1話 Gehenna-3
Gehenna-3
『まず、ワタシについてだが──ワタシの名前はエンマ。君ら人間に、地獄と呼ばれている空間を管理しているものだ』
随分とご丁寧にどうも──って、地獄を管理しているエンマってことは、もしかして閻魔大王様ってこと?!
『うん。詳細は省くけど、概ねその認識で間違いないよ。まあ、あくまでも今のワタシはこの黒猫を依代に顕現した分体なのだけどね』
ということは、魔法少女と契約している契約獣っていうのは、すべて地獄からきた存在ってこと?
『うーん、違うね。まずはじゃあそこから説明しようか。──まず、この世界が地球と呼ばれているのは君でもわかるだろう?』
それはもちろん。一般常識だからね。
『この世界はどんな因果かわからないが、幾つもの次元が積層されている世界なんだ』
次元が、積層されている世界……?
『簡単に言うと、君たち人間が住んでいる次元──人間界としようか。それに加えて、地獄界、天界、妖精界と言うものが重なり合うように存在しているんだ。魔法少女の契約獣は基本的に、妖精界から来ている者たちだね』
つまり、私を含めた人間は次元が違うから妖精界や地獄界、天界を認識できないということか?
『まあ、大体合ってるよ。ほら、火の無いところには煙はたたないというだろう?人間のいう天国や地獄は、たまたま観測してしまった人間がいたから、知識の一つとして広まっているのだろう』
こんな重要な話、果たしてただのサラリーマンな自分が聞いてもいいのか……?
『今の君はワタシの契約者だよ?これくらい知っておいてくれないとね。──話を戻すよ。すでに知っていると思うが、"地獄"とは死者を裁き、生前の行いによって天界行きにするか、そのまま堕ちさせるかを決める場所だ』
そこら辺は私でも知ってる。というか、本当にそういった場所が存在するんだな……。
『近年、妙に地獄に送られてくる死者の数が多いんだ。そのせいでワタシの仕事も増えて毎日が残業残業残業──趣味に使える時間もないんだよ』
ええ……。地獄にも残業なんて概念が存在するのか。なんかこう、すごい力が働いてるとかないの?
『残念ながら、死者を裁くことはワタシ……閻魔にしかできない。地獄の管理も、ワタシが任命したものたちしかできない。理にそう定められているんだ。だから代わりもいないし、こうして君と話している間も、本体は死者を裁き続けているのさ』
えっと、お勤めご苦労様です。地獄って、そんなにブラックなのか……。
『そうなんだよね。──で、いくらなんでもおかしいと地獄総出で人間界を調べてみたら、プレデターと呼ばれる存在が原因だってことがわかったんだ』
プレデターが出現したのは大体100年前だけど、やっぱり人間とは時間の感覚が違うのかな?
『まあ多少はねぇ。で、プレデターという存在を調べてくうちに、どうやら妖精界が人間に手を貸してるってわかってさ、それならワタシたち地獄も手を貸して問題なくね?ってなったわけ』
ん?妖精界が手を貸してるから問題ないってことは、本来なら人間に手を貸すのはアウトってこと?
『ああ。我々は所謂"抑止力"というものに該当してね、そのせいか人間界に降臨するだけで人間界の次元を傷つけてしまうんだ。でも、今妖精界の契約獣が無数に降臨しているのに問題ないだろう?ならワタシたちでもいけるのでは?となったわけさ』
つまり、地獄から人間界から来てるのはエンマ様だけじゃないってことか。
『いや、地獄界から来てるのはワタシだけだよ。何故なら君たちで言う”契約”ができるのはワタシしかいないからね』
契約……魔法少女になるための契約のことか。
あれ?というかそもそも、なんでプレデターは魔法少女じゃないと倒せないんだ?
別に俗に言うヒーローでも問題ないと思うんだけど。
『ああ、それはね。男よりも女の方が魔力が圧倒的に多いんだ。一般男性を1とするなら、一般女性が100くらい。魔法少女に選ばれる子なら、最低でも1000は超えてるね』
なるほどな。ていうかそれなら、なんで私がエンマ様の契約者に選ばれたんだ?
わざわざ男を女にするよりも、元々性別が女の人を選べばいいのでは……?
『まあ当然そう思うだろうね。──そこでここから話すのが、ワタシの権能についてだ。これにワタシが君を選んだ理由がある』
権能……なんかすごそうだ。
『ああ、凄いじゃすまないレベルの力さ。──ワタシの権能は『契約』と『審判』だ。『契約』はワタシが元々持っていた権能で、『審判』は閻魔大王になったときに受け継いだ権能だな』
「契約』に、『審判』……?
『まず審判は、わかりやすく言うと「地獄堕ちさせる』ことができる。ワタシはこの力を使って死者を裁いてるわけだ』
たしかに、その力がないと閻魔大王なんて務められないな。
『次に契約は簡単に言うと、妖精界の羽虫──いや、契約獣たちの使ってるものの完全上位互換だ。条件さえ満たしていればワタシ側から強制的に契約でき、条件、代償、対価など、あらゆるものを誓約できる。まあ、他にもあるがそこは割愛しておく』
ってことは、私はその強制契約をされて魔法少女になったわけか。
『そういうことだね。ワタシと君の契約内容は『君の命を助けること』、君が払う対価は『魔法少女になり、ワタシに力を貸すこと』。だけど君には魔力はほとんどなく、また性別を女にすることは不可能。そこで魔法少女になる代償として『性別と契約対象が必要ないと判断したもの』を失ったわけさ』
エンマ様の言う通りなら、私が痛覚とか諸々失ったのはそれが原因ということか。
『少し疑問は残るが、その通りだね。で、この代償が重ければ重いほど君の魔法少女としての力、つまり魔力は大きくなる』
私が代償にしたのは、性別、視覚、聴覚、痛覚、感情、声、記憶の6つかな。現状把握してるのは。
『さっき喜んだのはそれさ。君には酷かもしれないが、それだけ代償があれば魔法少女としての格は人間で言うA級、あるいはそれを優に通り越してS級に届くかもしれない』
やたらと興奮した声色で、早口に語るエンマ様。
そんなにも私の力が強いかもしれないことが嬉しいのだろうか。
『そりゃそうさ。偶然死にかけてた奴を助けたら、実はそれがワタシの追い求めていた存在だったんだぞ?興奮しない方がおかしい』
それはたしかにな。私としても命が助かったことは非常に感謝しているし、この恩を返すためなら喜んで魔法少女として力を貸すよ。
『ありがとう、喜んで使わさせてもらうよ。──さて、少し脱線したがワタシの権能は以上だ。そしてワタシと契約した君は、魔法少女に変身すれば今説明した権能の一端を扱うことができる』
つまり私は"『契約』と『審判』の魔法少女"ってことか。なんかかっこいいな。
『そうだね、名前をつけるなら──魔法少女Gehenna。君は今から魔法少女ゲヘナだ』
Gehenna──直訳で地獄を表す言葉か。うん、シンプルでカッコいい名前だね。気に入った!
『それならよかったよ。それじゃあワタシの目的を──といいたいところだが、まずはこの状況を解決しないとだね』
面倒くさいけどやるしかない、とでも言いたげな声色でそう言うと、エンマ様は私の額のあたりに肉球を当ててきた。
……周りで何か起こっているのか?
『だって寄生主である君が生きている以上、プレデター”メリー”も消えることはない。いまはワタシが結界を張って凌いでいるが、契約したのと分体であるせいかもうそろそろ魔力が保たない』
たしかに、フレイムが言ってたな。伝承型のプレデターは、寄生主を殺さない限り消滅しないと。
え、ということはせっかく命を繋いでもらったのに死ななきゃいけないってこと?
『そんなわけないだろう?妖精界の奴らだったらそうかもしれないが、ワタシは地獄の閻魔大王様だぞ?』
……なんか、エンマ様のやけに妖精界の契約獣?に対してヘイト高くない?
『気のせいさ。──いまから、記憶を失って空っぽになった頭に、魔法少女として戦うための知識を入れるよ。少々痛むかもしれないが……いや、痛覚がないなら平気か』
え、頭に入れるって──と、質問しようとしたその瞬間、まるで初めからそこにあったかのように、知識が植え付けられた。
痛みがあると言っていたが、とくになんてことない。痛みがないと言うのは、割とメリットなのかもしれないな。
『さて、知識の方はどう?きちんと扱えそうかい?』
ああ、問題なさそうだ。問題があるとするなら、私の魔力量がどれ程あるかだな。
まあ、やってみればわかることか。
まず初めに使うのは、”魔力感知”だ。これは自身の魔力を限りなく薄く霧状に広げることで、あたりの様子を探ることができる。要するに、視界の代わりとなる。
人がいればきちんとわかるし、障害物とかもわかる。まさに私のためにあるかのような力だ。
えーっと、まずは魔力を操作して放出しないとか。
魔力というのは、血管を通って全身を巡っている。つまり魔力を生み出しているのは心臓ということかな。
血の流れを意識すればすぐにわかるらしいけど──。
もともと何も見えないから変わらないけど、気分的に目を閉じる。
そして魔力の流れに意識を向け──お、これだな。
『ん??ちょっと待ってくれ。魔法少女に変身していないのに魔力を操作できるのか、君は?』
え、うん。ただ私の魔力は血管を通って全身を通ってるんじゃなくて、まるで身体全体が魔力でできるように循環しないで停滞してる感じだよ。
『普通の人間は魔力を扱うことができない。だから魔法少女に変身しないといけない。魔力が循環せず停滞している感じか──まさか、やけにワタシの魔力が減ってるのは……』
私の身体は純粋な人間じゃなくて、ほとんどが魔力で構成されてるってこと?
『ああ、しかも閻魔大王であるワタシの魔力でな。そういうことならキミが魔力を使えるのにも納得できる。となると、キミは一種の分体と言えるな、ワタシの』
あれ、それは不味くないか?
わざわざ魔法少女として契約するくらいだし、エンマ様ならびの次元の違う存在はプレデターに干渉できないんでしょ?
『その通りだが、一応キミの身体を元に"変形"させたから問題ないはずだ。……体感ワタシの魔力99.9%だが、ワタシ達では絶対に持ち得ない"人間"の因子があるから大丈夫のはずだ』
なら問題ないか。──じゃあ早速、『魔力感知』からやっていこう。あまり時間はないみたいだし。
まず、魔力を霧状に身体から放出する。この身体が魔力で構成されてるからか、スムーズに魔力は身体の外に出てくれた。
しかも面白いことに、魔力が外に出た瞬間にもうその出た分の魔力は補充されている。
エンマ様の言う通り、凄い魔力がワタシには秘められているみたいだ。
外に出した魔力をそのまま広げていき、そしてその魔力に意識を向ける。
すると──空、雲、木、石、地面など、360°方向からあらゆる情報が一気に私の頭の中に流れ込んでくる。
今現在私の頭の上には濃密な魔力を持ったネコの形をしたものが居て、また私を囲むように円形の結界が設置されている。
そしてその結界に張り付くように、気味の悪い魔力を持った少女を模った存在がいる。
あまりの情報の多さに圧倒されたが、まるで色のない世界を見ている感じだ。
形状はわかるが、色や匂い、暑さや湿ったさとかはわからない。
けど魔力の色はわかる。エンマ様は綺麗な紅蓮色だし、メリーさんはドス黒い。私は……色がない。つまり、真っ白の魔力ってことか。
しかもだいぶ効果範囲が広いみたいで、フレイムが張ったであろう結界の範囲内全てを知覚できている。
──ってあれ、なんか鼻から垂れてきてる……?
『ストップストップ、鼻から血が出てる!キミ、魔力を出しすぎだよ。そのせいで魔力感知の索敵範囲が広くなりすぎてる。もっと抑えるんだ、じゃないとキミの脳みそが焼き切れちゃう』
なるほど、これは血か。どうやら脳の処理限界を超えてしまったらしい。痛みがないというのも悩みものだな。
それにしてももっと出す魔力を抑える、か。今の量でもできる限り抑えて出したよ?それこそ水滴一粒くらいの感覚で。
『キミの容量がデカすぎるんだ。広大な海の一粒と考えてみろ。たった一粒でも莫大な大きさになる。非常に喜ばしいことだが、キミにとっては死活問題になるな……』
どうしたものかと思案する。おそらくこれ以上魔力を抑えて放出するには練度が足りない。
となると、この範囲を感知しても脳が処理できるようにすればいいのでは?
『たしかに理論上は可能だ。だがキミの場合、魔力感知を視界の代わりにするだろう?それだけでも魔力を使うのに、それに耐え得るレベルに脳を強化するとなると、同等の魔力を消費し続けることになる。流石に厳しいよ』
それなら問題ないな。おそらくこれくらいなら、両方合わせても魔力が回復する速度のほうが早い。
『…………今度魔力を測ってみてもいいかい?分体のワタシじゃ測れないからね』
もちろん。私としても自分の限界は把握しておきたいからね。
──さて、それじゃあ早速脳を強化して、と。強化方法としては魔力の密度を上げればいいだけだから、簡単だ。
魔力を操作し頭の方に集中させて、固定化させる。
移動した分の魔力はすぐさま回復し、何事もなかったかのように元に戻った。
……これさ、時間はかかるけど全身に同じことできないか?しかも制限なしに。
『キミならできるだろうけど、やめておいた方がいい。制御ができなくなるだろうし』
まあたしかにな。とりあえずいまは魔力感知だ。
先ほどと同じ要領で魔力を霧状に出す。すると再び色のない世界が現れる。
うん。問題なさそうだ。360°認識できるっていうのがすごい違和感を感じるけど、そのうち慣れるだろ。
『普通はそんなことにならないんだけどねぇ。まあいいか。──さて、そろそろ結界が切れるよ。準備はいいかい?』
ああ、いける。
──我は地獄を統べる者。
紅蓮と純白が混ざり合った魔力が、私の身体を包み込む。
──我は死者を裁く者。
魔力はそれぞれ形をなし、冠、道服、笏となり、私はそれらを見に纏う。
──契約に則りここに顕現せし。
威厳のある格好──というには、随分と可愛らしいデザインにアレンジされていた。
萌え袖のように袖が長く、至る所に装飾が施され、笏に関してはまるで剣のように長い。
──魔法少女Gehenna、ここに見参。
さてさて初陣だ。頑張ろうじゃないか。




