第一話「入学式~桜並木の先へ~」3
入学式の時間は浩二にとっては、保護者席で唯花と二人並んでいたために大変こそばゆい時間となった。
(こんな状況ではしゃいでいられる人間は本当に肝が据わってるというか……)
浩二にとって真奈と手を繋いで体育館に入場する瞬間、それは本当に勘弁してくれと言いたくなるほどに恥ずかしいものだった。
入学式が終わり、ようやく外の空気を吸うことが出来た浩二はやっと緊張から解放された心地だった。
場の雰囲気にやられすっかり憔悴しかけていたが、外の空気を吸ってようやく正気を取り戻したかのように浩二は落ち着けるようになった。
「子どもっていいものだね……」
「ご満悦ですね……、唯花さんや……」
浩二の言葉通り、入学式を迎えた眩しい子ども達の姿に興奮しながらカメラで何度もシャッターを切っている唯花は、何時にも増してご満悦な気分だった。
「ねぇねぇ、一緒に撮ろう! 一緒に撮ろう!」
手を繋いだままの真奈が目を輝かせおねだりした。
周りを見渡すと校門の前では、撮影会がどこを見渡しても行われていて、シャッターのライトが何度も光り輝き、眩しいばかりの幸せな光景が広がっていた。
「そうね、いいでしょ? 浩二」
「しょうがねぇな……」
「やったぁっ! そこの人に撮ってもらおう!」
真奈は興奮気味に、おそらく学校関係者であろう男性へと駆け出して撮影を依頼した。
「はいはい! それじゃあ撮影するから並んで並んで!」
やってきた男性は手慣れているのか、カメラを手に急かされるままに撮影準備を始めた。
「《《奥さん、旦那さんももう少し寄って寄って! さぁ、撮りますよー!》》」
桜の木をバックに、真奈を真ん中に三人で並んでカメラレンズの方に視線を向ける。
(奥さん……、旦那さんって……、俺と唯花のことか?! 嘘だろ……、周りからそんな風に見えるのか、断じてそんなことはないと意識しないようにしてきたのに……、勘弁してくれ……)
浩二の悶々とした気持ちとは裏腹に、ノリノリのカメラマンはそのまま一枚、二枚とシャッターを切って唯花にカメラを手渡した。
「あ、ありがとうございました~!」
唯花もさっきのカメラマンの発言を気にしてか恥ずかし気に言葉を掛けながらカメラを受け取った。その満更でもないとも受け取れる唯花の態度に浩二は判断の付かない複雑を心境を抱いた。
カメラマンはあっという間に次の撮影場所に向かっていき、三人はその場に残された。
「よかったね」
「真奈は嬉しそうだな……」
満足そうに満面の笑みを浮かべる真奈を見ていると、それなりにここまでやってよかったと浩二は思える一方、唯花のことを思うと複雑なところだった。
「だって、おにぃとおねえちゃんといっしょだもん」
「そうかいそうかい」
「そんなに夫婦に見えるのかしら? 私たちって」
「あんまり深く考えんなよ、こういう場なんだから、そうも受け取られるだろ」
思い付きの言い訳だったが、唯花は納得するわけでもなく、不思議そうに周りと自分たちとを見比べていた。
校門前には桜が咲き乱れ、真奈の制服にも、唯花と浩二のスーツにもピンク色の桜の花びらが何枚も引っ付いて、春一番の光景が広がっている。
短く儚くも美しいこの季節、この季節を肌で味わう中で、確かにはじまりの予感を強く感じた。
どこへいくのか、どこまでいくのか、真奈にとっても、浩二や唯花にとっても一年はまだ始まったばかりで、この先にも長い人生が待ち受けていて、まだ見ぬ未来の予感が、色濃く春の息吹の中に流れていた。
*
「それじゃあ、入学祝いの準備するから買い物頼まれてくれる?」
唯花からそう頼まれたのは三十分前で、近所のスーパーマーケットまで一人歩き買い物を終えた浩二は、日が傾き始めた夕刻の商店街を抜けて、住宅街へと向かおうと歩いているところだった。
「変わらないな……、この街も」
浩二は見慣れた賑わいを見せる街の姿を見て呟いた。浩二がこう呟いてしまうのは変わらないことに安心感を覚えてしまったからであり、決して変わらない事ばかりではないことは浩二自身もよく分かっていた。
振り返れば遠く感じるほどに過去は記憶から遠ざかっていて、今と昔は同じ認識であったのか、考え方は変わっていないのか、もうはっきりとは分からない。
(真奈は本当に健やかに成長したと思う。
悲報を伝えられ両親が帰ってこないと分かった時、先の未来なんて考えられないほど目の前が真っ暗になって、落ち込んでいた。
でも、家の中には自分の足でまだ歩けないほど小さい真奈がいて、自分が真奈のことを、妹のことを支えなければいけない立場にいた。
そのことが落ち込んでいる自分のままではいけないと、なんとか気持ちを奮い立たせて、自分がしっかりしなければならないという意識を保たせてくれた。
残されたたった一人の家族、なんとしても守り抜かなければならない妹。
それは両親の死後残された、自分の使命だった)
両親の葬儀が執り行われた灰色の日、浩二は俯きながら両親の死を認識できない真奈を胸に抱えていた。その頃からもう4年の月日が経過していた。
一瞬春風が強く吹き、買い物袋や髪の毛を凪かせる。
浩二は紅に染まる夕焼け空を見上げた。
ここまで感傷的になるのは自分らしくないと思いながら、再び歩き出そうと足を動かした。
その時だった。
心にズキンと何か、予感めいたものを感じた。
その正体は一体何か分からないが、強く気配のようなものだけが体内に突き抜けるように駆け巡った。
「――――待って待って待って~~~!!!!!」
―――ゴロゴロゴロゴロ!! ゴロゴロゴロゴロ!!!!
そして、大きな音を立てながら、車輪の付いた大きな旅行用カバンかスーツケースのようなものが坂道の上から転がってくる。
その大きなカバンは坂道という自然の原理の中で、静止することなくさらに勢いを増して、ゴロゴロと転げ倒れることなく坂道を下っていく。
かなり慌てている。まだあどけなさの残る女性の声がして、声のした方向を向くと、中学生? くらいの身長をした女の子が手を伸ばして、坂道を転がっていく大きなカバンを懸命に追いかけていた。
(た、大変そうだな……)
非情なまでに他人事のようなことを思いながら、浩二の位置からではスーツケースのようなものにはどう考えても手が届きそうにないことに気付いてしまった。
(ご、ご愁傷様……)
浩二が残念に思いながら呟く。だが、少女は余程大事な物なのか、諦めることなく追い掛けていく。
「待って待って、待ってよ~~~!!!! お願いだから! 待ってってば~~~~!!!!」
黒いローファーを履いた少女が大きな声で叫びながら、必死にカバンを追いかける。が、急な下り坂で速度を上げるカバンにはとても追いつけそうには思えない。
浩二は通り過ぎていく少女を改めて視界に捉えた。
(黒の、ローブ……?)
黒いシャツと黒いショートパンツを履いているところまでは疑問を持たなかったが、まるで魔法使いが着るような黒いローブまで羽織っていて、なかなかに不審な身なりをしていた。
(ありゃコスプレか? 今の時代じゃそういう格好を周りなんて気にせず着てる人は見かけるが……、後、特徴のある尖がった帽子でも被って杖でも持ってりゃ魔法使いだぞ)
不謹慎にも通り過ぎていく少女のことをそんな風に思いながら、少女の影は商店街の向こうに消えていった。
(変なのもいるもんだな……、ご愁傷様だ)
可哀想に思いつつも、通り過ぎた後ではどうすることも出来ないので、浩二は家路を急ぐことにした。
正体の分からない魔法使いのような恰好をした少女、それは運命の出会いの始まりであった。