マスク着用と密集禁止が法律となった近未来的世界で男に襲われかけてマスクを千切られた少女に予備のマスクをあげた話。何を書いているのか分からないと思うが作者も正直何を書いたのかさっぱりだ。
リハビリのつもりだった。
文句のある人は目元のほくろが性癖だと認めてから来てください。
「なぁなぁなぁ! 昨日の配信見たか!?」
「あぁ? お前が見る配信っていったら……うさ猫ゲームズか、コン狐クッキングくらいか?」
こいつが見る配信は大体が獣耳だからその辺のジャンルだと当たりを付けた。
そして獣耳系配信者のトップは猫、狐、狼の三種類だ。だが、狼は男の配信者だからこいつが見ることはありえない。
そして俺に話を振る時点で俺も知っているということだということから導かれた完璧な予想は当たっていたようで——
「そうそう! コン狐クッキングの方なんだけどさ! 昨日の配信、視たか……?」
余程話したいことがあるのだろう。
声を潜ませながら視たよな? と再度確認をしてくる。
「いや、悪いが昨日は見れていないんだ。昨日は色々と立て込んでてな」
「まじかもったいねぇ! お前本当こういう時だけ見てないよなぁ!」
額に手を当てながらそんなことを言う。
こういう時だけと言われても、正直配信を見ていなかった俺には何があったのかさっぱりだ。
しかしまぁ、内容を聞く前に勝手に喋りだすのがこいつだ。
「昨日な? コン狐クッキングの方で映っちまったんだよ……」
「はぁ? 映っちまったって、何がだよ」
「バッ……! おま! ——ふぅ、周りには誰もいないな?」
大げさに周りを見渡してから大きく息を吐く。
「実はな、昨日の配信でな?」
「近づくのは良いが距離を守れ。この距離は密だ。法で決められているだろ?」
「おっとそうだった。つい話に熱中しちまった」
そう言うと俺から距離を取る。
きっかり3メートル。これ以上近づいて5分が経過すると警報が鳴りはじめるから離れなければいけない。
高校生になって今までより厳しくなったがまだ慣れない人が多いようだ。
「それで? 何があったって?」
「事の発端は昨日の放送時にコン狐クッキングで使っている机が変わったことだ」
長くなる予感しかしない話しはじめだこと。
「あ、なるべく短く要点を纏めてよろしく」
「おいおいそう急かすなよ」
「いや次移動だし冗談じゃなくてマジで」
「あ、はい」
何を隠そう今は授業の合間の十分間でしかも次は移動教室。
長い話がダルいというのも理由の中に一割、いや、三割……五割……八割ほどあるかもしれないが、急がなければならないということも事実。
早くしろと急かす。
「簡単に言うとな、映り込んじまったんだよ……」
「ほう?」
「口元が! 作った料理を食う時にマスク無しの口元が新しい机に反射して映り込んでたんだよ!」
「ほう……?」
それは、わざわざ俺に報告すべきことなのだろうか。
確かコン狐クッキングは顔出し放送もしていた。だから初の顔バレということもあるまいし。
「……ヤバくね?」
「ヤバくね?」
お前の頭がな?
「常に絶対防護装置で隠された口元、まさに絶対領域が偶然映り込んだ……。ヤバくないか?」
「ヤバい……のか?」
悪いがさっぱり分からない。
絶対領域は口元ではなく太ももだろうに。
「おいおい! まさかお前分からないのか!? 絶対領域——ちっ、時間か。今度教え込んでやるからな!」
タイミングよく5分前のベルが鳴る。
つまり時間オーバー。これ以上駄弁っていたら遅れてしまう。
「機会があったらな」
そんな風にあしらうと、それぞれ移動するために分かれることとなった。
一体、口元が見えるだけで何が良いのだろうか。
マスクに包まれた口元をそっとなぞりながら、そんなことを考えた。
★☆★
帰り道、歴史で習った事柄を思い出す。
約六十年前、人類は一つのウィルスに侵された。
致死率約33%を誇るそのウィルスは、はるか昔に猛威を振るった疫病から取って新型コレラと呼ばれるようになった。
かかれば三分の一の確率で命を落とす恐ろしいウィルス。しかも潜伏期間は無症状にも関わらず感染するという凶悪さ。
特効薬も見つからず、むしろウィルスを調べようとした研究者たちが軒並みウィルスにやられ、マスクの目の細かさよりも小さいウィルスに人類は為す術もなくその数を加速度的に減らしていった。
しかし人類は未だ生きている。
助かった要因は、特効薬を諦めざるを得なかった人類がマスクの改良に取り掛かったことともう一つ、ウィルスの強制的な変異に成功したからだと言われている。
人類がウィルスに打ち勝ったのかと聞かれればそうではない。
結論から言えば致死率33%のウィルスは未だ流行り続け猛威を振るっている。
それ故にマスク着用は法で義務付けられているし密集することは未だ禁止のまま。
しかし強制的に変異させたことによって、たった一つのある方法を取ることでその脅威は0%となるようになった。
そのたった一つの方法というものが——
「やめてください! いやっ! 放してください! だ、誰か! 誰か助けて!」
「はっ! こんなところに助けに来る奴なんているわけないだろうが!」
女の子が襲われている?
どうしてこんな裏通りにいるのか。
近道しようとしたのか連れ込まれたのか、どちらにせよ男として助けなければいけないだろう。
俺は声のする方へと急いだ。
「い、いやっ! 切れます! 切れるから放してください!」
「はっ、これさえ千切っちまえばもう逃げられないだろ?」
声が聞こえた時点で近いことは分かっていたが、まさか曲がってすぐだったとは。
俺はまだ気づかれていないようだ。
ここで何をしているとか言えるのは主人公か強者の特権。卑怯と言われようが知ったこっちゃない。
女の子を助けることが先決だ。
俺は忍び足で近づいて——筆箱から取り出したハサミで男のマスクの紐を切った。
「なっ……! なんてことしやがる!」
「お前がその子に同じことをしてただろ?」
ちらりと女の子の方を見ると、マスクの紐は切れてしまい口元が露出してしまっていた。
おろおろとしているし、早めに決着を付けなければならないだろう。
「てめぇ……!」
男はそのまま俺に掴みかかってきて、同時に俺のマスクを引っ張った。
ブチブチと嫌な音が響いてくる。しかしここで怯んでは負けだ。
「こんなことしている暇があるのか? あんたみたいな喧嘩っ早いやつに予備のマスクがあるとは思えないしこの絶対防護装置は買えば相当な値段がする。今この瞬間にもあんたは新型コレラに感染しようとしてるってわけだ。こんなことしているんだから対策も持ってないだろうし、死ぬよ?」
「……ちっ!」
男はそのまま走り去っていった。おまけとばかりに俺のマスクを千切ってから。
「さて、と。はい、これ。見たところ予備を持ってないみたいだし、俺の予備の絶対防護装置付けて早いところ帰りな。短時間なら大丈夫と言われていても早く処置した方が安心だからね」
「で、でも! これを貰ってしまったら貴方の絶対防護装置が——」
確かに俺のマスクの紐も千切られてしまい使い物にはならなくなってしまった。しかし。
「俺の家は曲がってすぐだから走って帰れば間に合うと思うから遠慮なく使って! じゃあね!」
「あ、あのちょっと! 行ってしまいました……」
まだ名前すら聞いていないのに、と言いながら立ち尽くす。
その様子を横目に俺は本当に近くにある家の中へと入った。
「うーん、まずいな」
家にもう一枚くらい予備があると思ったが絶対防護装置はもう残っていなかった。
これは本格的にまずいのでは?
人類がウィルスに対抗すべく産み出したマスクこそが絶対防護装置。
大げさな名前の通り、ウィルスは100%通さなず口だけでなく目元に入るウィルスまで除去する。
紐の部分を回路として、マイクロ基盤が埋め込まれた鼻の部分から常に風が循環しており、殺菌作用のあるマイクロミストを常に放出している。
これを付けている限りウィルスにかかることはないしありえない。逆に、紐さえ千切ってしまえばそれはもうただのマスク以下になり下がってしまう。
先ほど間に合うと言った通り、短時間ならウィルスは増殖できるほど侵入してこない為マスクを外しても大丈夫だ。
そうでなければどうやって食事をするのだという話だが、本来ならまだ絶対防護装置を付ければ間に合う時間だ。
だが、その肝心の絶対防護装置がない。
強制的に変異させたウィルスは感染を広げないために次の日になれば症状が発生する。致死率は驚異の33%。これは積んだのかもしれない。
★☆★
「やっぱりかぁ……」
次の日、俺は寝込んでいた。
案の定、新型コレラに感染してしまったのだ。
朦朧とした意識の中考える。
こうなってしまったのは予備のマスクを上げてしまったことが原因だが、そのことを後悔するつもりはない。
もしもう一度同じ場面に遭遇しても俺は同じ行動を取るだろう。
ウィルスが人類に与えた変化は大きい。
まずは集団というものが消えたことだろう。
急速にネットは進化し、配達業はドローン、建築は3Dプリンタを用いられるようになった。
これによって仕事が無くなり失業者が出たかと言われればその逆だ。
余りにも人が死にすぎて、外で作業する人間がいなくなりすぎたことでAIに頼らざるを得なくなった。
そして個人的には性癖の変化が大きいと思っている。
絶対防護装置が登場して約50年。
口元を晒す人がいなくなった時代で、絶対領域と呼ばれる部位は太ももから口元へと変化した。
俺にはよく理解できないが、あいつはそれに興奮して俺に話しかけてきたのだろう。
こんなことになるならもう少しまともに取り合ってやれば良かったのかもしれない。
逆に、人類がウィルスを強制的に変異させたことで、ウィルスにも様々な変化が発生した。
まずは即効性。
潜伏期間を消し去ったことで無自覚に病原菌をばらまく人間を消した。
そしてなんと一つだけウィルスを完全に消し去る弱点を生み出した。
その方法とは——
「ダメだ、もう、意識が……」
新型コレラは救急車を呼ぶことが許されていない。
三分の一の確率で生き残る方法しか許されていないのだ。
俺は三分の二を引いて死ぬ——そんな感覚に支配されていたその時、
「……ぇ——?」
唇に柔らかい感触を感じた。
「んっ——」
優しい吐息が聞こえて、そのまま温かい何かが侵入してくる。
「ッッ!? ——ッッ!」
脳が、身体が、思考が全て溶かされるような蕩けるような凄まじい感覚。
曖昧な思考の中でどれだけ時間が経ったのかは不明。
徐々に頭の中のモヤモヤが消え去り、倦怠感が無くなり、意識が覚醒する。
——治った
それだけが感覚的に分かり、それでも尚続く蹂躙を目を閉じて受け入れた。
長い永い時間が経ち、漸く離れた柔らかな感触。
「……どうしてここに?」
そこにいたのは昨日助けた少女。
「昨日ここに、入っていきましたので。お礼を言おうと待っていても一向に出てきませんのでまさかと思い入ってみれば案の定……。それより、キスで治るというのは本当だったのですね。良かった」
そう言って柔らかにほほ笑む少女。それよりで済まして良いことだったのだろうか。
そう。
ウィルスを消し去る方法とは、異性とのキス。
聞いた話によると、ウィルスを変異させたことによって男と女が感染する新型コレラ自体に若干の違いが生まれ、そしてそれは合わさることでお互いを打ち消し合う効果に繋がるらしい。
ただしそれは、最初の一人としか効果がなく、一度キスした者同士以外は効果を発揮しない。
つまりそのキスをした相手同士のみがマスクを付けることなく接することが可能になる。そんな相手は当然のことながら将来一人きり。
キスは性行為なんかよりも重大なことだというのはもはや常識。
この少女は、そんな重要なことを躊躇いもなくやってのけたのだ。
「一応聞くけど、今したことの意味、分かってるか?」
「はい。ですが、私は貴方に一目惚れしたので問題ありません」
「問題しかないんだが!?」
ふわりとほほ笑む少女は、とんでもないことを平気な顔で言ってのける。
やってしまったものは戻らないが、それでも一言二言言わなければと少女の方を見ると、そこに浮かぶのは小悪魔的な笑み。
「では相性で決めましょう。——んっ」
ごくごく自然な流れで俺の唇を奪う少女。
普通は逆ではないのかとか果たしてそれでいいのか考えていたが、どうやら俺たちは相当相性がいいらしく、そんな思考すらできないほどに蕩けてのめりこんでしまった。
息継ぎをし忘れ、苦しくなってきたころに唇を離し、どうでしたか? なんて聞いてくる。
「あぁ。俺の負けだよ」
キスすればウィルスなど怖くないのだから少女はマスクなど付けていない。
それ故に見える口元に描かれた弧にドキッとした。
——あぁ、お前の言っていたことが分かったかもしれない
なんだこれ