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第九話「止まない雨」3

 身体の温まった知枝がお風呂から出て、ドライヤーをかけて着替え終わった頃には、唯花は料理をしていて、浩二は光を迎えに出掛けていた。


「あの、お風呂上りました、すみません、お邪魔してしまって」

「うん、いいのいいの。私、困ってる人がいたら放っておけない人だから」


(そっか、だから二人はあんなに仲が良かったんだ。お似合いだな、二人も優しくって思いやりがあって、信頼しあってるんだ)


「あの、手伝います、私も」

「そう? 一人準備しちゃうつもりだったけど。それじゃあ、お皿出して、サラダ盛り付けてくれていい?」

「はい」


 知枝は慣れた様子で料理をしていく唯花の隣に立って、サラダを盛り付けていく。レタスやミニトマト、刻んだ玉ねぎを周りに盛り付け、中央にマカロニサラダを添える。ドレッシングはいくつか種類が用意されているので、食べる時に自分で選んでいるのが自然に分かった。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

 お世話になってばかりだと、気が病んでいた知枝は自然と言葉が出ていた。


「えっ? なあに、稗田さん」


「―――二人って、付き合ってるんですか?」


 知枝は言葉にした後で何と思い切ったことを聞いてしまったのだと気づいてしまった。


「えっ? えっ? 何?! 私と浩二って、そんな風にもしかして見える?」


 唯花は突然思いもよらなかったことを聞かれると動揺した。

 今日知り合ったばかりのクラスメイトにまで言われると、唯花は驚くほかなかった。


「はい、仲が良かったので、てっきりそうだと」

「そんなことない、ただのお隣さんだから、昔馴染みの」


 必要以上に浩二との関係を掘り下げられたくない唯花はそれらしい返答をした。


「幼馴染ですか、羨ましいですね。私はアメリカに行って勉強をしていたので、そういう相手がいるのが羨ましくって。本当に、お似合いで……」

「だって、二人って大変じゃない、浩二だって私と同じでまだ学生だから。稗田さんには姉弟がいるからいいなって私は思うけど」

「でも、可哀想だからこうして面倒を見ているわけじゃないですよね?」


 何故か気になって勝手に言葉が出てきてしまうが、どうしてこんなに踏み込んだことばかり聞いてしまっているんだろうと、口走ってしまった後で知枝は思った。


「そうじゃないけど……、私だって、浩二のことは信頼してるから、色々相談に乗ってもらったり、一緒に遊んだりしてるから」

「家族、みたいなものですか?」

「そうかもね、あいつがどう思ってるか分からないけど、私はそう思ってる」


 つい“あいつ”って言ってしまった、人前では気を付けてるつもりなのに、つい、気持ちが先行して言葉が出てしまった。唯花は本調子ではない自分に反省した。



 程なくして、夕食の準備も出来上がった頃、浩二が光を連れて家に帰ってきた。


「お兄ちゃんおかえり~~~!! あれ、光お姉ちゃんも一緒だ~~~!!」

「いや、だから、光は男だって」

「ええ……、そんなこと言われても、どこが男なのか真奈わかんないよ」


 元気そうな声が玄関から聞こえてくる、知枝は自分はなんて場違いなところにいるんだろうと改めて思った。


(というか……、光って、普段でも女装とかしてるのかしら……)

 

 正真正銘、光は男であるが、知枝は玄関でのやり取りを見てありもしない勘違いをしていた。


「う~ん、じゃあ俺も分かんない!!」

「ちょっと!! 浩二君、それは困るよ!! 誤解を解いてくれないと、責任放棄しないで!!」

「だって、脱がせるわけにはいかねぇじゃん……」

「脱がさなくても、証明する方法いくらでもあるでしょっ!!」


 光は真奈や知枝の視線を感じる中、必死に否定するが、なかなか真奈の誤解を解くのは簡単ではなかった。


(光が樋坂君とあんなに仲良さそうに……。も、もしかして、そういう関係?! だって近くにこんなに綺麗で家事も出来て面倒見もいい女性がいるのに、付き合ってないなんて、やっぱりそっちの気があるんじゃ……。光、あなた、もしかして男とも付き合って……、あぁ、なんて大変な関係を……)


 残念なことに知枝の妄想はさらに加速していた。真奈はポカンとしながら、よく分からないという感じで浩二と光のやり取りを見つめている。


「稗田さん、心配しないで、いつもの事だから」

「はぁ……、いつもの事ですか、光のああいう姿は初めて見たので」

「うん、男同士の友達関係ってああいうものだから、間に入っても疲れるだけよ」

「友達……、そうですか、それは安心しました」


 唯花と知枝は自然に会話をしているように見えたが、頭の中で考えていたことはすれ違っていた。


「さぁさぁ、みんな上がって、夕食の準備できてるから、お話は食事の後にしましょう?」


 唯花は自分からそう号令を掛けて会話を打ち切り、ダイニングテーブルを囲むよう勧めた。


「ごめんね、光。急に呼び出すことになっちゃって」


 知枝は申し訳なさそうに光を近づいて言った。


「いいよいいよ、なんとなく察してるから、昨日の今日だし、上手くいかないこともあるよね」

「うん、何か自分が情けなくって」

「そういうこともあるよ、元気出して」

「うん、ありがと、光」


 お互いにフォローし合いそのまま並んで席に着く二人。その様子を見て、浩二と唯花は少し安心することができた。


「半信半疑だったわけじゃないけど、あの二人って本当に姉弟だったんだね」

 

 互いを思いやり分かり合っている雰囲気を強く感じて、唯花は浩二に言った。


「そうだな、光の性格なら心配なさそうだけど」


 すぐに話しかけに行く姿を見て、浩二は光に感謝したいところだった。


(でも、大丈夫だった? 光、今日はデートって言ってたのに)

(うん、心配ないよ、もう帰るところだったから)


 光と知枝はそんなひそひそ話をしながら息を合わせる。

 知枝は舞原市に引っ越してくる以前から光には彼女がいることを聞かされていた。

 まだ男装している手塚神楽(てづかかぐら)の時の姿しか見ていないが、光の恋人、夕陽千歳(ゆうひちとせ)はフィギュアスケーターで有名な可憐な少女で、知枝は会える時をワクワクしながら待ち望んでいた。


 二人の正面には浩二と真奈が座り、真奈の隣の席には唯花が最後に座った。

 普段は二人で暮らす樋坂家で急に集まることになった五人のメンバーは、少しよそよそしい緊張感を持った雰囲気のまま夕食を始めた。


「ごめんね、サイズ合うものがなくって」

「いえいえ、大丈夫です」

「よかった、帰る頃には服も乾いてると思うから」

「急にお邪魔したのに親切にして頂きありがとうございます」


 知枝は唯花が持ってきてくれたフリーサイズのTシャツとハーフパンツを履いている。知枝は唯花より一回り、いや、二回りは小柄である。

 光と知枝は似たような小柄な体型だが、舞と唯花では大きな差はなく、ファミリアの制服を着ていても外見的な印象にあまり大差はない。

 舞だけは一般的な体型に近いということになるが、三つ子である特性上、知枝と光が小柄なのは仕方のないことだろう。


 唯花は自分の作ったクリームシチューをみんなが食べている光景を新鮮に眺めながら、こんな風に穏やかな関係が続けばいいのにと思った。


 (舞……、私は舞を仲間外れにしたいわけじゃないの……、本当に舞もこの場にいてくれたらと願っているのよ)


 知枝は予定外の食卓を囲むことになる中、暖かい気持ちになり声には出せない願いを想った。この場にいる人には事情は話そうと、そう決意をしながら。



「で、なんで達也までうちに来てるんだ?」

「何だか転校早々騒ぎになってると聞いてきたんだが……」

「唯花……」


 浩二は恨めしそうに達也を呼んだ唯花のことを見た。

 達也は夕食が終わる頃に病院の手伝いを終えてそのままやって来ていて、ロクな説明も受けずに呼ばれたので不思議そうにこの状況を見ていた。


「いやいや、バランス? 私たちってこういう時は一緒に考えて行動してきたわけだし?」

「僕はそんな曖昧な理由で呼ばれたのか……」

「後で説明する手間がなくていいじゃない」

「つまり、後で説明するのが面倒だからか……」

「達也、そ、そこまでは言ってないからっ!」


 ついでのように呼ばれてやってきた達也を見て、浩二は不憫に思った。


 夕食も終わり、ちゃんと何があったかをこの場で話すことに決めた知枝。

 迷惑を掛け、申し訳ない気持ちでいる知枝を見て、話の内容が予測できていた光は心配そうに見つめた。

 知枝はリビングにいる全員が見渡せる位置に正座で座って、息を整えた。


「あの……、説明しますね。長居してしまってすみません。本当は私が解決しないといけないことなんですが、説明しないのは不親切なことだと思うので話します」

 

 真剣かつ言葉を選びながら、迷いのある表情のまま、知枝はそう切り出して話し始めた。


 真奈は、みんなの迷惑にならないようにダイニングテーブルでテレビを見ながらも、無意識の中で知枝の心情を掴み始めていた。

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