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自称善良な王妃

作者: 古今サーラ

 普段より何倍も豪華に仕立てたドレスを着ているのにアリッサの胃は不愉快なノイズを訴える。

 国一番の大聖堂でしかお目にかかれない大きさと絢爛さの天窓から降り注ぐ多色な光は、本日の主役となる二人を照らして、もちろん参列者の視線を一心に受け、

「それでは誓いの口づけを」

なんて粛々とした神官の口上に伴い、おずおずと彼と彼女の影が重なる。

 そんな遠慮しいしいせずにぶちゅっといけよぶちゅっと!

 とヤケッパチぎみな思考を抑えるようにアリッサはうっすらと祝福の笑みを浮かべ続ける。

 七ケ月前あそこに居たのはアリッサだった。

 

 それはいい。

 政略上だったけれど、穏やかに互いに望んだ関係だった。寒さも緩んだ春の日に、念のため羽織るショールのような温かさだった。

 あっという間に情勢が変わり、元敵国の隣国の姫君が同盟との関連であっという間にアリッサの王子様をかっさらい、否、同じ男に妃として輿入れしてきたのだ。

 初期のギスギスとしたやり取りを経て、あっという間に相思相愛となり、七か月越し二回目の結婚式でお姫様を正妃にする。

 これでアリッサがどこぞの騎士と不貞を犯したり、商人と駆け落ちしたら、王を暗殺しようとして捕まって処刑されたりしたら物凄く大円団な恋愛小説なんだろうけど、あいにくそんなことは起きなかった。というかそういう流れが始まりそうな出会いはあったけれどスルーしてしまった。アリッサは恋愛至上主義者ではなかったから。

 良くはないのは結婚式の披露パーティーに来賓として入場するときにチラチラオズオズオドオドこちらを見てくる新婦と、僕は真実の愛を見つけてしまったんだけどとても君に申し訳ない、とか言いたげな新郎だ。心臓強ぇ……みたいな有象無象の貴族達の視線よりこちらの二人がうっとうしい。

「王太子側妃アリッサ殿下、ご入場」

 頭を下げた貴族の一部に、ごめんなー欠席しなくてーと、心の中で思いながら堂々と大広間に一人で入場する。

 

 アリッサはたぶん王子様を愛している。

 不貞は趣味じゃない。

 正妃になったお姫様は嫌いじゃない。

 でも、だれかに恋焦がれたり望まれたりして主役二人のためにご都合主義に塗れた駆け落ちなんて貧乏籤、死んでも嫌だったのだ。





 今日もおずおず王子……もとい宿六もしくはロクデナシ亭主、正式名称ウィルンス王子から、君が良いならどこぞへ降嫁へみたいなことを茶の席で言われた。

「あいにくわたくしの思い人には正妃様がおられるようでして」

 と、そこそこの当てこすりをしたら黙ったけど。

 物凄く居心地が悪そうに週一のお茶の時間から撤退していったけれど、アリッサはぼんやりと二人分の茶器がまだ並んだテーブルを眺める。一応夫は約束の時間はきっちりと椅子に座り続けた。

 白いテーブルクロスにほんの少しシミがある。珍しいがなくはない。アリッサの夫婦生活もそんな感じだ。これで真っ白なら堂々と降嫁してあげたけれど、正式に手を付けておいて年も経たずに放逐など、失礼極まる。

 アリッサの生活は夫の二度目の結婚式以後は極端に穏やそのものだ。正妃様には礼を欠かさず、八つ当たりは夫にだけ。妃が参加するべき公式行事の大半は正妃様が行ってくれる。書類仕事は事実上正妃と折半中。国庫を荒さない程度にいい素材で見た目が素朴で上質な宝飾品や小物を収集する。持参金の領地の管理が主なので、有能な家令に一任してしまえば、だいぶのんびりとした隠居妃の出来上がり。あとは最後まで粘って夫の逝去を待つだけだ。

「なんでわざわざ降嫁なんてしなくちゃいけないんだか」

 本命はこのまま小姑よろしく王宮への居座り。妥協しても国土の総てを分捕っての離婚。

 大事なことなので何度でも反芻する。


 ウィルンスが一切手を付けなかった彼の分のアリッサの好物に手を出してやんわり侍女に怒られていると、声がかかる。

「こんにちはアリッサ様」

「イオライト殿下、ご機嫌麗しゅう」

 音を立てずに立ち上がり、深く礼を取る。

「止めてってば。かしこまらないで頂戴」

 快活な声と、気さくな仕草にアリッサはしょうがないですねーと言いながら姿勢を戻す。叱られている間に片づけられたテーブルに着くようイオライトを勧め、今度はハーブと果実を付けた水を持ってくるよう侍女に指示して、正妃の望みにかなうざっくりた所作でパラパラと扇子をいじり、足を組む。イオライトが喜ぶので、侍女がアリッサの私室の中でのみ許されるその様子を止められないのは愉快である。

「今日は巷で流行りの隔月『世界怪書』を持ってきました!」

 どこの巷だ。

 思わず声が出かけるが、アリッサはぐっと抑えて続きを促す。大体この子の目の付け所はおかしいがそこそこ面白さのヒット率がある。

「ぜひぜひ読んでいただきたいのよ! 第6項目目のイシュベル聖書とかおすすめ!」

「ちょっとそれ子供でも知ってる存在しない宗教の存在しない聖書じゃありません?」

「新発見があったので、新説が載ってるのよ。選出著者も隣国の考古学者なんだから。アリッサは伝説はお嫌いじゃなかったでしょ?」

「ぐっ…」

 負けたといわんばかりの表情で差し出された本を直接受け取ると、イオライトは本当に嬉し気に出された果実水に礼を言う。

「……この間の水道技術の新技術に関する本も面白いですね。まだ途中ですので読み終わり次第お届けに上がります」

「気に入っていただけてよかった。返却はゆっくりで構いませんし。読書仲間は多い方が楽しいもん」

 朗らかに、高らかに、人生を謳歌する者の顔で、語り合ったあと、イオライト正妃はお付きに急かされ帰っていった。

「アリッサ様」

「なあに?」

「やはり今度からお断りしましょうか」

「わたくし、妃殿下は嫌いでなくてよ? 元気すぎて疲れますけど」

「お疲れの時はお断りしますね」

「あのタイプは何かあったらドアをけ破ってくるわねー。裏表がないから嫌われないし、わたくしも嫌いじゃないし。ま、病気の時は自重してくれるでしょ」

「乗り込んできて看病しそうですが」

 城の庭に畑を作ったり、王城脱走からの夫ウィルンスとお忍びデートしたり、とても気楽な格好で場内を歩いたり、下働きに混じって働いて居るのだ。公務もあるのに体力が有り余っているのが凄い。

 アリッサが寝込もうものなら確実にドアくらい蹴破って水を得た魚のように看病をしてくれるでしょう。

「さすがにそこはお断りしてちょうだいな」

 いっそ見事なまでに恋敵を手中に収めているように見える正妃様を、アリッサは嫌いじゃない。

 だってほら、物語のヒロインのようじゃない。

 物語のヒロインに好かれているうちは早々死んじゃったりしないでしょ。




「ああ疲れた」

 ぽつりと落としたアリッサの言葉は周りの者の作業の手を止めない。

 明るくクリームみたいなやわらかい緑の壁紙の広い居間に、美しい布の山。手早くそれらを回収していくメイドのお仕着せのブルーブラックと白のエプロンが映えて美しい。ああいうお仕着せが着たいなとは思わないが、色味はきれいだと思う。いっそ早く喪服が着たい。貴族や王族の未亡人というのは、貴族制の強いこの国では最も自由な地位なのだ。

 縁起でもない願望をノドに仕舞って、ゆるゆるとストライプ柄の布を張ったソファに腰掛けた。

 明るい部屋だ。居心地は悪くない。

 格が落ちて備考の例外みたいな王室法典を使ったような久々の側妃の誕生。

 居心地は悪くない。

 でも、アリッサは夫を暗殺したり不貞をおかしたり、もうひとりの妻を陥れたりするのは嫌だった。

 あとどんなにアイツラが物語みたいな愛を育んでいようと、うっかり自分が悪役に回ったりましてや恋のスパイス的な立ち位置はよろしくない。

 だってアリッサはそんなに嫉妬してない。夫にだって最低限の愛はある。向こうの心置きないイチャラブ人生の為の離婚事由の発生なんてそれこそアリッサの心情を踏み潰している。

 そりゃなんか自由なようでいてテンプレートな行動しかしていない恋敵だし、理解できないけど。アリッサとは別のタイプの生き物なんだろうと思えば、知人にだって似たようなのが居ないこともない。

 何回でも、この痛痒い思いを一生飲み込み続けようと思う。自分自身のために。

 


 アリッサはこの国の善良な側妃である。

 運命の力に抗い、王妃の一人として墓標に名を刻むために努力は惜しまない。

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