最終話「14少女漂流記」2
「地下書庫は旧校舎の地下にあります。さぁ、知枝さん、行きましょう」
紀子さんはそう言って、廊下を出て旧校舎へと続くスロープを歩いていく。
赤色の非常用ランプや、緑色の非常用階段の表示が、夜の学園では印象的なものとして視界に映った。
二人の足音だけが響く夜の学園を歩きながら、ゆっくりと古い記憶を掘り起こすように、紀子さんは30年前の歴史的厄災を話し始めた。
「そう、あなたの祖母、私の姉である稗田黒江は30年前、転勤でこの街の教師としてこの学園に赴任した。それから二学期に入ってすぐだった。あの厄災が起こったのは。
いつからその兆しが始まっていたのか、その実態は分からないけど、唐突に異変は訪れて、どこから発生したのか分からない街を覆った霧は、太陽を遮らせて、まるで昼間なのに日が落ちたかのように街を暗闇で覆った。
さらに、原因不明の電波障害も引き起こして、舞原市に住む人と連絡を誰も取れなくなった。
舞原市内の状況は不明なまま、霧の中に閉じ込められた人々は帰って来ず、晴れることのない霧は原因不明のまま世界的な大異変へと発展していった。
多くの科学者などの専門家が議論を繰り返し、その原因や対策を調べ、議論を繰り返したけれど、目立った成果はなく、政府や自衛隊が動いても霧が晴れることはなく、街の住民の無事を確認することは叶わなかった。
世界中に不安が広がっていく中で、天変地異や異常気象など、様々な憶測が囁かれたけど、どれも憶測の域を出ることはなく、霧は晴れることのないまま時間だけがただ過ぎていった。
そして、霧の発生から14日目、何の予兆のないまま、どれだけ対策を講じても晴れることのなかった霧は、朝日を浴びる中、唐突に消え去っていった。
霧が晴れた後の街の光景は、酷い惨状であった。生き残っていた人が遺体をまとめて、見えないよう移送はしていたけれど、焼け崩れた病院や、倒壊した家屋、一体街では何があったのか、想像も出来ないような荒れ果てた光景が広がっていた。
そんな街の状況の中で、姉の黒江は生き残っていた。
あまりにも悲惨な惨状であったため、街の状況確認は政府が主導で行われ、一般の人は入ることはおろか、ほとんど情報が明かされることはなかった。
厄災の終わりから日が経つにつれて、身元が割り出され、あまりの死者の多さ、生存者の少なさに、世界的にまた大きな関心を揺り起こした。
姉が稗田家の本家に帰ってきたのは、二週間近く経ってからだった。
無事であることは霧が晴れてから事前に知らされていたけど、保護期間は誰の面会も許されることはなかった。生存者であった姉は重要参考人であることから、聞き込みや身体機能や健康面の検査のためになかなか解放されることはなかった。
姉は自分の娘、つまりは知枝さんの実母と共に帰ってきて、娘が記憶を失っていることを説明してくれた。
その原因は話してはくれなかったけど、それは政府から街の中でのことは話さないよう口止めされているからだと説明された。
納得できない私たちは、必死にそれを追求したけれど、最後まで口を割ることはなく、厄災の実態は分からないままそれぞれ日常に戻っていった。
だから、私も厄災によって街で何が起こったのか、知枝さんの母がどうして記憶を失うことになったのか、何も知らないの。
ただ、厄災の後から、姉は政府関係者と共同で街の復興や私の知らない研究に関わっていたことだけは知っているわ。その役目がなぜ姉だったのか、それはよく分からなかったけど、姉は“これは私にしか出来ないこと”だと話していた」
紀子さんの視点から語られる厄災の話しは、私の知らないことも含んでいて興味深いものであった。
どれだけ私の興味関心が浅いものであったか、改めて思い知らされる。
実際に厄災のことに関する書籍やweb情報は数多く出ているが、信憑性が保証されている情報は多くない、憶測や推測で書かれたもの、生存者のインタビューや犠牲者の手記のようなものは、検索すればいくらでも出てくるが、どれも信憑性には乏しく、そのほとんどが捏造として報道されている。
情報は日が経てば、いつの間にか消されているため、未だに厄災について知ることはほとんど叶わないのが現実だった。
「祖母がそんなことを……、それに母も一緒に巻き込まれていたんですね。一体何があったんでしょう……、いや、それを探るために今から調査をするんですよね」
「多くの人が犠牲になる姿を目撃した精神的ショックで記憶を失うことになったと想像も出来るけど、実際の事は姉にしか分からないことだったのでしょう」
真剣な口調で紀子さんが答える。私は重苦しくなり、気持ちの整理をするのがやっとだった。
「記憶を失った状態で、私たちを出産したなんて……、一体どんな心境だったのでしょう」
「子どもの頃の記憶は残っているようだったけど、心情まではなかなか分からないわね。でも、姉は魔法使いの血をこのまま絶やすわけにはいかないと話していたわね、それが何故なのかは分からないけど」
「つまりは、私が生まれ生きているのは、魔法使いとしての役目が残されているから?」
「そう、私も考えているのだけど、魔法使いの力が一体何になるのでしょうね」
それは考えても、ちゃんとした答えは分からないけど、私はその答えを探さなければならないのだろう。




