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ミルズ・アンサー  作者: タカラ88
1章 キボウノヨアケ
4/5

STAGE4 戒めの勇気

1

 赤い水溜まりの中心で静かに横たわる友人を目の当たりし、僕は愕然とした。

作戦は完璧だったはず、なのにアイツの体がこんなにも頑丈だったのは想定外もいいところだった。


 万策破れ、失意のうちに頭を抱える。

手持ちの爆弾は手榴弾2つのみ、他は先の攻撃と他の用途に使ってしまった。

爆弾の効かない相手にいったい何が出来るというのだろうか。

焦燥に駆られ頭髪を乱暴に掻きむしる。

手の平には抜けた髪が数本乗っていた。


 モニターには軽やかな足どりで階段を駆け上がるピエロの姿が映っている。

こちらに残された猶予は残り僅かだ。

握り拳を自らの太ももに打ちつけた。


 今になって、あの日の軽率な行動を悔やんでいる。

あの日にダンボール箱開けなれば、端末を左腕にはめなければ、友人を目の前で失うことも、ホラー映画さながらのピエロに追いかけられることも無かったのに。


 堪えきれず、頬に一筋の涙が伝った。

口からは嗚咽が漏れ、肩は静かに震えている。


 「何で死んだんだよ墨浦。一緒に生きて帰るじゃ無かったのかよ…」


 機材に溢れた無機質な部屋に、帰ってくることの無い問いかけが響いた。


 その時だった、突如として襲うひどい耳鳴りと頭痛に苦悶の表情を浮かべる。

視界はボヤけ、真ん中に白いモヤがかかっていた。 今度はストレスで体調不良か。本当に情けない。

命がけで戦いに挑み、散っていった墨浦をフラッシュバックし、自分はとんでもない腰抜けだと思い知らされる。

このままでは墨浦の思いを仇で返し、あの世で再会することになってしまいそうだ。

見たくもない監視映像を尻目に背もたれに身を投げ出した。


「ユーザー認証完了 アサギユウヒ本人であることを確認しました ユートの発動を許可します」


 端末から発せられる機械的な音声に、思わず背筋を伸ばして驚く。

画面に視線を落とすと、よくフリー素材として使われる可愛らしいイラストが現れ、上部には『説明』という丸みを帯びたフォントの文字が浮かんでいる。


「今から君のユートを説明するよ。死にたくなかったらちゃんと聞いてね♪」


 どうやらご丁寧にも能力を説明してくれる機能があるようだ。

今までのだんまりと打って変わって親切な対応ではあるが、これから命のやり取りをする人にこんな子供じみた雰囲気のビデオを見せるなんて正直緊張感がなさ過ぎる。

手帳のときといい製作者のセンスは大層浮世離れしているのだろう。


「君のユートの名前は『クレバークロウ』。対象を視認すると見たいものが何でも見れちゃう優れものだよ」


 見たいものが何でも見られる、その言葉がひどく印象的に感じられた。

まず、それが事実であるならば、あの屈強な道化師の弱点が判明するかもしれないということである。

少しずつではあるが、一筋の光明を捉えてきているのかもしれない。


「じゃあ、だいたい分かったと思うから説明を終わるよ。せいぜい頑張ってね。どうせ助からないと思うけど」


 一言多い激励を残し、子供向けのキャラクターは暗転した画面の奥に消えていった。

もう少し詳しく知りたかったが、この相手に誠意を求めるの筋違いかもしれない。

恐怖に縮こまる腰を強引に引き上げ、反撃の手はずを整える。


 まずは、館内放送を止め、他に仕掛けた爆弾を起爆可能な状態にした。

ここから先は真剣勝負。下手な小細工なんて必要ない。


「墨浦。敵は絶対にとってやるよ」


 こみ上げてくる恐れを勇気で塗りつぶす。今の自分を守るのは武器でもSFチックな能力でもない、虚勢を張った脆い心である。


 吹けば飛ぶような弱いものだっていい。それで彼の最後に応えることができるならば。

決意を新たに管理室から飛び出すのだった。



2

「いつまで逃げんだよ。無駄だから諦めろよ」


 ドスの効いた大声上げながら、道化師は僕が先程までいた管理室に入っていった。

開けた扉を閉めない所作がどことなく行儀が悪いふうに感じられる。子供の頃に教わらなかったのだろうか。

しかし、その様子は自然体で、どんな罠が仕掛けられようと全く平気だよと言っているみたいである。


 部屋を入る前に端末を確認しなかった事と相まって、一見自分自身の能力と強さに絶対的な自負を持っている様に映るが、その裏返しに僕を完全に舐めきっているとも解釈できるだろう。


 油断大敵と良く大人達にいい聞かされてきたが、その大人本人がこの体たらくでは世話がない。

そもそも墨浦のことをガキ呼ばわりした時点で模範的とは言い難いが。


 ストーカーの如く観察を続けると男の頭上に何やら数字が浮かんでいることに気づいた。恐らくは不可思議な超能力のご利益だろう。

カウントは500。何を示しているのかはさっぱり解らない。

しかし、今はこの数字の持つ意味を探ることだけがたった1つの手がかりだ。

無敵の肉体などあってたまるものか。


 あけ放たれた扉にピタリと体を引き寄せ、顔を少しだけ覗かせる。

相手にこちらを気にする素振りはなく、机の下や機材の裏といった人の隠れそうなところをシラミつぶしに探していた。

今がチャンスと右手に握る起爆装置に手をかけたその時に、道化師は前を向いたままポツリとこう呟く。


「君のお友達ねえとっても勇敢だったよ~。なのに君は安全なところで偉そうに指示でも出してたんでしょ。ホント性格が悪いね~」


 おもむろに話しかけてくるが、多分ハッタリだろう。

その証拠にまだ身をかがめて机の下を見ている。

驚かせないで欲しい。

管理室から距離をとり、気を取り直して起爆ボタンに触れる。

しかし、部屋から爆炎が上がることはなく、道化師は振り返ってニタニタ笑いながらこちらを眺めていた。


 「さっきは眩しかったから使えなかったけど、今なら大丈夫だよね〜」


 左手に握られた無線機型の装置を天高く掲げる。

恐らくあれは電波妨害を目的とした装置、油断をした態度は全て罠だったのか。

しくじった。油断していたのは逆に僕の方だったわけだ。


「もう無理だって分かったでしょう?お友達のところに連れてってあげるからおいでよ。痛いのは一瞬だから」


 僕は堪らず、全速力で駆け出した。

リモコン式の爆弾は全て使えなくとも、まだ他の罠が残っている。

諦めなければまだ勝機は残っているはずだ。

曲がり角を使い、やつからの距離を保つ。


「足の速いお友達でも逃げ切れなかったたんだから諦めなよ〜」


「僕には罠がある!諦めてたまるか!」


「そんなこと言っても、距離は確実に縮まってるよ〜。おっと!」


 爆発音が狭い廊下内で反響する。

曲がり角に設置したクレイモアに無事引っかかったようだ。


 首を後方に向けると、膝をついて立ち止まる道化師の姿があった。

頭上のカウントは大幅に減り300を示している。


 そういうことか。頭の中で歯車が噛み合っていく。

あの数字は耐久力を可視化したもので、0に近づくほど脆くなっていく仕組みの様だ。

証拠にもしばらく時間が経っているにもかかわらず、今だにあいつは動かない。

額にも薄っすら血が滲んでいた。


 立ち止まる道化師を置きざりに、次の罠へ向かって移動を始める。

残りのトラップはワイヤーに反応して爆発するブービートラップという代物だ。 

ダメージの蓄積しているアイツにはあと数回分の爆発で事足りるだろう。


 仕掛けた場所である会議室まであと少し、

吹き抜けのある開けたところを通って近道するつもりだった。


 しかし、上手く行き過ぎている時こそ慎重に動かねばならないものである。この時の自分はそれが出来なかった。


 「うわっ!何だこれ!」


 ベンチの側にあった円盤に気づかず、踏み抜いてしまう。

『ガチャン』と低い金属音が響き、

ふくらはぎにギザギザとした刃物が食い込んだ。


 突き刺すような痛みに脳内が囚われる。

ズボンには真紅の円形が滲み出し、流れる血潮はほんのり暖かく感じられた。


 ここで死ぬわけにはいかない。

両手に力を込め、足を挟み込むトラバサミを掴む。

ここで死んでは墨浦に会わせる顔が無いじゃないか。

僕は最後まで全力で戦わなければいけない。


 激しい痛みに耐え抜き、やっとの思いで足を開放できた。

だが、挟まれた右足は感覚が鈍い。

走ることなんて到底無理なことだろう。

多分会議室にも行くことは出来ない、それなら残る手だては・・・


 上着のポッケットに入った手榴弾を手に取り、走っている最中に落とさなかった事を確認する。

残る武器はたったこれだけ、いや本当にそうだろうか。


 思案にふけっていると、足音の音量が大きくなっている事に気づいた。

そう、奴とのご対面である。

心なしか汗のせいでくすんだ白塗りの顔面を緩ませ、さも余力があるふうにこう告げた。


「罠に引っかかってくれたんだね♪お兄さん嬉しいよ。時間をかけて苦しませた方が楽しいからね。」


「これ以上近づくな!持ってるのが何か分かってるだろ?」


 手榴弾の1つをちらつかせ、牽制を試みる。

それでも、全く平気だ、と言わんばかりに道化師は歩み寄ってきた。

ゴツンと転落防止用のアクリル板に背中がぶつかる。


「君ねえ〜爆弾じゃ僕を殺せない事分かってるよね?もしかして学校の成績は下から数えた方が早いのかな?なら納得だね♪」


「その通り。確かにあなたには爆弾が決定打にはならない。なら()()()を生かす。」


 遂に手榴弾のピンを引き抜き、硬いコンクリートの床に叩きつけた。

しかし、筒から現れるのは爆炎ではなく目を潰す眩い光。

そうこれは閃光手榴弾、視界を封じて奴をここから突き落とすには最適解だ。


 溢れる光を左腕で塞ぎ、俊敏に大本命の手榴弾を投げ込む。

視界の奪われたアイツには回避のしようがない。


 もう聞き慣れてしまった爆音と共にアクリル板は砕け、成すすべもなく道化師は下層に吸い込まれて行った。

多分この高さならしっかりとトドメをさせるはずである。


 高所恐怖症でなくとも直視するのには勇気のいる吹き抜けを覗き込むと、赤い血溜まりの中で静かに息絶える姿が確認できた。 


 終わった。見ていてくれたか墨浦。

その場にへたり込み、荒くなった息を整える。


「あなたの勝ちです。レーティングが1000増加しました。次の紛争も頑張りましょう」


 相変わらず訳の分からないことの言う機械のせいで、感傷に浸るムードが台無しだ。

どう責任を取ってくれるんだろう。

海外ならとっくに訴えられてるぞ。


 そう、冗談めいた事を考えている間に、またあのノイズが周囲を包み込んでいる。

僕らをこんなふざけた殺し合いに巻き込んだ不条理なノイズ、必ずや正体を暴いてやる。

周囲のノイズは自分の体にもまとわりつき、やがて僕は意識を手放した。


 


3

 青いパーカを着て路上で寝そべる青年を1組の男女が囲っていた。

ワイシャツの上にスリーピースベストをしゃんと着こなす中年男性と、端正な顔立ちで芸能人と言っても信じて貰えるくらいの美貌と、少女のあどけなさを併せ持つ女性である。

ぱっと見親子かと思われるような二人だ。

 

 男性は女性に顔を近づけてポツリと呟く。


「彼が件の連続殺人犯、通称マーダークラウンの速水達也を仕留めたのかな?メガネかけて真面目そうだけど、彼、意外と強いのかな?」


「人を見た目で判断してはいけませんよ。真面目そうな人は特に。」


「いや〜明音ちゃんには叶わないね。取り敢えず聞きたいこともあるし、アジトに連れてこうか。」


「話を聞いていましたか?知らない人をおんぶするなんて危ないですよ」


「大丈夫。大丈夫。もしもの時は僕がなんとかするから。」


 中年男性は青年を軽々と背負いあげ、困惑する女性と共に夜の街へ消えていった。



 




 


 




 


 



 


 

 


 

 

 













 




 


 

 

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