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第一話「入学式~桜並木の先へ~」4

「入学おめでとうっっーーー!!」


 料理の並んだダイニングテーブルを囲み仲の良い面々が勢揃いすると、祝いの言葉を告げ、一斉にクラッカーをパン! パン! パン! と破裂音を炸裂させる。小気味よい効果音と共に真奈の顔にまでクラッカーの中から飛び出した色鮮やかな糸が引っ付いている。


 火薬の臭いが漂う中、代わる代わる何度も真奈に”おめでとう”と声を掛ける光景が広がり、真奈も心底嬉しそうに盛り上がり、テンションを上げていた。



「わーい、みんなありがとうございます」



 普段は変な口調ばかりを使うのに、こうして普通の言葉が飛び出すと、不意打ちを食らったように浩二や唯花はジンと心を締め付けられた。


「真奈ちゃんの大好きなフライドチキンもあるから、沢山食べて食べてっ!」


 小学生にまで成長した真奈に感無量となる唯花がそう言うと、真奈はさらに弾けた笑顔を浮かべて上機嫌になった。


「うん、フライドチキンだいすき~~!! おねえちゃんだいすきだいすき~~!!」


 真奈が抱き着いてくるのを唯花が受け止めながら、家中に響くほど騒がしい祝いの席となった。


 今晩の祝いの席には浩二に唯花、主役の真奈に加えて唯花の両親も一緒で、そして浩二の隣には唯花ともう一人の幼馴染である内藤達也(ないとうたつや)が参加していた。


 達也はどちらかというと普段から大人びていて、話すときはよく話すが、大勢で集まると周りを様子を窺うタイプで、あまりはしゃぎ回るタイプではない。


「入学式、どうだった?」


 達也は微かに苦笑しながら落ち着いた声色をさせ浩二に聞いた。


「どうって……、大したことは何もねぇよ」


「そうかい、随分楽しかったんじゃないかい、真奈ちゃんと唯花が一緒だったんだから」


 自然体のまま普段から見せる浩二と唯花の仲の良さを知る達也は若干からかい気味に言って見せた。


「そう思うなら、達也も来ればよかっただろう」


 一方的にからかわれてしまうのは納得いかないとばかりに浩二は言葉を返した。だが、真奈と唯花の喜びようを今、間近に見ている達也は考えを改めることはなかった。


「そういうのは野暮というものさ、家族の行事でもあるわけだから。それに、親父の手伝いもあったからね」


「そっちが本命だろ」


「お陰様で、休日も病院は患者でいっぱいだからね」

「急に穏やかじゃないようなことを言うな」

「まぁまぁ、それは言い過ぎたか。平常運転でもうちは忙しいからね。息子の手も借りたくなるのさ」


 達也は内藤医院の院長の一人息子でいずれ父の跡を継いで医院を引き継ぐべく医師を目指している。病院を手伝う一日一日が将来のための学習となっていた。


「さて、私は打ち合わせがあるから、そろそろ失礼するわね」


 そう言って唯花はいそいそと席を立ち、自室へと向かった。


「唯花は……、相変わらずみたいだね」


 達也は唯花が部屋に戻ったところで呟いた。


「まぁ、あいつの選んだことだからな」


 浩二の言葉を聞くと、達也は思うところがあるのか真剣な表情で押し黙った。


 唯花はマネージャーと打ち合わせだろう。生配信か収録なら俺たちを追い出しているだろうからと、そう浩二は心の中で思った。


「それじゃあ、そろそろ僕も失礼させてもらうよ」


 自慢にしているわけではないが、浩二以上の高い身長を誇る達也は立ち上がると、大人びた声でそう言った。


「たつやにぃ、もう帰るの?」


 帰ろうとする達也の前に真奈は駆け寄って名残惜しそうに声を掛けた。

 身長の高い達也の隣に立つと、真奈は一段と小さく見えた。


「ああ、元気そうな真奈ちゃんの声も聞けたしね」


 仕事を手伝う中で、子どもを相手することにも慣れた達也が優しく答える。


「うん、こんど、またお庭みさせてね」


 真奈が手を伸ばして達也の手を握り、視線を上げる。そうして眼鏡を掛けた達也の優しい表情を瞳に入れた。


「もちろん、いつでもおいで、温かくなって庭園の植物も元気にしているからね」


 真奈が自然に見せる年相応の無邪気な興味は浩二と達也を安心させた。


 達也の暮らす家は医者の持つ家だけあって、浩二から見ても豪邸で、そこには庭師付きの広い庭があり、そこには様々な植物が育てられ、ちょうちょも飛び回る自然の空間が広がっている。


 真奈はその庭が大のお気に入りで内藤家に行ったときは毎回、時間を忘れて遊んでいる。


「うん、ぜったいだから」

 

 明るい笑顔で真奈は瞳を輝かせて訴えた。


「それじゃあ、真奈ちゃんはしっかりしてるから心配はしてないけど、学校生活楽しんでおいで」


 達也は無邪気な反応を終始続ける真奈に優しくそう言葉を掛けた。


 同世代にはこういった振る舞いをすることはなく、新鮮かつ珍しい光景と言えた。


「じゃあ、また明日な」


 達也は浩二の方を向いて最後に言うと、浩二も上機嫌な真奈が移って笑顔に戻った。


「ああ、久しぶりな感じがするけどな」

「確かに、今の僕らの一日一日は、とても長いものなのかもしれないな」


 達也はしみじみと言い終えた。


 明日から久々に一緒に登校をする日々に戻る。実際にはそれほど長い春休みでもないが、三年生を前にして、これから何か大きく変わろうとしているような、春休みが長いインターバルであったような、そんな予感を感じさせた。

第一話入学式はここまで!

次回からは始業式です。


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