第四話「魔法使いの来訪」1
翌日の登校は唯花が図書委員の用事があり先に出掛けてしまっていた。
浩二は仕方なく達也と二人で通学路を歩いていく。
「浩二は唯花のことをどう思っているのだ?」
「突然なんだよ、話しが見えないんだが……」
いつものように登校をしている中、突然に達也が言葉にしたフリに対して、浩二はその意図が読めなかった。
だが達也の口調も表情も、それが笑い話をしようとしている態度にも思えなかった。
「そろそろ、覚悟を決めたらどうなのだ?」
両手を白衣のポケットに突っこんだまま、達也は真剣な眼差しで浩二の目を見て言い放った。
「覚悟といわれても、何の覚悟だ?」
達也の言おうとしていることが浩二には分からず、質問で返した。
「直接口にするのは気が引けるが、唯花はずっと待っているのではないか? 浩二が伴侶に選んでくれるのを、それとも、まだ引きずっているのかな? 忌々しい過去を」
達也の思惑も読めず、だが浩二には耳の痛い話ではあった。とはいえ、ここまで口出しされるような領分ではないと浩二は思った。
「何を言うかと思えば……、唯花が俺のことを本気で好きなわけないだろう、ずっと隣近所でやってきて何もなかったんだから。唯花だって好きな奴が見つかればそいつを追いかけていくだろう。今までだってそうだったじゃないか。
それに、副会長のことは引きづっちゃいねぇよ、もう全部終わったことなんだからな」
なぜここまで言わされなければならないのか、そんなことを浩二は内心思いながら、達也の疑いの払拭に努めた。
(唯花が俺のこと好き? そんなことあるわけない……、だって唯花は”アイドル”になる道を選んだんだから……、唯花のその辺りの話しは本人から口止めされてるから、今、この場で達也に説明することは出来ない……。
あぁ、これは本当に面倒な話だ。唯花が落ち着いたら直接話すから秘密にしておいてくれなんて言うから、こんな面倒なことに……。一体何をためらう必要があったのやら、むしろその辺りの方がきな臭いじゃねえや、怪しいじゃねえか……、フェイクだフェイク、唯花が俺のことを本気で想ってるだなんて、達也の妄想に決まってる)
否定したい気持ちが浩二の中にとめどなく流れているが、達也にそんなことは伝わりようがなかった。
「だが、妹君はそれを望んでいるのではないか? だからあんなことになったのではないか?」
(あんなことって、羽月の事か? 今更そんな事ほじくり返されたくなんてない……、羽月とは全部終わったんだ……、今更考えたくもない……)
浩二は思い出したくない過去の記憶の扉が開こうとするのを理性で何とか押さえ込んだ。
こんなこと今考えるべきことではない、例え同じクラスになったとしてもそれは変わらない。浩二は何とか沸々湧き上がりかけた憤りを抑え込み、気持ちを落ち着かせた。
「真奈はお前と唯花が結ばれるのを一番望んでいる、それはお前が一番勘付いていることだろう……」
達也にとってそれは嫉妬でもあり願望でもあった。二人が結ばれない限り、どこかでずっと唯花と浩二の間で振り回されているような気持ちが消えることはない、それが浩二には分からない達也の本音であった。
「それこそ関係のないことだろう。真奈は関係ない、最初から真奈を巻き込むつもりもなければ、責任を押し付けるつもりもない」
「家族であるなら、避けようのない問題、そう思わないのか?」
達也の言葉は浩二の心には鋭利に突き刺さることであったが、だからといって唯花を恋愛対象として見て、今まで積み上げてきた関係を変えることは恐ろしく感じてしまい、簡単に踏み込めない心境だった。
「(浩二……、僕は君が羨ましいよ、君がいなければ、そういう気持ちが嫌な自分を浮上させてしまう……)」
年々美しく綺麗になっていく唯花を想うあまり、達也にとって絶壁となって立ち塞がる浩二の存在。二人の会話は平行線のまま通り過ぎていく。
浩二にはこれ以上何か言えることもなく、喧嘩をしているというほどでもないが、お互い押し黙ったまま、通学路の時間は沈黙したまま過ぎ去っていった。
*
教室の席に着くと、図書室での用事がまだ終わっていないのか、まだ唯花は来ていないようだった。
「さっきはすまないね、僕もムキになって言い過ぎた。何を焦っているんだろうな」
「うん? いや、気にしてないさ。思ったことを遠慮して言わないのも俺たちらしくもないだろ」
達也の思わぬ謝罪の言葉を浩二は受け入れた。男同士というのはこういった込み入った会話をすることはめったにない、だからこそ、いざそういう会話をしてしまうと棘が入ってしまうことはよくある話だ。
「そう言ってくれると助かるよ、三年生になって、焦っていたのかもしれない」
下を向いてしまう達也。自分らしくないと自分を責めてしまっていた。
「今更だよ、それは。ドラマじゃないんだから、心変わりなんてそう成立しないさ」
「それはそれで寂しいところもあるが、そうかもしれないね。ただ心配だったのさ、見ていて最近の唯花はどうも疲労を溜めているようだったからな」
(それはそうだろう……、ファミリアに行く暇もほとんど取れないくらい、忙しくやってるんだから)
唯花の必要以上の頑張りを肌で感じているだけに、浩二は胃が痛くなる感触を覚えた。
バーチャルアイドルとして活動をする上でロケットスタートは大事だということはなんとなく浩二は唯花から聞かされていたが、そう言われても浩二はよくは分からなかった。
ただ、今までは歌うだけだったのが、ダンスのレッスンもしなければならなかったり、生配信の頻度も上げないと数字に響くという事情があったりと、改めてデビュー早々忙しい毎日を送っているということを浩二は辛うじて理解することが出来た。
そうこう話していると朝礼の時間が迫り、唯花も教室にようやく戻って来た。すでにカバンはあることから、登校していることは分かっていたが、用事は長引いたのか、ギリギリの登場となった。
「お疲れ様、遅かったな」
おそらく睡眠時間を十分には取れていないだろう。今日も朝が早かったこともあってか、唯花の様子を見ると確かに疲れ気味で、疲労の色が伺えた。
「うん、どうしても早めにやっておきたくて、私が一番把握してるからね、後の人がやろうとして、どうしていいか分からなくて困らせたくないから」
疲れていても頭の回転の速い唯花は、すぐに心配する浩二の不安を取り除こうと言葉を尽くす。
「お節介が過ぎるのではないか? 朝早くから取り組まなければならないほどでもないだろう」
達也が心配になって口を挟んだが、これくらいで折れる唯花でもなかった。
「でも私が実質的な言い出しっぺでもあるから無視できなくて……。
幼稚園に本を寄贈する話があったでしょう? 春休みの間に届いたものから使えそうなものを早めにリストアップしておきたくて」
「まったく、ボランティアを引き受けるにも限度というものがあるだろう」
「大丈夫大丈夫、そんなに心配してくれなくても、大変なことはしてないから」
これが無自覚というものか。浩二と達也はそう思いながら、相変わらず世話焼きな気質が抜けず、自分でやらなければ気が済まない性分を目の当たりにすることになった。
唯花は二人の間で自分が話題になっていたことも露知らず、すぐに朝礼の時間となった。




