2話 Unknown
2話
ジリジリと肌を照りつける日差し。忙しない街中の雑踏。
きっと聴覚があれば、ミーンミーンといううるさい蝉の声も聞こえるのだろう。
私はようやく、生きて現世に帰って来れたのだ。
本当に大変だった。魔法少女の結界に巻き込まれて、メリーさんに襲われて、魔法少女に殺されかけて。
それでもエンマ様に救われてなんとかなって。
平凡な人生が一瞬にして波瀾万丈な人生に様変わりだ。
『──それにしても、よかったのかい?彼女を逃して』
ああ。別に彼女に興味なんてないし、気にする必要もないだろ?
殺されかけたからといって、別にどうこうするつもりもないよ。
『普通なら復讐心とか湧くもんだけどねぇ。君が気にしないならいいけど』
私は先ほど──結界を出る直前のやり取りを思い返す。
『えええええええええ?!』
エンマ様の絶叫する声が、私の脳内に響き渡った。
不思議とうるさいとは感じなかった。音声?の大きさは自動調整されているのだろう。
『地獄と契約できたって、君の魔力は一体どうなっているんだ?君は、”世界”と契約してしまったんだぞ』
私の身を案じているのか、心配そうにエンマ様はぷにぷにと肉球で私の頬をおしてくる。
うん。現状心配されるようなことはないかな。消費した魔力も回復したし、”召喚”しない限り魔力は消費しないんだと思う。
──召喚。それは”契約”の権能の一つであり、契約した対象を魔力を消費することで呼び出すことができる。
地獄と契約した私は、地獄に存在するあらゆるものを呼び出し、使役することができるのだ。
まあでも呼び出す対象によって対価も異なるので、要注意であるが。
『大丈夫ならいいけどさ。……きっとアイツらも人間界にきたかったんだろうね。君と契約さえすれば、コッチに来れるし』
流石エンマ様の人望だ。
『だからと言って地獄と契約できてしまった君の魔力量の方が異常だからね?──いくら代償が重いとはいえ、ここまでの魔力が手に入るものなのか……?』
随分と不穏なことを仰りますねエンマ様。まあ、何かあったらその都度対応するしかないね。
『ま、そうだね。いまは気にするだけ無駄かな。──さて、そろそろ結界から出ようか。と言いたいところだけど、気づいているかい?』
エンマ様は私の頭に飛び乗ると、前方をじっと見つめる。
もちろん、気づいているとも。
私の魔力感知はとっくに、こちらに近づいてくる存在を捕捉していた。
──魔法少女フレイムを。
『──あれれ、おかしいの。この結界はわたし以外の魔法少女は入れないはずなのに、と彼女は言ってるよ』
フレイムはメラメラと燃える炎の剣を片手に持ちながら、こちらへの警戒心を隠そうともしない。
お互いの間合いにギリギリ入らない距離でフレイムは立ち止まると、こちらに剣を向けてきた。
『新しい妖精がこの世界に来ると言う通達もないし、妖精が猫の姿をとるはずがないの。お前たち、何者なの?と言ってるよ』
もしエンマ様がいなかったら、一切の意思疎通が取れていなかっただろう。エンマ様に感謝だ。
……とはいってもまだ念話は使えないし、エンマ様に喋らせるのも少し懸念がある。
よし、ここは逃げよう。
私は手にほんのちょっとだけ魔力を集中させると、それをフレイムに向かって打ち出す。
ハナから警戒していたフレイムに当然通用するはずもなく、フレイムは魔力弾を切り裂こうとして──なんと、フレイムの剣が砕け散ってしまった。
……あ、やべ。
呆然とするフレイム。……魔弾を切り裂いてもらって、その時に生じる煙幕で逃げるつもりだったのに。
少々気まずくなった私は、エンマ様に声をかけ結界から脱出した。
『──てっきり仕留めるつもりであの魔弾を放ったのかと思ったけどね』
あんなに威力があるとは正直思わなくて…。うん、あれは事故だ。
『あんな凶悪な魔力量を込めといて事故ねえ』
まあ、起きたものは仕方ない。忘れよう。
『まあ、いいさ。それで、この状況はどうするんだい?』
──そう。今私は、血まみれな上ブカブカのスーツを着ているのだ。
魔法少女の変身を解除すれば、代わりの服を着ているなんて都合のいい展開はなかった。
これじゃあ自宅に帰れないし、魔法少女に変身して帰るのも目立ちすぎて無理だ。
日本という国で真っ昼間に道服で出歩く少女とか目立たないはずがない。
そういえば、私の見た目ってどんな感じ?自分じゃ確認できなくて。
『そうだねえ。私から見ても美少女だと思うよ。真っ白の髪、長いまつ毛、健康そうな褐色、いや小麦色の肌かな?目は地獄を象徴するような紅蓮色。身長は150センチくらいかな?胸の大きさはそこそこだし』
へえ、今の私そんな姿になったのか。もともと180センチくらいあったのに、そんなに縮んじゃったか。
『いや反応うっすいね君。もっとこう、ないのかい?女になっちゃったー?!とか』
いやまあ感情がないからそう言ったものも何も浮かんでこないんだよね。羞恥心とかもさ。
『感情がないっていうのも考えものだね』
まあでも、そんな見た目の子がいたら目立ってしょうがないということはわかる。
白髪褐色肌の美少女なんて、現実にいないしな。
『ワタシの魔力で構成されてるなら、本当だったら紅蓮色の髪になるはずだったんだけどね。ストレスで抜け落ちたかな』
ストレスで髪の色って抜けるんだね。フィクションだと思ってた。
──さて、見た目の話はこれくらいにしてと。
どうやってここから帰ろうか。エンマ様、魔法で服作れたりしない?
『うーん、ワタシの今の力じゃ無理だねえ。君の魔力にモノを言わせればできるんじゃない?変身しなくても魔力を操作できる君は、"魔法"を使えるはずだしね』
魔法って…他の魔法少女が使ってるようなやつ?
『そうだね、君なら擬似的な再現も可能だろう。魔法は全部イメージだ。イメージさえしっかりして、必要な魔力を捻出できればなんでもできる』
つまり服も作れると。イメージ、イメージねえ。
おそらく今の私が着て違和感を持たれないのは、フード付きのパーカーだろう。
髪色さえ隠せれば、あまり目立たないだろう。目は閉じていて見えないだろうし。
私は糸状の魔力を出しながら、完成形を想像する。
見た目はフードのついた白色のパーカー。こんな真夏日だし、魔法の力で温度を快適に保ってくれる効果もつけたい。そう、クーラーみたいな。
万が一顔がチラッと見えてもいいように、認識阻害も欲しいな。
……よし、できた!
一着のパーカーと、ついでにジーパンのようなモノ、あとは下着。ブラジャーはよくわからなかったからつくれていない。
とりあえずはこれでいいだろうと私はいそいそとこれらを身につける。
『わあ、本当にできたんだねえ。……その服の効果、別に服につけなくても君が魔法として使えばいいだけじゃないかい?』
いや、なんか欲しいと思ったらついちゃった。思わぬ副産物だね。
『君には驚かされてばかりだな。──よし、では君の家に帰るとしよう。ゆっくり話もしたいしね』
私がフードを深めにかぶると、エンマ様はここがワタシの定位置だと言わんばかりに頭の上へと乗ってきた。
これはこれで目立ちそうだけど、まあいいか。
私は路地裏を出ると、街中の雑踏へと紛れ込んだ。
うーん、何か忘れている気がするけど……まあそのうちわかるか。




