1話 Gehenna
小説書く気が湧いてきたので書きましたーーー!!
続けも書く
1話
「月並みの言葉で申し訳ないが──私と契約して、魔法少女になってよ」
幻聴だろうか。横たわった私の顔先にいる黒猫の方から、可愛らしい少女の声がする。
「幻聴なんかじゃないさ。君だってテレビとかで見たことがあるだろう、魔法少女の契約獣を」
2尾ある細長い尻尾をゆらゆらと揺らし、金色の瞳でじっとこちらを見つめてくる。
「それで、契約するのかい?しないのかい?」
黒猫はどちらでもいいよと言わんばかりに、ふわあと大きなあくびをする。
人が死にかけてるというのに、こいつは呑気な猫だな。
「呑気なのは君だろう。なにせ、体の半分が千切れかかっているのだからね」
そう。おそらく私が何故か生きてるのもコイツのおかげだろう。
今の私の身体は、お腹の辺りから腰にかけて大きな裂傷を受け、千切れかかっているのだ。
何もしなくても滅茶苦茶痛いし、痛みのせいで声が出ない。
こんなはずじゃなかったのになあ、と1人思いに耽る。
──なぜ私がこのような状況に陥っているのか、時は数刻前へと遡る。
「ひー、あついあつい」
太陽の日差しが照りつける炎天下の中、私は会社に向かうため足を進める。
まだ5月なのにもかかわらず珍しく気温が30度を超えており、長袖長ズボンのスーツである私にとって地獄でしかない。
まだ時間はあるし、コンビニに寄って冷たい飲み物を買おう。そう思った時だった。
「キャアアアアァァァァ!!!!」
コンビニ横を進んで奥にある路地裏の方から、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。
おそらく暴漢にでも襲われているのだろう。悲鳴を聞いてしまった以上、見て見ぬふりをするわけにはいかない。
ポケットから携帯を出し、いつでも警察を呼べるようにしながら私は路地裏へと駆け出した。
そう。この時、あることに気付けていればこんなことにはなっていなかった。
私以外、誰も悲鳴の聞こえた方向へ目すら向けていなかったことを。
「──あれ、確か悲鳴はこのあたりから……」
薄暗い路地裏へ入ってみると、悲鳴の主人どころか暴漢の影すら見えない。
聞き間違えかと思ったが、流石にあんなにも大きな悲鳴を聞き間違えるほど歳を食っていない。まだ25歳だ。
「だれか、だれかいませんかーー!!」
とりあえず声をあげてみるが、返事はない。それどころか、先ほどまで聞こえていた人々の喧騒も、風の吹く音や鳥の声さえもない。
「携帯も圏外だと……?」
何かがおかしい。そう思った私は、とりあえず来た道を戻ることにした。
「…………人が、いない?」
路地裏を抜け、コンビニのあたりに戻ってきたのにもかかわらず、人が1人もいない。
コンビニを覗いてみるが、店員すらいなかった。
「まさか」
一つだけ、思い当たる節があった。
「魔法少女の結界か……?」
──この世界には、魔法少女と呼ばれる存在がいる。何も珍しい存在ではなく、日常的に知れ渡った存在だ。
この世界に100年ほど前に現れた「プレデター」と呼ばれる化物と同時期に現れ、プレデターに為す術もなかった人類を救ったヒーローだ。
いまもなおプレデターは人々を襲い続けており、魔法少女は人々を守る守護者となっている。
なぜ突然プレデターがこの世界に現れたのか、なぜ魔法少女ならばプレデターを倒すことができるのか。それらは公にはされていない。
私のような一般市民が知っていることは、魔法少女が戦う時は結界が張られ、被害を最小限に抑えられること。
また、結界に巻き込まれた一般市民が生存する確率は──僅か0.01%だということ。
「……は、はは」
思わず乾いた笑みがこぼれてしまう。こうも簡単に、何気ない日常というのは崩れるのかと。
「落ち着け落ち着け落ち着け。私はまだ死んでいないんだ。助かる可能性だって……」
幸いにも、周囲にプレデターらしき影は見えない。急いで隠れる場所を見つけるしか生き残る術はない。
私はとりあえず、近くにあったビルの中に隠れることにした。
逃げやすく、見つかりにくい階層──2階がいいだろう。
ドッドッドッとはやる心臓を押さえながら、私は階段を駆け上り、ドアを開け部屋に入った。
「……ふぅー」
ガチャリと鍵をかけ、ドアを背にして座り込む。
「ここならひとまず、安心か……?」
気がかりな点があるとすれば、結界が張られているのにも関わらず、魔法少女やプレデターの姿が見えないこと。
魔法少女の戦闘はとても凄まじいと聞くし、実際私も魔法少女省が上げていた動画を見たことがある。
しかしながらそういった戦闘音などは一切なく、ずっと静かなままだ。
考えられるとすれば──すでに魔法少女が死んでしまった?
──プルルルルルルル!プルルルルルルル!プルルルルルルル!
突如として携帯電話の鳴る音が聞こえた。チラリと自分の携帯へ目を向けるが、相変わらず圏外のままで、電話なんかかかってきていない。
ならばと私は顔をあげ、辺りを見回す。すると部屋の中心部に、随分とまあ古めかしい携帯電話が落ちていた。
「歴史の授業で見たことがあるな。なんといったか……ガラケー?」
私はガラケーを拾い上げ、パカっと画面を開く。
そこには文字化けした電話番号がかかれており、みるからに怪しい。
プレデターの現れない現状、みるからに怪しい電話の着信。これらから考えられることは──
「メリーさんの電話、か?」
ある程度有名なプレデターの対策方法は、魔法少女省のおかげで周知されている。メリーさんの電話も、そのうちの一つだ。
その対処法は、電話に出ないこと。メリーさんは電話を媒介に人の位置を特定し、殺すのだ。
「これなら安心か……?」
ホッと息をついた次の瞬間、電話の着信ボタンを押してないのにもかかわらず、ガチャリと音を立てて電話がつながってしまった。
『あたしめりーさん。あたしいま、ゴミ捨て場にいるの…』
プツッ。ツー、ツー、ツー……。
電話が切れた。
あ
あ
あ
「うわああああああああ!!!!」
荒くなる息。逸る心臓の鼓動。どうしようもないぐちゃぐちゃな感情。
私はドアを開け、階段を駆け下り、すぐさまビルから飛び出した。
「なんでなんでなんでなんで──」
行くあてもなくひたすら道を走る。ただ逃げるため。メリーさんから、逃げるため。
私は電話には出ていない。なのにかってにつながった。わたしはでていない。でるわけがない。
「どうしようどうしようどうしよう──」
魔法少女省の出していた対処法は嘘だったのか。電話に出なければよかったんじゃないのか。
「──ああ、そういうことか」
私は足を止めて、その場にへたり込む。
そもそも魔法少女省の出している対処法が正しいのならば、結界に巻き込まれた人の生還率が0.01%なわけないのだ。
あくまでも気休め、ということなのだろう。
プルルルルルルル!プルルルルルルル!プルルルルルルル!
また、電話がかかってきた。
『あたしメリーさん。今コンビニの角にいるの…』
プツッ。ツー、ツー、ツー……。
また、電話が切れた。
……もう、逃げる気力すら湧かない。どうしようもないことが、わかってしまったからだ。
私は、ここで死ぬ。何もできないまま、ただどうしようもなく死ぬのだ。
プルルルルルルル!プルルルルルルル!プルルルルルルル!
私は今、ドアのある建物の中にいない。つまりこれが、最後の電話になるだろう。
『あたしメリーさん。今──』
ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。なにかが、私に近づいてくる音が聞こえる。
ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた──足音が、聞こえなくなった。
「──あなたのうしろにいるの」
全身が恐怖で震え、呼吸がうまくできなくなる。声を出したくても、乾いた息しか口から出ない。
ゆっくりと振り返ってその姿を確認しようとするが、身体が恐怖でかたまり動かすことができない。
きっと私は、ここで死ぬんだ──
恐怖のあまり涙が溢れ、しかし何もできないとギュッと目を瞑る。
死の足音が刻々と迫る中、来たる痛みに身をこわばらせる。
しかし──
「……?」
──どれだけ待っても、痛みがやってこない。
確かに背後に濃密な死の気配がするというのに、未だ殺されないのだ。
メリーさんの都市伝説を思い出せ。その中に、私が生き残るためのカギがあるはずだ。
まずメリーさんは、対象となる人物に電話をかける。今回は応答しなくても勝手に繋がったが、伝承では応答しないと襲われないはずだ。
次に、メリーさんは自らの位置を知らせてくる。そしてだんだんと対象者に近づいていき、最終的には今みたいに真後ろに立つのだ。
それと同時に『あなたの後ろにいるの』と言って、振り向いてきたところを──
──そういうことか。
いま私のみに起きていること、そして伝承。これらから考えられることは、メリーさんは対象者がメリーさんの方を振り向かない限り、殺せない。
プレデターである彼女は、伝承という制限の檻から完全に抜け出すことは出来ないのだ。
とは言っても殺されないというだけで、現状を解決することはできない。
私にはメリーさんをどうこうできる術はないので、魔法少女を待つしかない。
もしかすると、メリーさんは私という対象を捉えないと出現しないプレデターなのかもしれない。
となると、魔法少女もそろそろ姿を現してもいい気がするが──
「あああああ!!!やっと、見つけた──」
元気溌剌そうな女の子の声が聞こえた。ようやく待ちに待った、魔法少女だ。こんなところにいる女の子なんて、それ以外考えられない。
彼女はメリーさんのいる方向から来たのだろう。こちらから姿を確認することはできない。
よかった。助か──
「──炎一閃」
魔法少女の放ったその一撃は、プレデター『メリー』を切り裂き、そして焼き尽くした。
それと同時に、私の体をも切り裂いたのだった。




