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第二話「流れゆく季節の中で」2

 真奈と別れてから3分ほど歩いて駅に到着するとすでに内藤達也は到着していた。


 遠くからでもすぐに分かるスラっとした体躯の長身の白衣姿をしている男、ひと際目立つ容姿に加え、眼鏡も特徴の一つでそれらがインテリな雰囲気を醸し出している。

 浩二より10cmは高いその身長で普段から見下ろされている状態に浩二も唯花も慣れているのだった。


「いやはや、お揃いだね、お二人さん」


 通勤ラッシュの真っ只中、駅の改札前で待っていた達也は二人の姿を確認して声を掛けた。


「二週間しか経ってないのに、ちょっと懐かしい感じね」

「そうかもしれないね。でも、昨日の今日とはいえ二人とも元気そうで何よりだ」


 達也も唯花も登校初日とはいえ顔を合わせれば憂鬱な表情は浮かべず元気そうであった。

 三人揃ってモノレールの改札をくぐり、電車の到着を待つ。


 一部では学園都市とも言われる栄え方をしているこの舞原市(まいばらし)であるが、モノレールが主要な移動手段となっており、学園の寮に暮らさず住宅街に身を置く浩二たちはこうしてモノレールを使って学園まで向かう。


 完全に自動化されたモノレールは便利とはいえど、”人による人道的な管理がされているわけではない”という感覚を時折覚える。


 もちろんあちこちに置かれた警報ブザーを鳴らせば警備員は来るわけだが、それを見かける機会は緊急時にほとんど限られ、駅員の姿を見かけることは少ない。時代の波とはいえ、どこか冷たい印象を抱かずにはいられないものだった。


 とはいえ、駅にしても電車内にしても掃除が行き届いていることからして、不満を抱く人はほとんどおらず、時間通りに到着して発車する日本の鉄道環境は維持されている。


 もちろん、頻繁に事故が起きようものなら、抜本的な方針転換もありえることだが、現実的に技術力の発展が人間より機械やAIの方が優れているということを証明してしまっている。


 ヒューマンエラーを恐れる旧世代の価値観が生かされた結果ではあるが、機械化された社会のそのアルゴリズムを万人が知っているわけではなく、なんとなくの安心感の中で社会は回っていると言えなくはない。


「今日は晴れてよかったね」


 ホームで電車を並んで待っているところで唯花は言った。


「始業式から雨では、気持ちも乗ってこないからね」

「うん、次の雨で桜も散っちゃうかも」

「桜の咲く期間も短くなって花見の機会も減ってるからなぁ」


 そう愚痴りたくなるほど、気象というのは気まぐれであると浩二は感じていた。


「温室効果ガスの排出がなくなったわけでもない。人間のエゴが招いた結果だろう」

「今更自然に還れるわけでもないしな」

「そういう暮らしも楽しいと思うけどね、でも、生き方を簡単に選べないのも現実よね」


 自然に還った結果、どれほどの困難や不便さが待ち構えているか、そのことを理解するのは容易ではないことだが、石炭や原子力に頼る時代が今でも変わらないということは、未だに環境問題が解決されていないということでもある。


 安全とはエネルギーが途切れることなく供給され続けるからこそ成り立つものであって、それは昔も今も変わってはいない。


 そうこう話している内に電車が到着し、三人は電車に乗り込んだ。

 到着も静かであれば、発車も静かで、目的地に向かって自動操縦でモノレールは走行していく。


「この時間はやっぱり混むな」


 浩二は車内のぎゅうぎゅう詰めの満員ぶりに愚痴った。


「少しの我慢だから」

 

 唯花も少し苦しそうに辛抱を続けているが、達也と浩二の間に入ってなんとか急場を凌いだ。

 そして、予期せぬ騒ぎが発生したのは乗車して3分もしない内だった。学園までの乗車時間が8分ほどだから、ほんのわずかな時間の中で起きた事件であると言えた。


「この人、痴漢です!!」


 レディーススーツ姿のOLと思しき女性は一人のスーツ姿の男性の腕を掴んで大声を上げた。その瞬間に一気に張り詰めていく車内の空気。

 満員電車の中で分かりづらい状況だが、被害者はその声を上げた女性ではなく、腕を掴まれた男性の傍にいる小柄な女性のようだ。

 大人しそうな女性を狙っての犯行、瞬間的にそう感じさせる事件であった。


「人の愚かさはいつの世も変わらないね。もちろん人の三大欲求まで奪ってしまっては人が人でなくなってしまうわけだが、管理したいものにとっては害悪でしかないか」


 たまらず達也が周りには聞こえないような声で呟く。


「報いは受けるべきよね。でないと秩序なんてないのと変わらないわ」


 それを聞いた唯花も、冷静ではいられない調子で小さな声ではあるが言い放った。

 浩二はじっと黙ったまま、泣き出してしまった被害者の女性と事件に関わった人たちが次の駅で降りていくのをただ見ていた。


「朝から何だか嫌なものを見ちゃったわね」


 唯花は再び走りだした車内で、騒ぎが収まって少し安心したように言った。


「自分で目撃しなければ実感も湧かないし、意識しなければないのと同じになってしまう。他人事ではないって思う気持ちが大事なんだろうな」


「そうね、規制が厳しくなって、時代も変わっても、悪い人はやっぱりいるものね……」

 

 浩二の言葉に共感するように唯花は言って、嫌な光景を見て少し精神的に疲れたのか、女性として怖いと感じたのか浩二の腕を掴んで離さなかった。


「貧困がある限り、貧富の差がある限り、犯罪はなくならないさ」


 げんなりした気持ちを表すように達也は言った。その表情に変化はなかったが、痴漢が無くならないことには確かな原因があると、そう言わんばかりだった。


 目的地の駅に到着し、三人揃って電車を降りる。短い時間であったが緊張も走ったため、降りるとすぐ大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせた。


「もう、私たち三年生なんだね」


 話題を変えたかったのか、改札を通り過ぎたところで唯花は思いついたように言った。あんなところを目撃した後で沈黙するのも嫌な気持ちなのはお互い理解できた。


「二人とも進路はもう決まったのかな? あっ、達也はもう決まってると思うけど」


 唯花の言葉に浩二も達也も少し明るさが戻った。


「僕の夢は小さい頃から変わらないからね」

「それも本当凄いよね、何か真っ直ぐっていうか、ずっと前からもう先に行ってるって、私から見てそう思ってる」


 唯花の尊敬の言葉の通り、達也は小さい頃から父と同じ医者になる使命を持って生きてきた。達也本人からすればそれは夢というよりは自然的に目的化した自分のいくべき運命のようなものだと時折話しており、今も変わらず達也には迷いはなかった。


 憧れよりは、自分のするべき使命のようなものに近い。そういう意味において二人よりも達也の方が早くから大人びていたと言えるのかもしれない。


「だけど、たまたま果たせる目標になれるところまで来れたから、迷わずに済んでいるのかもしれない」


 そう言ってのける達也は本当に優秀であると唯花も浩二も強く感じた。


「そういう唯花はどうなんだい? 忙しいんだろ?」

「ぼちぼちかな……、やりたいことを楽しんでやってるだけだから、私は……」


 唯花は達也の問いに少し返答を迷い、考えたがしっかりとした答えは出せないまま達也に答えた。

 もうとっくに将来のことは決めているくせに、本当のことをまだ達也には言えないらしい。達也にそれを言うのも時間の問題だとは思うが、そんなことを浩二は思いながらいっそ言ってしまいたくなる衝動を抑えた。


「トリプルフェイスだもんな、唯花は」

「人をスパイみたいに言うな!」

「スパイ志望か? スパイは大変な職業だぞ」

「達也も本気で捉えないで……、浩二の冗談だから」

「ふふっ、分かってるよ」


 からかいながらうまくこの話は流されただろう、浩二は密かに思った。

 話せばそれなりに長くなるほど唯花には込み入った事情がある。傍で見てきた浩二はそのことをよく知っていた。


 学生でありながら高校に入って初め頃から創作料理店「ファミリア」でウェイターとしてアルバイトしていること。そして、元々バーチャルシンガーとして個人で活動していたが、最近になって大手企業からの誘いを受けてバーチャルアイドルになったこと。そういう意味で言えば、トリプルフェイスと面白おかしくいっても完全な間違いではないとも言えることだった。


 そのアイドルになってしまったことは事情があってまだ達也にも言えていない唯花だが、歌やダンスのレッスン、ネット配信などで忙しくしている現状から鑑みて、達也はいずれ本当の事に気付くであろうことは確かであった。


 とはいえ、バーチャルシンガーなら知られてもよくて、バーチャルアイドルなら言えないという謎の乙女心は浩二にはよく分からないものだった。

 クラスメイトにもそういったネット活動の類を話していないところを見ると、いちいち気にしたところで仕方ないと言えるのかもしれない。


「それで、浩二はどうするの? 大学に行くの? それとも就職するの?」


 唯花がそう聞くと、少し浩二は考え込んだ。


「人並みに悩む気持ちはあるんだな、浩二にも」

「うるせぇな、色々考えてるんだよ」


 達也の言葉に思わず浩二は反応した。


「ゆっくり考えればいいんじゃない? でも、なりたいものはあるんでしょ?」

「まぁな、親父やおふくろのような舞台役者や演出家になれればいいけど、そう簡単に届くものでもないしな」

「いいじゃない、目指せば、浩二ならきっと大丈夫よ」

「唯花にそう言われたって、なかなかまとまらないんだよ」


 本気で演劇で食っていくなら、今からでも劇団入りをするべきなのだろうと、浩二は心の中で思っていた。でも、今の暮らしだって大切だという浩二の心情もあり、未だ結論が出ないでいる。

 間もなく、学園の校舎を視認できるところまでやってきて、久しぶりの三人での登校の時間はこうして幕を閉じたのだった。


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