第十一話「リトルソーサラー」2
帰り際、個人的に聞いておきたいことがあり、知枝は浩二にこっそりと質問をすることにした。
「すみません、樋坂くん。よろしければ、ご両親のことを聞いてもいいですか?」
失礼も覚悟で知枝は聞いた。
「どうした? 何か気になる事でもあったか?」
「少し、真奈ちゃんのことを見ていると心配になってしまったのもあって」
「そうか、何だか打ち解けていたみたいだしな」
知枝は自分の考えていることを説明するのはまだ難しいと思いながら、浩二との会話を続けた。
「私の方が元気づけられてるようなものですけど」
「そっか、迷惑掛けてないならいいけど。真奈も好奇心旺盛だから、たまには付き合ってあげてくれると喜ぶ」
「そうみたいですね」
出来るだけ丁寧な言葉で慎重に相手のご機嫌を伺う、知枝は自然とそうしてしまう人間だった。
「俺の親は両親とも、4年前に亡くなっているんだ」
「4年前ですか……」
4年前という言葉に知枝は確かな心当たりを覚え、これはと思った。
「何か事件に巻き込まれたのですか?」
近年、舞原市での大きな事故は発生していない。それに両親が同時期に病死する可能性は低いと推理して、知枝は聞いた。
「事件というか、事故みたいなものだな……。火災事故に巻き込まれたとかで、外国での話だから俺も詳しくは知らないんだけど」
「そうですか、分かりました。また、聞くかもしれません」
今はまだ深堀りして聞くのはやめておこうと、知枝はそこで話をやめた。
(そっか……、そういうことか……)
知枝の中でバラバラに記憶されていた線と線が繋がって、一つの推理に行き着く。
(樋坂君は気付いていないみたいだけど、私、4年前に君と会ってたんだよ。だって、私は樋坂君の両親の葬儀に、おばあちゃんの代わりに親戚として参列していたんだから)
4年前の記憶が蘇って来るが、浩二にはこのことはまだ伝えられない。知枝はそう思って、転機となった重たい過去を胸の奥にしまい込んだ。
言ってしまえば楽になるのかもしれないが、今はそこまで近い関係になるのには抵抗があったのだ。
(いつか、樋坂君の方から気付いてくれるといいな……)
あの日の記憶を、まだ小さな赤ん坊であった真奈を抱えていた浩二のことを思い出しながら、知枝は願いを秘めることにした。
*
「長い時間お世話になりました」
知枝は光と共に並んでそう言って見送りに立つ四人に感謝を述べた。
別れの言葉を交わすと、お辞儀をしながら揃って樋坂家を出た。
もう一晩、ホテルに泊まることになった知枝に、帰り道光がホテルまで送ると気遣ったが、知枝はその気持ちに感謝しながらも断った。
「いいの、今日は夜空を眺めながら、ゆっくり一人で帰りたいなって」
「大丈夫? 危なくない?」
「ふふふっ、ありがとう、心配してくれて。平気だよ、光は知らないと思うけど、私、こう見えて結構強いから」
本当は結構どころではないのだが、それを説明するわけにもいかないので、知枝は控えめに言った。
「そんな華奢な身体で全然想像できないけど」
「あー! お姉ちゃんを疑ってますね、いけない弟だ」
「疑ってるわけじゃないけど、お姉ちゃんが鍛えてる所なんて想像できないからね」
「もぅ、そんな失礼な。そんなこと言って、光だって大して変わんないんだから」
「確かに」
「でしょう?」
「屈強なボディーガードを派遣してもらわないと」
「プリミエールで十分よ。強面のオジサンに隣にいられちゃ落ち着かないもの」
「ごもっともで」
最後は軽口を叩きながら、知枝と光は一緒にいられる喜びを感じていた。
「それじゃあ、また明日」
駅まで着いたところで、知枝は名残惜しそうにしている光に言った。
「うん、また明日。でも、本当にいいの? 僕の方から舞に言わなくて」
「いいのよ、お姉ちゃんに任せなさい。私が向き合わないといけないことだから、18年の時の流れを埋めるために、私の言葉で伝えなきゃ意味ないの」
知枝は胸に手を当てて、自分の決意を伝えた。
「お姉ちゃんは強いね」
「みんなが勇気をくれたから、逃げるのは簡単かもしれないけど、私はそんなの、もういやだから」
光は知枝が少しでも元気を取り戻してくれたようで嬉しくなった。
「分かった、バイバイ、また明日」
「うん、また明日、おやすみ、光、今日は迎えに来てくれてありがとうね」
手を振りながら、光は知枝を見送った。元気を少し取り戻した知枝にホッと胸を撫で下ろしながら。
「―――舞、みんな、舞が心を開いてくれるのを待ってるから」
変わりゆく季節の中で、夜空の下、知枝を見送った光は一言呟いた。