表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

咲華流水~Lovestory for forbidden lovers~

作者: 久連 詩稀

 レンガ畳の城下町。大通りが人で埋め尽くされている。

 人々のお目当ては、大通りの中心を歩いている姫だ。


 この国の第一皇女であり、王位継承権こそ無いが民衆の中で知らない人はいない。

 ブロンドの長い髪が風に乗って揺れる。一本一本が光に反射して、宝石のように輝いている。ラフな赤いワンピースを着ているが、内側に付いているレースから高貴さが溢れている。

 麦わら帽子を被り、少しお忍び感を出したかったようだ。しかし、身を隠すには心もとなかったようで、散歩しただけでこの騒ぎである。


「クラウディナ様!」


「いつもお美しい……」


「姫様! こっち向いてー」


 道を譲る大衆。パン屋の主人も、花屋の娘も、自分の足で立ち上がれるようになった幼い女の子も全員が手を振る。

 それを見てクラウディナも手を振り返す。当の本人も帽子で顔を隠してはいたものの、別にバレたくなかったわけではないようで、快く手を振り返している。


「クラウディナ様! 来月産まれるんです! お腹触ってもらえますか?」


「ええ、もちろん」


 お腹の膨らんだ女性――妊娠中の女性がお腹を突き出すと、クラウディナは優しくお腹をさすった。


「無事元気で産まれますように」


「ありがとうございます!」


 女性は頭を何回も下げて礼を述べた。

 クラウディナも微笑みながら手を振り返した。


「姫様!」


「はい?」


 小さな女の子が手に三本の花を持ち、腕をクラウディナの顔の方へ向けた。


「お花あげる!」


「あら綺麗なお花。ありがとう」


 女の子が手渡した白百合の花を優しく受け取る。

 民衆一人一人に笑顔を返しながら城へ戻るクラウディナを、城下町の全員が見送る。

 こんなにも愛される姫の姿は、どこの国を探しても見つからない。姫がいること、それが国中の自慢であり誇りでもあった。



   ★   ★   ★



 クラウディナは城へ戻るとすぐ部屋に入り、大窓の縁に座りながら外を見ていた。

 部屋から見える景色は、城を囲うように張り巡らされた堀を渡るように下ろされている跳ね上げ式の橋、まだ大通りに人が溢れている様子、そして町を囲う城壁の出入り口である城門。

 その先の外から立ち上る煙に思いを馳せる。


「シオールは大丈夫かしら…………?」


 戦場へ趣いている女騎士、シオールのことを想い思案する。

 一番の親友である彼女のことが気がかりで、何も手に付かない、


 城の外へ出たのも、民衆に手を振り歩いたのも、全ては不安な気持ちを少しでも忘れたいがため。人と触れ合うことは好きだし、民衆の声を聞くのも苦ではない。しかし、今日だけは自分のエゴのためだけに手を振った。


 クラウディナはそんな自分を少しだけ軽蔑するように下唇を強く噛む。


「姫様。昼食の準備が出来ました」


「ええ」


 専属のメイドが昼食を呼びに来た。

 ショートヘアに切り揃えた黒い髪にヘッドドレスをつけ、細い銀縁の丸眼鏡をかけたメイド。クラシカルなメイド服に身を包み、毎日毎晩姫のお世話をしている彼女も、心ここにあらずといったクラウディナの姿を不思議に思う。


「姫様?」


「はいはい」


 しかし、クラウディナは身体に根が張ったように動こうとしない。


「姫様。行きますよ!」


 その様子をもどかしく思ったメイドは、つい少し強い口調になってしまった。いつもは強く言えば折れてくれることの方が多い。それはクラウディナ自身もやらなきゃいけないことがわかっているからだ。

 しかし今日は、今回はメイドの意図していた反応とは少し違うものだった。


「わかってるわよ!」


「はい、ですから……」


「いいわよね! あなたたちは。いえ、わたくしもそうだけど、戦場へ行かなくていいのだから」


 普段は言わない言葉を言ってしまったことに、自分でも驚きながら顔を伏せる。そんなことを言った自分に失望したように首を振ってから言い直す。


「いいえ、私が悪かったわ。食べましょう。残すのはもったいないものね」


 クラウディナはようやく立ち上がり、メイドと共に食卓へと向かう。

 部屋のテーブルの上には、町で女の子にもらった白百合の花が花瓶に挿してあった。



   ★   ★   ★



 戦が終わり城門が開く。


 凱旋する騎士たちの列の中にはもちろん、シオールの姿もある。

 馬上の彼女は鎧ドレスを身にまとい、肩や胸部にある鉄の装甲同士が当たる重厚な金属音を鳴らしながら、紺色のスカートを揺らしている。短く切りそろえた茶色の髪が、騎馬の動きに合わせて靡く。


 街頭に並ぶ民衆たちが、声に拍手に指笛にと思い思いのやり方で英雄たちの帰還を祝福する。


 大通りを抜けた先、城の入口ではクラウディナが待っていた。

 正装である白色のブリオー――袖口が大きく開いたワンピースドレスを着てシオールの到着を待つ。腰に巻くベルトがあまり好ましくなかったが、シオールの出迎えにはこれしかないと意を決して着ている。


 シオールはクラウディナを見つけると下馬し、一目散に駆け寄る。


「よかった! 無事で」


「姫様こそご無事で何よりです」


 クラウディナは思いっきりシオールに抱きついた。肩の装甲が顔に触れたが関係ない。今腕の中にシオールがいること、それがただただ嬉しかった。

 シオールも呼応するように、クラウディナの腰に腕を回す。


「会いたかった……」


「私もです。姫様……」


 瞬間、地面が割れんばかりの歓声が沸く。

 民衆のみならず、騎士達、そして宮廷仕えのメイド達までもが歓声に参加していた。



   ★   ★   ★



 玉座の間には勲章を授かる騎士達の姿があった。


 クラウディナは勲章のメダルを騎士達の首にかけていく。もちろん、そこにはシオールの姿もあった。


「今回の戦で、シオール・エクレシオンが一番手柄を取った」


 クラウディナの父でもある王の口から告げられた。

 王冠をかぶり赤いマントを羽織り、白い髭を存分に蓄えた大柄な男は、立っているだけで威圧感を感じるが、物腰は柔らかくどこか気前のいいおっさんとも呼べる王だ。


「褒めてつかわす」


「ありがたき幸せ」


「一番手柄のそなたには、望むものは何でも授けよう。出来る範囲で、じゃがな」


 はっはっは、と大口を開けて笑う王に続き、騎士達も自然と笑みが溢れる。


「何がいい?」


「今は何も欲しいモノがありません」


「はっはっは。謙虚じゃのぅ。では、出来たら申せ」


「かしこまりました」


 凛とした口調で返すシオールに、自慢の騎士を持ったと誇らしげな王の態度を見て、クラウディナもふふっと声に出して笑った。

 シオールは笑うクラウディナの方をちらりと見る。

 クラウディナも目線に気づき、目線を合わせるもシオールは頬を赤くして目線を下げた。


「さあ! 宴じゃ! 宴じゃ!」


 王の言葉で宮廷仕えのメイド達、執事達、そして騎士達はパーティーの準備を始める。

 授与式が終わり、各々が散り散りになる喧騒の中、クラウデゥナはシオールに耳打ちをした。


「このあと、私の部屋に」


「わかりました」



   ★   ★   ★



 日もすっかり沈み、夜の帳が舞台の背景かというように城下の明かりを際立たせている。

 城の中では戦勝祝いという名のパーティーが催されようとしていた。


 大広間はダンスパーティーの会場となり、多くの料理が厨房から広間へと運び出されている。

ローストチキンにステーキや白身魚のフリッター。赤ワインに白ワイン、ロゼワインまである。

 (きら)びやかなドレスで自分を飾り付け、重厚なオーケストラをバックにくるくると、まるで妖精が飛んでいるかのように踊る貴族の子女達を横目にシオールはクラウディナの部屋へ向かう。


「姫様、シオールです」ノックと共に伝える。


「どうぞ」


 クラウディナの声を聞いてから扉を開け中に入ると、いつも横にいるはずのメイドがいない。


「姫様お一人ですか?」


「ええ、そうなの」


 大窓の縁に腰を掛けるクラウディナは、真下の庭園でグラスを片手に談笑している人達ではなく、空で光る半分に欠けた下弦の月を見ながら言った。


「わたくし、結婚先が決まったの」


「そ、それはめでたいことで」


「あなたはめでたいって思うのね?」


「え?」


 クラウディナは目線を床に向けてから、シオールの顔を見た。


「あなたとはもう会えなくなるのよ?」


 シオールは視線を落とした。


「わたくしが愛してるのは結婚相手ではありません。あなたです」


「でも私は……」


「ええ。身分は違えど性別は同じ。誰一人として許してはくれないでしょうね」


「姫様……」


「だから最後に、絶対に一度会いたかったの」


 クラウディナは窓際から立ち上がると、一歩一歩踏みしめるようにシオールに近づく。

 両手を広げて少しずつ近づき、そして全体重をシオールに預けた。


「わたくしはあなたのことが好きなの。やだ、離れたくない!」


 悲痛な叫びがこだまする。城が今パーティーじゃなきゃメイドが十人ほど飛んでくるような大きな声。

 だが、声は部屋の中だけに留まる。


「私もです。姫様。私も姫様のことが……」


 シオールは振り絞るように、心の、胸の奥からやっと言葉を紡ぐ。


「踊ってくれますか?」


「ええ、もちろん」


 窓から漏れ聞こえるダンスホールの音。ピアノとバイオリンの美しい音色で踊る。

 騎士は姫の腰を抱き、姫は騎士の肩に手を当てる。


 輪舞曲に合わせてステップを踏む。

 踊ったことのないシオールだったが、クラウディナの真似をしてついていく。


 笑顔で踊るクラウディナ。

 しかしその笑顔の下には悲しさが見えた。


 どこへも行かないでくれ。

 ずっとこのままでいたい。


 そう思う彼女たちの心の声が、ステップに乗って聞こえるかのようだった。


 ぎこちなくはあるけれど、それでも二人の、二人だけの夜は更けていった。



 翌日、戦勝式の場は片付けないまま結婚式の場と変わり、そして姫は嫁いでいった。



 シオールはクラウディナのいない城で、一人部屋の中にいた。


 騎士用に用意されている部屋は質素なものだ。シングルベッドに机と椅子のセットが一つ。暮らす最低限のものしか存在しない、小さな部屋。


 今日日(きょうび)、一般家庭の子供部屋でもこれの三倍は広いだろう。そんな部屋の中でシオールは小さな窓から外を見つめる。


 曇ったガラス越しに見るのも飽き窓を開ける。目の前には跳ね上げられたままの橋。

 用があるとき以外は下ろされない橋。その向こうにあるのは大通り。そして町を囲う城壁の出入り口。城門――クラウディナが嫁ぎ出て行った門。


 幸せに暮らせているのだろうか。

 それだけが不安だった。しかし、相手はシオールが見る限りとても優しそうな人だった。

 結婚式の時に顔を見ただけだったが、いけ好かないキザな王子や外面だけよさそうな貴族ではないことだけは見て取れた。


「ああ、姫様があそこから帰ってきてくれたら」


 つぶやいたその瞬間、城門が開いた。

 どうやら貴族の人がきたらしい。

 豪華な馬車に乗って、大通りを闊歩(かっぽ)している。


 跳ねおろし式の橋が降り、向かい側から一団が城内に入ってきた。

 数十人の兵士と一台の馬車。少しすると馬車の(ほろ)(めく)れ、中から見覚えのある人影が見える。


「姫様!?」


 手を振ってくるクラウディナの姿が見えた。

 シオールは窓から精一杯身を乗り出し手を振り返した。

 手招きするクラウディナの姿を見て、急いで着替え玉座の間へと走った。



   ★   ★   ★



 玉座の間には王とクラウディナ、そして嫁ぎ先の兵士とシオールが並んでいた


「ねえ、お父様シオールを連れてってもいい? 相手には了承を得てるわ」


 王はうーん、唸り悩む。


 シオールは初めてそこで、クラウディナが自分を連れ出そうとしていることを理解した。


 ならば、と。

 姫様と一緒に過ごせるなら、と。


 チャンスがあるならシオールとて、クラウディナと一緒に暮らしたいとは思っている。


「王様は先日、私の望むものなら可能な限りくださるとおっしゃいました」


 王は首を縦に振り、頷くような仕草をした。


「姫様についていくというのが私の望みではいけませんでしょうか?」


 またもや王はうーんと唸り、思案するように髭を触る。


「お父様、おねがい」


「お願いします」


 二人からの懇願についには折れたようで「よかろう! 許可する!」と声高々に叫んだ。


「ありがとうございます」


「ありがとうお父様。父はやはり私の誇りです」


 クラウディナはシオールの元へ駆け寄り、強く抱きしめた。

 シオールはクラウディナの香水の匂いが大人びたものに変わってることに気づいたが、あどけない笑顔を見て釣られて笑い、同じ強さで抱きしめ返した。


「新しい城でもよろしくね、シオール」


「はい姫様。いえ、違いました。王妃様」




 王国の王妃と騎士の噂は世界を超えて時代を語り継がれるようになった。

 人民から愛された王妃と、最強無敵と謳われる騎士という伝説として…………。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ