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空飛ぶ椅子

 僕は靴箱から上履きを取ろうとしたが、「なにか変だ」と手を引っ込めた。


 朝と違う。

 下駄箱は鍵もなく、誰でも好きに弄れる格好の狩り場だと友達は言っていた。登下校時の混雑する時間帯を除けば誰もいないのが当たり前で、いつ来ても誰もいなかった。


 僕は上履きの踵を摘まんでゆっくりと傾けた。音をたてて転がり落ちる金色の輝きを見て目を丸くする。そのギラついた輝きは、画鋲が放ったもの。わずかに戸惑った。


「僕に好意を向けている人がいる!」


 ビックリするかもしれないが、僕はちょっと人と違う。中学生特有の勘違いしがちなふわふわとした心意気も手伝って、自分を好きになってくれた人がいると思ったのだった。ほら、よく言うじゃないか。不器用な小学生男子が好きな女子に嫌がらせをすると。


 にやにやした顔が元に戻らなかった。次の日には上履きの底に刺さった状態の画鋲が見つかり、それを履いて歩くとカチャカチャと音がなって嬉しかった。



 自慢げに友達に御披露目すると、少しの間、無言で人形みたいに固まった。友達は「それ、虐めじゃん」と僕の肩を叩いた。


 次々に起こるいたずらは、どれも可愛らしい物だった。僕はというと、もうぜんぜん気にしない。別にどこかが痛いわけでも、物が壊された訳でもなかったし、そういう人もいるんだという感想を持っただけだ。


 道徳の授業でよく言うじゃないですか、みんなと仲良くしなさいって。だからニコニコ笑っていた。


 そしたら、虐めはエスカレートしていった。メインディッシュに移行する。それは学校の机への落書きだった。


「おおすげぇ。ここまできたか」


 机に並んだ罵詈雑言、コンパスの針で彫られたシモネタなど、頭に響くように馴染んでいく。


 そのなかに友達の悪口まで含まれていた。


「あれ」


 ちょっとそれは違うじゃん。なあ。僕はこの時、みんなと同じと思っていたけれど、全然違うのだった。特に自分の仲間と認識した人への暴言はひとつたりとも許せないのだった。



 僕が椅子を頭の上に高々掲げると、クラスの中から音が消えた。


 椅子は合板の背もたれと直径20ミリほどのパイプを接合した構造で重さ8キロ。


 僕は助走をつけて思いっきりその椅子を投げつけた。


 犯人は僕が椅子を持った時点で『やばい!!』と思ったのか、粘ったい笑顔を不気味に歪めて教室のドアから駆けて逃げようとしていた。


 外れた椅子が壁に当たってひしゃげた。


 許さない。

 僕は廊下に飛び出て犯人の後を追う。


 逃げる人間の足取りはとても遅い。通常時の半分もスピードがでない。息は上がり心臓はバクバクと脈打つからだ。


 そいつの背中めがけて殴ったとき、姿勢なんか全く決まっていなくて、へなちょこパンチが当たっただけだった。


 相手はというと、背中を曲げて床に転がった。まさか、いじめている相手から仕返しが来るとは思わなかったのだろう。


「うえーーーん!!俺じゃないのにぃ!!!」


 と悲劇のヒロインみたいに泣き叫ぶので背中に何度も拳を下ろした。肘鉄も使った。


「お前が!!やっていたのを!!!僕は見ていた!!!!」


 記憶喪失かなにかでなければ、こいつは自分のやったことを知っている。


「今コンパス持ってくるから待ってて!!」


 もう僕は笑顔だった。仕返しがこんなにも楽しいものとは思わなんだ。

 そのまま全てをお返ししようと思ったのに、犯人はトイレに逃げ込んだと垂れ込みを受ける。


 個室からはメソメソと犯人が上げる声が響き、コンパスの針先が、毛羽だったトイレの小部屋の扉を引っ掻く音が響くのだった。

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