第十話「トライアングル ポイント」2
何があったのか、一通り話し終えて知枝は改めて稗田家の重みを感じていた。
知枝が憂鬱に心を沈ませる中、それぞれ掛ける言葉に迷っていた。
だが、舞の心情をよく知る光だけは違っていた。
「そっか、舞はやっぱり受け入れてもらえないのかな……」
「でも、ちゃんと向き合えば、いつか、きっとわかってくれるよ」
光の言葉に唯花が間を挟む、なんとかしたいと思う気持ちが先行していた。
「舞は、稗田家そのものを憎んでいるんだ」
「どういう事だ? ちょっと分からないんだが、そう稗田家っていうのは、そんなに舞にとって大きいものなのか?」
光の言葉に浩二は疑問の声を上げた、それは当然の疑問であった。
光と知枝がどう事情を説明するか、どこまで話していいか悩んでいると、先に達也が口を開いた。
「稗田家というのは、大きな財閥を持つ家系でもある、経済界にとっても影響力は大きい。
それに、君たちの祖母、稗田黒江は元舞原市の市長であり県知事でもある。凛翔学園の学園長もまた稗田家の人間だ。互いにこの街の復興に取り組んだ功労者であり、稗田黒江は30年前の厄災の生き残りだ」
達也は自分の中にある知識を話した。
「そうか……、それで聞いたことがあったのか。ということは、本当に凄いお金持ち?」
「節操のないことを言って……、もうちょっと言葉を選んで話しなさいよ……」
配慮の足りない浩二の言葉に唯花は呆れた表情を浮かべた。
「本当の事です、私の尊敬する祖母はその影響力の大きさから”魔女”とも呼ばれていましたから」
指摘を受け、真剣な口調でそう言葉にする知枝に浩二は威圧されるように押し黙った。
“魔女”という言葉の響きや意味するところを想像すれば、それは気楽なものではない。
「祖母にとって、後継者である私以外の子どもに用はなかった。そう伝えられているのは事実です。だから、光と舞ちゃんは、水原家に引き取られて、今も水原家の人間として暮らしているのです」
自分で言いながら、なんて酷い孫だろうと知枝は思った。しかし、そう説明する以外に言葉が思いつかないのも事実だった。
「だから、舞は稗田家を恨んでるのか……、自分たちは捨てられたと思って」
浩二のその言葉に異論は出なかった。
「大丈夫です、後は私でなんとかするので。皆さんのお世話にはなりません、これは姉弟の問題ですから」
空気が悪くなってしまったのを感じて、知枝はそう言って立ち上がった。
「お姉ちゃん……」
知枝の心情を察して光は呟いたが、知枝は安心させようと言葉を続けた。
「いいの、光。あなたも無理しないで、巻き込んでしまっているのは私だから。どうにもならないと思えば、家を出ていくから」
「そこまで思い詰めなくても……、舞だってもう大人だから、話せばきっと分かってくれるから」
「ごめんなさい、熱くなって……。でもそれくらいの覚悟が最初から必要だったと思っただけ。私はたぶん、光にも、叔父さんや叔母さんにも甘えていたから」
その痛々しい会話のやり取りに、割り込める人はいなかった。
「もう服、乾いてると思うから、持ってくるね」
居たたまれない空気が漂い、何か言葉を掛けなければと思い、唯花は悪い空気を断ち切るように立ち上がった。
「あぁ、そうだ、服は明日渡せばいいか、どうせ明日また会うんだし」
唯花は気づいてしまい言った。知枝はその言葉を聞いて、口を開いた。
「いいんですか? この服、借りてしまって」
「うん、どうせお古だから。また今度返してくれたらいいから」
「そうですか…、分かりました。それじゃあ、上着だけ持ってきてもらえます?」
「うん、持ってくるね」
唯花が脱衣所の方まで取りに行き、すぐに黒いローブを持って知枝に手渡した。
知枝は手渡されたローブを大切に受け取って、服の上に羽織った。
ローブが身体を覆うような衣服である結果、それだけで見た目はほとんどいつもの知枝の姿と変わらない姿になった。
「大切にしてるのね」
「おばあちゃんから貰ったものなので」
使い古されていたものだと気付いていた唯花の言葉に知枝は答える。
まだ知識も乏しく、経験も浅い知枝のために、気持ちだけでも魔法使いになれるように祖母がプレゼントしたブラックローブ。
少しのレースとフードが付いたローブはゆったりとしているが、知枝は幼い頃から愛着を持って大切に着続けて段々と自分にフィットしていく感覚を覚えてきた。
知枝は今でも祖母のことを尊敬し、感謝していた。自分が少しでも人の役に立てるようになれたのは祖母のおかげであると、そう今でも信じている。
「お姉ちゃん、まほうつかいなの?」
大きな赤いリボンと黒いローブを見て、真奈にはアニメや漫画に出てくる魔女っ子のように知枝が見えたのだろう、唐突に間に入ってきて質問をした。
「そうなの、まだ見習いだけどね」
知枝は一瞬迷ったが、子どもらしい無邪気な興味を示した、純粋な真奈の瞳に惹かれて正直に答えた。
「すごーい!! 本物のまほうつかいさんなんだ。ねぇ、マナでもできるかな? マナでもまほうつかえるかな?」
「そうだね、小さい頃から一生懸命自分には力があると信じて修行すれば魔法使いになれるよ、真奈ちゃんでもね」
「ほんとー? それじゃあ、おしえておしえて!! まほうつかえるようになりたい! マナも!」
真奈は大はしゃぎで喜んでいる、その様子を見ていた浩二が一歩前に出た。
「おいおい、あんまり稗田さんを困らせるなよ、真奈」
「いいの、樋坂君。私、迷惑じゃないから、真奈ちゃんみたいな子ども、好きだから」
知枝はそう言って、割って入ってきた浩二のことを制止させた。
「そうなのか……、でも、あんまり無理しないでいいからな、真奈に付き合わされるとキリがないからな」
「大丈夫大丈夫大丈夫、“真奈ちゃん、きっと素質あるよ”」
先ほどまで落ち込んでいたが、急に心が入れ替わったように紫色の瞳を輝かせ、発した知枝の言葉にはまるで、魔女の怪しい誘いのようなものを感じさせられた。
まさか体格に似合わない妖艶な色気のようなものを感じさせられるとは思わなかったので、浩二はその様子の変わりように少し怖気づいて、言葉を失くした。
「それじゃあ、真奈ちゃん、向こうで話そうっか?」
「うん、おしえてくれるのたのしみーー!」
素直に従って付いていく真奈の姿を見ると、浩二は真奈をどこか分からないところに引きずられていくような不安を感じたが、そのまま何も言えず二人を見送った。