甘美なる絶叫
トイレの個室って天井が空いているんですね。おそらく、換気の面からそうなっていると思うのですが、無防備である。もう、好きにしてください状態。
学校のトイレは掃除用にホースやらブラシやらがあったので、ホースの先端をトイレのぽっかり空いた天井に突っ込んで、蛇口を開いた。
人の泣く叫び声って痛感だったのだ。いや本当に申し訳ないが、この時の僕は敵に手加減をするということがどう言うことかわかっていなかった。
むしろ敵の心は徹底的に折っておくべきである。というのが、僕の考えである。でないと、親兄弟にまで嫌がらせが及ぶと思う。少なくとも僕ならそうする。
田舎特有の閉塞感というのもあった。親ぐるみ、村ぐるみでの村八分である。僕の育った環境は、未だに部落という言葉が残っている場所だったのだが、そういう流れというものが全くわかっていなかったために、もう全開で蛇口を捻った上、ホースの先端を潰して全力放水を決めたのだった。
「ピギィーーー!!!ピギュイイイ!!」
人は本当に怖いと豚のように鳴くのだとこの時初めて知った。
トイレの鍵を開けようと、クリップを伸ばして作った針金を鍵に突っ込んだのだが、中のやつもなにされているか気がついたようで必死に鍵をロックに持っていった。
これがいけなかったと思うのだけれど、スライド式ロックに針金が挟まって動かなくなった。
「ちょ、まて!!開かなくなったぞ!!」
一瞬、トイレのなかが静かになって今度は必死に開けようとする音が響いた。
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!!!」
僕は怖かったので放水を再開した。
この時の学校のトイレの構造は、個室内に排水溝がなく、傾斜のあるタイル張りの床を流れてトイレの中心に一個だけある排水溝から排水する構造だった。
つまり放水する水は個室の扉の下を通って僕の足元にある排水溝に流れるわけであるが、全く手加減の知らない僕は、扉の床との隙間に掃除用の雑巾を突っ込んで排水を止める所業に出た。
実際にはそんなに水位も上がらなかったと思う。だが中からすれば溺れ死ぬと思ったらしく、扉の隙間から指が何本も延びて必死に掻き出すのだった。それがもう面白くて、面白くて。下手なパニック物の映画よりも面白く、僕は笑ってしまった。
別にバカにしたわけではないのだ。ただ単に面白かったから笑っただけで、友達とゲームで遊んでいるのと同じ感覚だ。それを煮詰めて濃くしたみたいな快感だった。痛快だった。とにかくスゲー気持ちいいのだった。
「お前が!僕にしていた気持ちよさを今僕は感じているよ!たのしいね!!」
「うううううう!!!先生にいいつけてやる!!」
「トイレにいてどうやって先生を呼ぶんだ?」
めでたく、放水再開である。
結局先生が来たのは40分もあとになってからだった。その頃には他の同級生も詰めかけ、早くトイレから出てこいと説得しているところだった。誰かが先生にチクったのではなく、授業開始時間になっても生徒の半数がいないので、探した結果見つかったと言うわけである。
やっと救われたと思った中のやつは声たかだかに何をされたのか叫んだ。先生は集まった生徒に対して出ていけと言ったのだが、ドアが開かないのだった。
基本的に鍵は内側からかける。外から確認できるのはスライドと同時に色が変わる小窓だけ。赤色で鍵が閉まっていることを示す窓には針金がめり込んで止まっていた。
開くわけがない。声には出さなかったが笑ってしまってそれを先生に見られた。
中のやつは複数人にやられたと証言していた。濡れたドブねずみのようになった彼からすれば、まさかたった一人にここまでされると思わなかったのである。
まだ鍵も扉も開かない。