子を見せたが、

「で、それは……」

 社長さんが口を開いたのへ、私は間髪入れず、

「はい、女性の方です。」

 社長さんの意図を汲み取り口を挟むと、更にこれ迄の経緯と疑われる関係では無い事を話した。

 私が話し終えると、御夫妻は驚く様な表情を浮かべはしたが、徐に、

「で、歩は子連れの女性と結婚するんか?」

 社長さんが不躾に言ったのへ、

「まだ、付き合っても無いです。

 ですが、僕は結婚するなら彼女だと心に決めてます。」

 そう答えると、社長さんは再び黙ってしまった。

 どれ程の時間が過ぎたのだろう。

 私には随分と長い時間に感じたが、

「歩も、もう子供じゃ無いんやから、そう言う人が居っても可笑しゅうは無い。

 歩が誰と付き合おうが、ほんまやったら口出す事や無いのは解っとる。

 けどな、儂らも歩の親代わりって言う自覚もあるし、歩のお母さんが喜んでくれる相手と結婚させて遣りたいと思うとるんや。

 初美さんなら、もしかしたら気にせず許すかも知れんけど、やっぱり儂は初婚なら相手も初婚が相応しいと思うとる。

 せやからこの先、二人がどう成るかは解らんにしても、ほんまに歩が心から好き合える(ひと)と結婚を決めたんなら、その人を儂らの前に連れて来る位の事して欲しいんや!?」

 そう言われ、私は勿論、納得ずくと返事を返し、聡明で思い遣りがある素晴らしい女性の彼女なら、御夫妻に紹介すれば反対される事は無いとの自負があった。

 それに、晴夏ちゃんも可愛く大切な子だ。

 だが粗方の人達は社長さん同様、初婚の者が結婚する場合、やはり相手も初婚の者を選ぶのが至極当然と思うであろう。

 それが、血の繋がりの無い子の新たな父親と成る事を、一体どの様に思うのだろうか?

 そうした事を思うと、御夫妻は素直に彼女の事を見る事が出来ず、幾ら言おうが私達の思いが通じる事は無い様に思え、反対されるのがオチと言う不安がどうしても拭え無いのだった。

 私が、そんな不安を旨の内へ抱いてるのを知ってか知らずか、社長さんは、

「解った。

 そこ迄言うなら、今日は泊まってくればええ。

 せやけど、御迷惑にならん様にな!」

 意外にも、あっさりと許してくれた。

 てっきり、社長さんと一悶着あるだろうと覚悟を決めてた私は、どの様な叱りを受けるのかと緊張して居たのだが、予想だにしなかった許しを得た事で拍子抜けと成り、

「ほんとに、良いんですか?」

 驚いた面持ちで聞き返してしまった。

 すると、社長さんの言葉に呼応する様に、

「そうね、歩君も十分年頃なんだし、そろそろ女の人とお付き合いする事が無いと、将来お嫁さんを貰うにしても困る事に成るしね。

 おばちゃん、勝手に歩君は硬派やと思ってたから、今迄に女の子と付き合った事無いと思ってたけど、今話してくれた事が聞けて本当に嬉しかったわ。

 この人は、こぶ付きって言うのに引っ掛かってるみたいやけど、おばちゃんは余程におかしな人じゃ無くて、歩君の事を大事に想ってくれる人なら反対するつもりは無いわ。

 だから、今晩はおじさんも許したんだし、大手を振ってお呼ばれに行ってらっしゃい。

 そして、紹介出来る時が来たら、お父さんが言う通り必ず私達に会わして頂戴ね!」

 そう言ってくれた。

 朝食を終え、私は彼女へ電話を掛けると、クリスマスの夜を共に過ごせる事を告げた。

 すると、私と御夫妻の関係や状況を知って居る彼女は、私同様御夫妻に反対される物と半ば諦めて居た様で、電話口から聞こえて来るのは信じられないと言った言葉で、それは徐々に喜びへと変って行くのが解り、更には電話口の向こうで喜ぶ晴夏ちゃんの声迄聞こえて来るのだった。

 これ程に喜んで貰えた事は、私に取って彼女ら以上に嬉しく幸せな思いと成った。

 電話を切ってから、気が付けば私は学校とアルバイトと言う日常を終え、彼女達が住まう街の駅に降り立って居た。

 駅構内の雑踏を掻き分け改札を抜けると、一気に階下へ降り駅前の大通りを渡った。

 渡り切ると其処には商店街があり、商店街を抜けると景色は一変、それ迄とは打って変って住宅街が目の前に拡がる。

 その街へ足を踏み出し、二区画程歩くと彼女達が暮らすアパートが民家の陰から姿を現わす。

 アパートの前には、住人の物であろう自転車がそれなりに整列され、建物へ目を移すと二階建てのそれは、各階に扉が五つずつ計十世帯のアパートだと見て取れる。

 それらの扉の前には廊下が通り、二階へ上がる階段がほぼ中央にハの字で掛かり、幾つかの扉の横には洗濯機が置かれ、所帯臭さが漂って居る物の清掃は行き届いていた。

 私はアパートの前へ来ると、顔を上げ道路に面した二階の角部屋へと視線を送った。

 玄関脇に置かれてある洗濯機の上、其処に見える窓からは柔らかい光が漏れ、時折人影が右へ左へ動き消えては現れた。

 私はそれを暫くぼんやり眺めて居たが、其処へ自転車が勢い良く入って来たのに驚き我に返ると、気持ちを新たに彼女達が待つ部屋へと歩を進めるのだった。

 階段を登る所で腕時計へ目を遣ると、そろそろ夜十時を迎えようかと言う頃で、私はもう少し早く着く予定だったのにと悔やみ、晴夏ちゃんはもう寝てるだろうと嘆いた。

 二階へ上がりきった所で、それ迄楽しみで浮かれて居た私は、途端に緊張が体を走り鼓動が早まるのを感じた。

 アパートの前迄は、これ迄幾度と無く彼女達を送りに来た事はあったが、部屋へ入るのはこの日が初めての事だったからだ。

 彼女達が住む部屋の前に来ると、私は一つ大きく深呼吸をし呼び鈴を押した。

「は~い。」

 聞き慣れた声が聞こえたかと思うと、扉の鍵が解除される音が聞こえ扉が開いた。

 其処には栗原さんの笑顔があり、目線を下げれば後ろから覗き込む晴夏ちゃんの顔が覗いて居た。

「こんばんは。

 お招き下さり有り難う御座います。」

 そう挨拶した私に、彼女達は部屋の中へと誘っ(いざな)てくれた。

 1DKの間取りは、DKが六畳程の板間で襖を隔てた奥に六畳の和室があった。

 小綺麗に片付けられた部屋は、栗原さんの好みなのか晴夏ちゃんの好みを反映してなのか、全体に淡いピンクで統一され女性らしさが溢れて居た。

 ダイニングキッチンの中央には、淡いピンクの炬燵布団が掛けられた炬燵が置かれ、部屋の片隅に置かれた点滅するクリスマスツリーの、鮮やかな色々のペッパーランプが、外の寒さを忘れさせる様に温かく灯って居た。

「寒かったでしょう。」

 そう言うと、彼女は炬燵に入る様勧めてくれ、私が着て来たジャンパーを預けると、壁に掛かるハンガーを手に取り掛けてくれた。

 食卓兼用なのであろう炬燵には、既に晴夏ちゃんが座り私へ向かいに座る様に言ってくれた。

 晴夏ちゃんの言葉に甘え入った炬燵の上には、栗原さんお手製であろう美味しそうなクリスマス料理が手付かずで並び、この時間迄食べずに我慢して居たのであろう晴夏ちゃんの顔を見ると申し訳無さを覚えた。

「遅く成って御免ね。」

 謝った私に、晴夏ちゃんは、

「今日はね、歩君がお仕事で遅く成るの解ってたから、お昼ご飯を少し遅くに食べてお昼寝もしたから大丈夫なんよ。」

 と、屈託の無い笑顔で言ってくれた。

 それへ、

「そうそう、歩さんとクリスマスを過ごすのを楽しみにしてたから、今日の晴夏は物凄くお利口さんだったのよね。」

 クリスマスケーキを手にした栗原さんがそう言いつつ、炬燵中央の空いた所へケーキを置きながら言った。

「そうだったんや。

 晴夏ちゃん、ほんとにありがとうね。」

 私が晴夏ちゃんに礼を言うのへ、

「はいはい。

 もうそれ位にして、お母さんもうお腹ペコペコなんよ。

 冷めない内に、クリスマスディナーを頂きましょう。」

 栗原さんの音頭で、目の前に居並ぶ旨そうな食事へのお預けが解け、私は漸く彼女達と過ごすクリスマスを迎えた実感に浸れた。

 三人で囲むクリスマスディナーは、家庭的で、それは温かく幸せな物だった。

 リースに見立てた、ベビーリーフにクリームチーズと生ハムをあしらったサラダに、野菜とベーコンのポタージュスープ、主食はシーフードパエリアが用意され、メインディッシュはローストチキン、そしてデザートは中央に置かれたクリスマスケーキであった。

 そのどれもが、三人の会話と相まって楽しく美味しい物で、気が付けば腹も心もはち切れんばかりに満腹であり、その頃には晴夏ちゃんは既に深い眠りの中に居た。

「寝ちゃったね!?」

 言った私に、

「今日は、ありがとうね。

 旦那が死んで二年。

 こんなに楽しいクリスマス、ほんと久し振りだったわ。

 晴夏も、余程嬉しかったのね。

 はしゃぎ疲れちゃった見たい。」

 そう言うと、ふふふと笑い、

「それじゃ、少しだけ大人の時間にしましょうか?

 その前に、悪いんだけど晴夏を隣の部屋に寝かせて来てくれる。」

 頼まれた私は晴夏ちゃんを抱き抱えると、隣の部屋に敷かれた布団へと寝かせた。

 その寝顔を暫く見てからリビングへ戻って来ると、炬燵の上にあった残り物は片付けられ、代わりにチーズとサラミが乗った皿に、木皿に盛られたミックスナッツが並び、二つのワイングラスとワインが置かれて居た。

『早っ!』

 私が晴夏ちゃんを寝かせ、戻って来る迄に掛かった時間は五分も掛かってなかったであろう。

 その間に炬燵の上が、家族のクリスマスから、大人のクリスマスへと雰囲気がガラッと変って居たのに驚いた。

「手際良いね。」

 驚きを以て言った私へ、

「私ね、こう言う段取りは得意なの。

 けど、流しの中は見たら駄目よ!」

 と茶目っ気を出したのに、私は微笑ましさを覚え可愛いとさえ思った。

 その夜、私と栗原さんは、彼女が用意した酒の肴をつまみに、ワインを呑みながら明け方近く迄語り合った。

 お互いにこれ迄の生い立ちや境遇、趣味や普段の生活等、それはまるでこれ迄以上にお互いを知る為、遣って置かなければ成らない通過儀礼の様に思えた。

 それらの話し一つ一つが、互いの人格を形成して来た物語で興味深く、互いに経験して来た泣き笑いの人生は、各々を知るに絶対不可欠な話しと、互いに互いの話を真剣に聞き入るのだった。

聖夜に話す二人は、より親密度を上げて行くが、この二人の将来は!?

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