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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
11/31

十一話 出逢い

アルバイト先でリーダーを任された歩だったが、管理能力を問われる事例が頻発する様に成る。

立場を無くした歩は、退職を考える様に成る。

そうした反面、新たな出会いも。

 課長の都築さんと、直属の上司とも言うべき主任の佐竹との面談で、私の今後をどうするか話し合う中、私は今後の職場での気まずさを考えると、どうにかしてこのまま上手く止める事が出来無いかと考えて居た。

 そうした所へ、

「あのぅ、宜しいですか?」

 私らが座るソファーの後ろから、少し控え目ではあるがハッキリとした、意思の強さが伺い知れる女性の声が聞こえた。

 私は、その声に聞き覚えがあり、振り返らずとも声の主が栗原真由美さんだと解った。

 彼女はこの職場に彼是四年勤めて居るパートさんで、勤務態度も人当たりも良かった上に、事務仕事が出来ると現場作業から事務職へ移った女性だと聞いて居る。

「んっ、栗原君何や?」

 彼女の声に課長の都築さんが聞き返すと、

「すいません、勝手に口を挟んで。

 でも、余りに辻堂君が気の毒で。

 私が何人かのパートさんから聞いた話しだと、アルバイトの永井さんが辻堂君の悪口や嘘を言い触らしてるって。

 それに、自分達がちゃんと検品して出荷した商品が、翌日に張り出される出荷ミスのリストに載ってたり、最近のミスはおかしい事だらけだって言ってらしたんです。

 私も人手が足りない時、何度か出荷の手伝いをしましたけれど、辻堂君は全ての作業が終わった後に、必ず全ての出荷品の再チェックしてたのを知ってますし、特にここ最近の出荷ミスが続いた後は、帰る前に更にもう一度現場チェックをしてるのをパートさん達や私も見てます。

 なのに、翌日には又、出荷ミスのリストに上がってるんです。

 こんな事を言ったら何ですが、辻堂君の評価を下げようと、朝便の出荷迄に誰かが細工してるとしか思えないんです。

 だって、出荷ミスが頻発する様に成ったのって、辻堂君がバイトリーダーに成ってからの様な気がするんです。」

 そう言った栗原さんの言葉に、ソファーに深く腰掛けていた課長の都築さんは、

「嫌がらせか!?

 誰が、そんな事?

 栗原君は、それが永井君やと思ってるんかいな!?」

 そう言われ栗原さんは、証拠は無いけれどもと前置きした上で肯定した。

 それを聞いた課長は、暫く何か考えて居る様だったが、

「解った!」

 そう言うと、後の事はこちらで対処するから、今日の所はこのままいつも通りに働く様にと言われた。

 そして、その日の作業前、いつも通り申し送りを終え作業に入るや、

「良くもあんだけやらかしてるのに、平気な顔して出て来られたもんやな!」

 そんな永井の陰口が聞こえてくる中、私はいつも通りに作業をこなし、全ての作業を終えるといつも通り一人、全ての荷物をチェックし間違いが無いのを確認すると家路へ付いた。

 翌日、大学での授業を終えアルバイト先に来ると、夕方ではあるが、私達に取っては作業前の朝礼を行う場がざわついて居た。

 何事かと思いつつ、未だ私に対する蟠り(わだかま)がある人達に近付くと、私に気付いた数人が一瞬バツの悪そうな顔をした。

『又、何かミスが出たんか!?

 あんな顔で僕の事を見るんやから。』

 旨の内に思うと、気が重く成る中、私への風当たりが更に強く成るのだと覚悟した。

 が、何故かその場に居る人達の目は、以前の様に私を責める様な嫌な物では無く、それらの内、以前仲が良かった何人かのパートさんが近付いて来るや、

「辻堂君、御免なさいね。」

 いきなり謝って来たのには驚いた。

 一体何があったのかと私が尋ねると、背後から、

「ここ最近の集配ミスが、やっぱり永井さんの仕業だと解って、それが原因でアルバイトをクビに成った事が張り出されてるのよ!」

 パートさんが話す代わりに、背後から栗原さんの声が説明してくれたのに振り返ると、

「あの後、課長が主任に集積場の様子を見とく様に指示して張り込んでたら、永井さんが遣って来て集荷荷物をイジリ出したから問い質したら、これ迄の集荷ミスも自分がやったって白状したんだって。

 それで今日、今後の事を永井さんと話す事に成ってて、規定通り一月後に退職扱いにする事を言い渡す筈だったんだけど、時間に成っても来ないんで連絡してみたら、携帯も繋がら無い状態に成ってたらしく、結局、連絡も付かないなら退職扱いと言う事が本決まりに成り告知してるの。

 と、晴れ晴れとした笑顔を浮かべ説明してくれた。

 私は面前へ来た栗原さんと向かい合うや、

「本当に有り難う御座いました。

 栗原さんが庇ってくれ無かったら、間違い無く自分がクビに成ってました。」

 そう言うと、心からのお礼と共に深々と頭を下げた。

「あら、お礼なんて良いのよ。

 それよりも、ほんと良い迷惑だったわね!

 これで、あなたへの疑いや評価も元に戻るから良かったじゃない。」

 そう言ってくれた栗原さんへ、私は何かお礼が出来無い物かと思い、

「本当に助かりました。

 良ければ、何かお礼がしたいんですけど!?」

 そう言ったのへ、最初はお礼なんか気にしなくて良いって言った彼女も、しつこく食い下がる私に根負けしたのか、

「じゃあ、何か美味しいもんでも食べに連れて行ってくれる?」

 そう、妥協であろうが言ってくれた。

 私はしつこく誘った事で、危ない奴と思われはして居ないかと、

「本当に、あく迄お礼として誘わせて貰ったんで、他に変な意味は無いですから。」

 と、自分が挙動不審に見えていないか言い訳がましく言った。すると、

「大丈夫よ!

 私、これでも人を見る目はあるんだから!

 それに、あなたがそんな人じゃ無い事位、これ迄の様子を見てりゃ解るわよ。」

 と笑い飛ばしてくれ、

「なら、私からも一つお願いがあるんだけど良い?

 私ね、バツイチなの。

 で、子供が一人居るんだけど、その子も連れて行って良いかしら?」

 その一言に、私は瞬時驚いたが、あく迄お礼だから問題無いと答えた。

 アルバイトは、土曜日に翌日曜の分と月曜の朝便を仕込む為、日曜日はアルバイトが休みに成る事から、その週の日曜日に食事をする約束をした。 

 学生の身分で、洒落たレストラン等に予約を入れられる筈も無く、精一杯のお礼の気持ちを込め私は焼肉屋を予約した。

 一方、そうした事があってからのアルバイトはと言えば、ミス続きだったのが嘘の様に事も無く日々平穏に過ぎた。

 物事が上手く行かない時と言う物は、何を遣っても上手く行かない物だが、一つ歯車が噛み合うとそれ迄の悪運が嘘だったかの様に幸運へと切り替わって行く。

 この時の私は、(まさ)しくこの状態だったと言って良く、学業やアルバイトに恋愛と明るい兆しが差し込んでくるのを感じた。

 目ざとい人なら、“恋愛!?”って突っ込まれそうだが、この時の私には恋愛感情と言う物は神に誓って無かった。

 栗原さんを食事に誘ってから、約束の日曜日を迎え待ち合わせの駅へ向かうと、時間より幾分早く着いた私は、彼女達が来るのを改札口で今か今かと待った。

 そろそろ夜の帳が下り様かと言う頃、待ち合わせ場所に現れた彼女は、これ迄に見て来た地味な事務服とは違い、幾分明るい印象を受ける淡いブルーのワンピースに身を包み、肩には同系色のライトミニショルダーバッグを掛けて居た。

 その姿は普段見慣れた事務員姿とは違い、随分と若々しく垢抜けて見え、一見して子供が居る様には見え無い美しさだった。

 しかし、その彼女の脇へ目を遣ると、同じ様なワンピースに身を包んだ、年の頃四・五才であろう女の子が、彼女の手をしっかりと握り私へ視線を向けて居た。

「態々、出向いて貰ってすんません。」

 そう言いつつ頭を下げた私に、

「こちらこそ、態々誘って頂き有り難う御座います。

 この子が、娘の晴夏(はるか)です。

 ほら晴夏、ご挨拶して。」

 そう栗原さん促された晴夏ちゃんは、お母さんの後ろに体を半分隠しながら、

「こんばんは。」

 と可愛いらしい声で挨拶してくれた。

「こんばんは、はじめまして。

 お母さんと一緒に働いて居る辻堂って言います。

 今日は、沢山食べ様ね!」

 そう言うと、私は栗原さんを見るや気に成った事を尋ねた。

「焼肉屋を予約してるんですけど良かったですか?

 お子さんが、ハンバーグとか他が良いって成れば、これから変えても良いんですよ!?」

 気を利かせたつもりで言った私へ、

「いえ、寧ろ焼肉でお願いします。

 私も娘も、普段外食ってそうそうしないですから、何を食べるにしても楽しみにして居たんで大丈夫です。」

 そう微笑んでくれたのへ、元来しみったれて居る私は、頭を過ぎった“キャンセル”と言う行為を実践せずに済んだ事に、密かに胸を撫で下ろした。

 そうして始まった食事は、出だしこそ各々緊張して居たが、それも打ち解けるや次第に楽しい物と成って行った。

 私は、栗原さんが喜んでくれるのは勿論の事、娘の晴夏ちゃんが美味しそうに頬張る姿が、お母さんの知り合いとして受け入れられた様で嬉しかった。

「美味しい?」

 聞いた私に、大きく頷き更に肉を箸で持ち上げる姿が可愛くて、

「沢山食べや。」

 そう言い、私は向かいに座る栗原さんへ目を移したが、彼女がそれ程食べていない様に見え気に成った。

「栗原さんも食べて下さいよ。

 お礼なんですから。」

 言うと、有り難うと言う言葉と共に箸を肉へと運んでくれた。

 気が付けばお腹が膨れたのだろう、私達が座る座敷で母の膝枕に寝入る晴夏ちゃんを見遣り、私達は他愛も無い話から職場の話、それぞれの境遇へと話を移ろわせて行った。

 それじゃあそろそろそろと成った時、娘を起こそうとする栗原さんを押し留め、私は晴夏ちゃんを抱き抱えると、タクシーが拾らえる大通りへと向かった。

 大通りへ出ると、母子がタクシーに乗るのを見届け、再び家へ帰るべく駅へ向かった。

『そうか、栗原さんは二個上やったんや。

 あんな小さい子を抱えて大変やろうな!?』

 母と似た境遇に、私はいつしか母の面影を重ねつつ、彼女を気に掛けて居る事に気付くのだった。

 食事をしながら交わした会話の端々を振り返り、栗原さんの苦労と愁いを感じ取った私は、純粋に何か力に成れ無いものかと考える様に成った。

 それは、自分自身が同じ様な境遇で生きて来た経験から、知らず知らず栗原さんの口から吐いて出た言葉の意味を理解し、

『せめて、晴夏ちゃんの寂しさだけでも埋める事が出来れば。』

 自身が幼い頃、母が居ない間の寂しさを埋めてくれたキク婆の様に成れればと、誰よりもそうした寂しさが解る私は強く思った。

 その日以来、私と栗原さんは随分と打ち解ける様に成り、職場で顔を合わせればそこそこ話をする間柄と成った。

 そうした会話の中で、必ず娘晴夏ちゃんの近況を聞く事が習慣に成り、そうした事が徐々に晴夏ちゃんを含めた、三人で食事をする機会を設ける様に成って行った。

 流石に、主な収入がアルバイトである私にとって、そうそう焼肉の様な些か値の張る食事へ連れて行く訳には行かず、ファミレスや定食屋等安価で食べられる所が主と成るのだったが、母子はそうした所でも嫌な顔一つ見せる事無く楽しんでくれ、私は彼女らのその顔を見るだけで幸せな気持ちに成れた。

 そうした食事は、いつしか互いにこぶ付デートと言う認識に変ったと思うが、互いにそれ以上先を急ぐ様な事はしなかった。

 そんな関係が半年程続き、冬の寒さが身に染む師走を迎えたある日の朝礼場所。

 ワイワイ雑談するパートアルバイト達の中に栗原さんを見付けた私は、

「どうしたん?

 もうパート終わりやろ!?

 早う、晴夏ちゃんを迎えに行かな!」

 この時既に、職場の何人かには私達のデートは目撃され噂に成って居たが、私達自体が堂々と隠す事無く、聞かれれば素直に肯定した事もあって、この頃には誰も私達を茶化したりする様な事も無く成って居た。

 故に、時折彼女の退勤と私の出勤が重なる朝礼の僅かな時間、晴夏ちゃんの事は勿論、世間話やデートの段取り等の話をする様に成って居た。

 そうした日常の中、クリスマスを一週間後に控えたこの日の朝礼前、

「それじゃ、今日バイト終わったらいつものファミレスで良いね?」

 私の問いに頷いた彼女は、娘を迎えに行く為に朝礼場から事務所へと上がって行った。

 私達が朝礼を行う場は、物流倉庫のバースと呼ばれるトラックが接車し、荷物の積み卸しをする広いスペースで、入出庫するトラックの出入りが激しいのだが、その端には社員用駐車場へと続く道があり、更に駐車場を越え先へ進むと歩道は幹線道へ繋がって居る。

 朝礼が始まり暫くすると、栗原さんが帰るべく最寄り駅に向かう姿を歩道に見咎め、それと無く見遣る私に彼女は小さく手を振り帰って行った。

 彼女が帰って後、週末特有の忙しいアルバイトを終えると、私は急ぎ彼女が住む街のファミレスへとバイクを飛ばした。

 いつも通り、彼女は人が減ったファミレスに娘と二人で隅の席に座って居た。

 駐輪場へ原付を止める私に気付いたのか、こちらに向かい手を振る彼女へ私も手を振り返すと急ぎ店内へ入った。

 既に夜の十時、普段なら晴夏ちゃんはとっくに寝て居る時間で、案の定テーブルの上には晴夏ちゃんが食べたのだろう、日の丸の旗が置かれた鉄板と陶器の皿が重ねられ、当の本人と言えば母の膝を枕代わりに深く寝入って居た。

「起きてられんよな。」

 晴夏ちゃんの可愛い笑顔を見たい私は、明るい店内にも関わらず気持ち良さそうに寝息を立てる晴夏ちゃんを見て言った。

「あなたと会うのを楽しみに、少し前迄頑張って起きてたんやけどね。

 流石に我慢しきれんかったみたい。

 つい今し方、寝ちゃった。」

 申し訳なさそうな、何とも形容しがたい表情を浮かべ言う彼女に、

「寝顔見られただけでも、十分幸せやで。」

 そう言うと、私はもう一度晴夏ちゃんの顔を覗き込んだ。

 そんな私に、

「歩さん。

 実は大事な話があるんやけど。」

 その言葉に、私は覗き込んでいた晴夏ちゃんの顔から視線を彼女へ戻した。

 と其処には、改まり真剣な表情を見せる栗原さんの顔があった。

 その、何とも張り詰めた空気感に、

『まさか、別れ話!?』

 思うも、そんな事に成る心当たりが無い私に取って、駆け巡る不安に吐き気を催しながらも、改まり姿勢を正すと栗原さんの目を見詰め、先の不安を抱きながらも一体どんな話をしようとしてるのかと、彼女が言葉を発するのを固唾を呑んで待った。

 すると、真剣な彼女の表情が突然、フッと緩み柔和な微笑みへ移ろうと、

「クリスマス、私達と過ごさない?」

 この時迄、私は自ら彼女達の家に行く事を望んだ事は一度として無かった。

 人にしてみれば、そこ迄関係が深まって居るのに何故と思うだろうが、そうやって事を急いては相手が身構えるであろうし、何より不安や不審な感情を抱かせたくは無かった。

 そして、心から私を受け入れてくれた時、言わずとも自ずから家に招いてくれる物と信じて居た。

 しかし、それは今暫く先の事だと思って居たから、彼女のこの言葉に私は大層驚き、「えっ!」

 そう驚く事しか出来ず、中々二の句を告げる事が出来無かった。

 すると、

「だ~か~ら、三人でクリスマスを過ごさないかって言ったのよ!

 晴夏もあなたを呼んだらって言うし、私もこれ迄のあなたを見て、一緒に過ごせたら楽しいかなって思ったから。」

 そう言うと、笑顔で私を見た。

 私は思いも寄らぬ展開に大層驚いた。

栗原真由美との出会いは、この先どの様に成って行くのか!?

しかし、離婚歴があり子持ちの彼女と歩を、周囲はどの様に見て行くのか!?

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