第三話「ファミリアレストラン」1
「おにぃ、がっこーおわったのじゃ」
そんな調子で真奈から連絡が来たのは浩二が一人で帰り道を歩いている時だった。
真奈には携帯電話は持たせていないが、通話機能も搭載した高機能型電子時計を持たせており、GPS機能も搭載しているので、真奈の現在位置は浩二にはすぐに分かるようにしている。
「了解、すぐ迎えに行くから校門のところで待っておれ」
「らじゃーなのじゃ」
通話を終え、浩二は早歩きで真奈の待つ小学校まで向かう。
真奈の頭の良さは分かってはいるが、やんちゃなところがまだまだある年頃。身体も小さいのであまり一人にはしたくはないと浩二は思っている。
しかし、結論から言えば頭が良いかどうかは他者との比較でしかない。
周りの同世代と比べてどれだけ成長が早く成績が優れているか、その程度の判断でしかないのが大多数だ。
頭が良いということには地頭が優れている場合やIQ診断を基とした年齢別の比較としての評価であったり、学習することを絞りのめり込んで追及するタイプの専門知識に特化しているパターンや、一般常識や状況適応能力などのコミュニケーション能力を指すこともある。
これはどれもこの変化し続ける社会で不自由なく生きていくためには重要かつ一定値は必要性のあることから、簡単に頭が良いと対象を指して一口に発言するのは抵抗がある側面もある。
そんなことは置いといて、とにかく早く迎えに行ってやらなければと、兄として、保護者として浩二は思った。
「真奈ーーーーっ!!」
一人待つ真奈の姿が目に入り呼びかけると、少し心を痛めながら速足で浩二は真奈の元へと駆け寄り、その隣に寄り添った。
まだあどけない制服姿の真奈の姿が桜の舞う校門の前で綺麗に描かれた絵画のように投影された。どれだけ時が経っても、この時を、この瞬間を記憶していたい、昨日撮った写真と同じようにずっと残っていてほしい、そう思わせる光景であった。
「おにぃ、カカシのように待っていましたですよ」
変な日本語であっても、浩二にとってそれは愛おしいことに変わりはない、浩二は真奈の手を握った。温かくて小さい手、強く握れば簡単に折れてしまいそうなその手を、優しく握って、真奈の笑顔に答えた。
「お腹空いただろ? ファミリアに行こうか」
「うん、もうお腹ペコペコなのですよ」
小学校を離れ、家から一番近い商店街の一角、そこにある創作料理店「ファミリア」まで向かった。
植木鉢が置かれた店の玄関を開くとカランコロンカランと音が鳴って、食欲をそそる香ばしい料理の香りが漂ってきた。
洋式の綺麗な店内はファミリー向けに幾つも4人席や6人席のソファーとテーブルが置いてあり、大きな鳩時計も飾られている。
ここが唯花と舞の働いている創作料理店「ファミリア」である。
「ご注文、お伺いいたします」
そう言って水の入ったグラスを置き、注文を取りにやってきたのは唯花であった。
「あっ、おねえちゃんだ~~!」
客の目を惹き付けるユニフォーム姿の唯花は浩二にとっては普段と異なる印象もあって、どうしても目のやり場に困ってしまう。だが、真奈の方はといえばそんな点にはまるっきり気にすることなく、ヒラヒラのスカートをした色鮮やかで可愛い服は好きなので、唯花の衣装に大喜びしている。
「真奈はハンバーグ定食でいいんだっけ?」
「うん、デミグラスソースたっぷりがいいの~」
「ちゃんと野菜も食べないとだめだぞ」
「むぅ、言われなくても食べるもん……」
真奈は両頬を膨らませて不満げにしながら言った。
世の中にはベジタリアンだかヴィーガンのような菜食家もいるが、真奈の舌は当然まだ子どもで、甘いものや油物を好む傾向にある。
「それじゃあハンバーグ定食とドリアで」
「ドリアン?」
「ドリアンなわけねぇだろ、悪臭で店に客が寄り付かなくなるわ!」
浩二はメニュー表を両手に開きながらツッコミを入れた。
”なぜドリアンを注文すると思うんだよ”と浩二は心の中で思った。
「はいはい、それではご注文繰り返させていただきます……」
それから唯花は商品名を復唱して言い終えると、慣れた手つきでタブレット端末に注文を入力して次のお客のところへと向かっていった。
ヘアバンドを付け、セミロングのナチュラルブラウンヘアーをした唯花が、短いスカートで遠ざかっていく。
浩二は唯花を目で追いかけるのを止め、携帯を取りだし、ニュースサイトの閲覧を始める。一方、真奈はウキウキになって足をバタバタさせながら、両手でメニュー表を握ってずっと眺めていた。
やがて注文した料理が届き、真奈は”ファミリア”特製の肉汁滴るハンバーグを湯気が立つのも気にせず口いっぱいに頬張って、すぐにご満悦の表情に変わった。
二人は遅めに来たこともあってか、昼ピークの時間も食事を続けていると過ぎていき、徐々に客の姿も減っていった。
浩二はえびやチキンなどの具材の入ったホワイトソースたっぷりのドリアを平らげ、真奈はハンバーグと一緒に添えてあるブロッコリーまで食べ終えて、満足そうに笑っていた。
30分程度で食事が済んだところで、舞が浩二と真奈のいる客席にやって来た。
「はい、デザートをお持ちしました」
そう言って唯花と同じ制服姿に着飾った舞は二人にデザートの乗ったお皿を差し出した。
「すごーい、デザートだ!」
「えっ、頼んでないぞ?」
真奈が目の前に置かれたデザートに目を輝かせて歓迎する一方、浩二はなぜ注文してもいないデザートが届いたのか不思議に思い聞き返した。
「サービスです、だって先輩、あたしのことが心配で見に来たんでしょう?」
舞は明るい笑顔でそう言った。ウェイトレス姿と相成ってその笑顔は純真可憐な天使の微笑みそのものだ。
普通の客であれば好意があると勘違いしてしまいそうなところだが、浩二は疑いの目で舞を見つめた。
舞のように留年して2年生をやり直さなければならないようなことがあれば落ち込んで、明るい態度は取れないはずだが、舞はその世間一般が抱くであろう心境とは異なるということなのだろうと浩二はひっそりと考えていた。
「そういうわけじゃねえけど……、いいのか?」
普段はすることのない優しさを見せる舞に遠慮がちになる浩二。
だが、唾液が滲み出てたまらない美味しそうなデザートを前に、真奈は今か今かと待っている様子だった。
「いいんです、先輩に優しいところがあること分かってますから。それに、これは本当のところ試供品なんです。新作のデザートを製作中でして、味見をしていただきたくて。だから遠慮はいりません、後で感想聞きに来ますから」
普段よりも素直で可愛くて、丁寧で、そんな舞の姿を見ると断る勇気もなく、浩二はこの好意をありがたく受け取ることにした。
白いガラスのお皿にのせられた、濃厚かつトロトロのあつあつに焼き上げられたフォルダンショコラが浩二の目の前には置かれていて、甘い香りが漂い、見るからに美味しそうであった。
浩二はそのフォルダンショコラにおそるおそるフォークで一口サイズに分け、口に放り込んだ。
その瞬間、口いっぱいにほろ苦く甘いチョコレートの味が広がり、ほっぺが落ちそうなほどの、普段は味わうことのできない絶品な味わいを堪能することが出来た。
真奈の前にはお皿にのせられた小豆の乗った抹茶のわらび餅が置かれていて、これもかなり手の込んだデザートであることが見た目から容易に分かった。
「おいしいね、おにぃ」
「ああ、そうだな、舞には感謝しないとな」
「うん、舞おねえちゃんも、いつもきれいでやさしくて、いい人なの」
この言葉から伝わる真奈の純粋な心が浩二の身にも染みた。
少しは素直になってもいいのかもしれない、浩二は心の奥で思った。
浩二と真奈は提供されたデザートを最大限味わうために、お互いのデザートを食べさせあいながら、心行くまで”ファミリア”でのひと時を楽しんだ。