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1話 Gehenna-2

可哀想な主人公はいいぞ〜





「──え」


 切り裂かれるような激しい痛みと共に、ぐらりと体が傾く。

 身体に一切の力を入れることができず、その場にグシャっと崩れ落ちてしまう。


「──ぁ」


 声を出せない。うまく呼吸ができない。思うように身体が動かない。

 ただただ痛い。虫歯だとか、タンスの角に小指をぶつけただとか、そんなレベルじゃない。それを何倍にもした痛みが、ひたすらに続いているのだ。


 さらには自分でもわかるレベルで、ドクドクと血がお腹の辺りから流れ出てしまっている。

 

「あれ、生きてたんだ」


 心底軽蔑するような、なおかつ愉快そうな声色で、魔法少女は私に声をかけてきた。


「まあ、私がギリギリ生かしておいたんだけどね」


 そういうと彼女は、顔をこちらへぐっと近づけて、ニィーっと笑った。


 私の目に映ったのは、オレンジ色の髪、金色の瞳、そしてキューティクルな赤色の衣装。

 どこかで、みたことがあるような──


「──ふれ、ぃむ?」


 思い出した。魔法少女省の出している動画だ。彼女は、A級魔法少女『blame』だ。


 天真爛漫、元気溌剌。魔法少女兼アイドルとして活動していて、非常に人気を誇る魔法少女だ。

 その特徴として、剣に炎を纏わせ自由自在に操る。

 それだけ聞けば大したことないと思うかもしれないが、フレイムの炎は出力、形状など全てが彼女の思うがままなのだ。

 

 そんな存在がなぜ、ここに──


「あ、いま何でここにって思ったでしょ。ふふふ、私がここにきたのはね、貴方が理由なの」


 ──フレイムは無邪気に笑った。まるでそれは、悪いことではないかのように。

 自分だけが正しいと、しんぞこ信じているかのように。


「だって、悪人(・・)を殺せるんだもの」

「──」


 私が、悪人だと?ただ結界に巻き込まれて、今現在お前に殺されかかっている、私が?


「あのね。伝承型のプレデターは、対象となる人に寄生することで現界できるの。今回は『メリーさん』だったからよかったかもしれないけど、他の伝承だともっと人を巻き込んで、大量の死者を出してたかもしれないの」


 ああ、そうかもな。そう考えると、私を襲ってきたのがメリーさんでよかったのかもしれない。


「だからお前は悪人。プレデターに寄生されたから、悪人なの。伝承型のプレデターは、寄生主を殺さない限り消滅しないの」


 目が霞んできた。耳が遠くなってきた。血を流しすぎたみたいだ。

 ただわかるのは、私が彼女にとって”悪人”であり、いまここで彼女に殺されるということだけだ。


「……まあこのまま放っておいても死ぬだろうし、とどめを刺すまでもないの。そのまま、苦しんで死んでなの」


 そう言ってフレイムは私を一瞥すると、背を向けて歩き出した。

 

 はは、せめてプレデターに殺されたかったな。なんだよ、正義の味方に殺されるって。

 なんで、たまたま私が狙われたと言う理由だけで、悪人扱いされて、惨めに死なないといけないんだ?


 仕方なく殺した、というのならまだ許せたかもしれない。

 プレデターを殺すことが目的ではなく、まるで人を殺すことが目的だったかのように、フレイムは明らかに私を殺すことを愉しんでいた。

 

 そんな奴が、正義の味方なのか?


「──ぁ。──ッ」


 声を出そうとする。出るのは血だけだ。

 手を動かそうとする。動かない。

 足を動かそうとする。動かない。

 

 呼吸ができない。何も見えない。何も聞こえな──


「月並みの言葉で申し訳ないが──私と契約して、魔法少女になってよ」


 ──そして、冒頭へと戻る。


「いったい何を迷っているんだい?」


 黒猫は不思議そうに顔を傾げて尋ねてくる。

 

 迷っていると言うよりは、現実感が湧かないと言うのが正しいか。

 死にかけているのに、|まるで時が止まっている《・・・・・・・・・・・》ような、形容し難い感覚があって、現実感が湧かないのだ。


「人間ってめんどうくさいんだねぇ」


 黒猫はため息をつくと、シビレを切らした言わんばかりに、とことこと私に近づいてきて、その肉球を私の頭に置いた。


「どうせ死ぬならその命、ワタシが貰ってしまってもいいだろう?」


 カチリと、何かがハマったような感覚があった。

 その瞬間──身体が裂かれた時とは比にならないレベルの痛みが、私の全身を襲った。


「──ッ!!あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」


 もともとあった痛みとも相まって、死にそうなレベルでいたい。

 明らかに人間が耐えられる痛みでないのに、気絶できない。おかしい。


 バキバキバキと何かが折れる音に加え、ブチブチと何かが引きちぎれる音がする。

 まるで、私の体が変形しているかのような──


「ワタシの契約にはね、別に君の同意なんか要らないんだ。君はただ、ワタシに従っていればいい」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


「その痛みは、身体を変化させるため──え、そんなに痛い?あれまってもしかして痛覚遮断するの忘れてた──」


 黒猫がそんなふざけた事を抜かしてたかもしれないが、私にはそれを気にする余裕がなかった。


 ただひたすらに痛い。どうしようもなく痛い。

 もはや死んだほうがマシだったかもしれないと言うレベルだ。

 涙というものは既にもう枯れ果てて、頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられなくて。

 

 こんなに痛いのに、気絶もしない。死にもしない。

 無限にも感じられる苦痛の中、私は全てを諦め放棄した。

 

 

 ──どれくらい、時間が経っただろうか。


 時間の感覚が酷く曖昧で、 5分経ったかもしれないし、1時間かもしれないし、はたまた1日経っているかもしれない。

 

 気づけば痛みも感じなくなっていて、まるで身体が羽のように軽い。

 ならばと、まず手を動かそうとしてみる。

 左手。少し違和感はあるが、動いた。

 右手。こちらも少し違和感はあるが、動いた。

 次に、足。右足も動いた。左足も動いた。

 

 どうやら、黒猫によって起こされた”変形”は、無事終わったようだ。

 

 ならば、あの黒猫にちょっとくらい小言を言っても構わないだろう。

 私は目を開けて──開けて?


 目を開けた感覚はある。なのに視界は真っ暗なままだ。

 ならばこっちはどうだと、今度は声を出そうとしてみる。


「────」


 出ない。声を出そうとしても、ヒューヒューという掠れた音しか出ない。

 

 これらが示すことは、私は先ほどの”変形”とやらで、視覚と声を失ってしまったみたいだ。

 普段の私だったら、絶望していたかもしれない。

 しかし何故か今の私は何も感じていない。「まあでも死ななかっただけマシだろう」くらいにしか感じていないのだ。


 とりあえず起き上がるとしよう。ぺたぺたと手のひらで辺りの状況を探り、問題なさそうなので、ぐっと手に力を入れて上半身を起こす。

 

 視界からの情報がないというのはやはり不便で、身体を起こすだけだというのにふらついてしまう。

 

 そういえば、あの黒猫はどこにいったのだろう。仮にも”契約”したもの同士だ。起きたらすぐに声をかけてきそうなものだが──


『──こっちならどうだ?!君、聞こえているかい?!』


 なんともまあちょうどいいタイミングというべきか。可愛らしい少女の声が聞こえた。黒猫の声だ。


『正しくは念話だね。君、顔の前でワタシがうろちょろしても、どれだけ()をかけても反応しなかったから』


 声を、かけた……?そんな声、全く聞こえなかったけどな。


『……一度、自分で手を叩いてみてもらってもいいかい?』


 もちろん問題ない。

 私はまず左手で右腕を掴み、そこから辿るようにして左手と右手を合わせる。

 そしてパチっと手のひらを叩き──あれ?


 手を叩いた時の感覚がない。手を叩いた時の、音も聞こえない。

 

 どうやら視覚と声だけにとどまらず、聴覚と痛覚も失ってしまったようだ。


『………視覚、聴覚、痛覚、声。失ってしまったのは、それで全部かい?』


 黒猫が、まるで絶望しているかのような、非常に悲しんでいるような声色で聞いてきた。


 別にそんな気にすることでもないのに。生きているだけありがたい。


『……おそらく君がそうなったのは、ワタシと契約したことによる肉体の変化が原因だ。それなのに、何も感じないのかい?』


 本当に、何も感じていないのだ。怒りも、悲しみも、辛さも、なにもかも。

 いままで使えていたものが使えなくなったことによる不便さは感じるが、それだけだ。


『つまり、感情も無くなったというわけか』


 黒猫に言われて、ハッとした。たしかに、私は感情を失っているかもしれないと。

 

 よくよく考えてみればごくごく普通の一般人が、突然死にかけて、死にたくないなら魔法少女になれって言われて、なったと思ったら、視覚、聴覚、痛覚、声を失ったら、もっと慌てるし絶望するだろう。


『……記憶に関しては、どうだい?』


 記憶──まず、私の名前は……あれ、なんだっけ。

 年齢も……わからない。自分の顔も、親や友人の顔、そして名前もわからない。

 住んでいた場所も、わからない。

 覚えているのは……この結界に閉じ込められた辺りのことだけだ。

 

 メリーさんに狙われて、魔法少女フレイムに殺されかけて、黒猫に救われて。


『……そう、か。記憶もない、か』


 申し訳なさと悲しさ、それに加えて──喜びを含ませた声色で、ポツリと黒猫はつぶやいた。


 というかなんで私は黒猫の感情が事細かくわかるんだ……?念話の効果かなにかかな?


『うん。念話は要するに、自分の思念を魔力を介することで相手の頭の中に送る。思念だから、感情も一緒に送られちゃうんだよね』


 へえ。耳の聞こえない私にも聞こえるから、非常に便利なものだと思ったけど、そんなデメリットがあるのか。


『だからワタシも君以外に使うことはないかな。キミは──そうだな、覚えたほうがいいだろう』


 声を失ってしまった以上、今の私には自身の意思を伝える手段がない。たしかに、念話が使えれば非常に便利だ。


『……それを教える前に、まずワタシが何者なのか。何故死にかけの君を助けたのか。そこら辺の事情を説明するとしようか』


 あ、たしかにそれは少し気になる。言われてみれば、そもそも男である私がなんで魔法少女になったんだ……?

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