表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミルズ・アンサー  作者: タカラ88
1章 キボウノヨアケ
3/5

STAGE3 機械じかけの塔

 墨浦が先頭に立ち、これから入室する中央管理室を入念に索敵する。


 こんな短時間であの薄気味悪い道化師が先回りして来るとは思えないが、一応念の為だ。


「パソコン持ってるよな?貸してくれ」


「うん。」


 無言の圧を感じ、慌てた手つきでリュックサックからパソコンを取り出す。

レポート課題が無ければ持ち歩かない代物だ。

教授には後で感謝しなければならない。


「有線でビルの内部通信と同期させておく、俺が合図を出したらすぐに()()を実行して、この音源を再生しろよ」


「分かった」


「俺は一階に移動する。連絡は端末を使うからそのつもりで頼む」


 墨浦はそう言い残して足早に出ていった。

一人きりの寂しい部屋に乱暴にドアを占める音だけが木霊(こだま)する。

 

 さあ、監視カメラとのにらめっこだ。細胞の小部屋を彷彿とさせる無数のモニターと向き合った。


 初めに作戦を教えてもらった時、そんなことが出来るのかと耳を疑った。

でも今は彼を信じ抜くしかない。

言い聞かせるように心の中で復唱した。





◆◆◆

 剣を持ったガキのせいで痛めた鼻を擦りながらウォッチを確認する。

見立て通り予測地点は、そう遠くないオフィスビルだ。

逃げられるとでも思ってんのか。

大人を舐めやがって。


 腸が煮えくり返る程の苛立ちに、身を震るわせながら歩みを進める。

俺はガキが大っ嫌いだ。

特に高校生から大学生くらいのガキが。


 少し出来ることが多くなって自立してくると、すぐにつけ上がる。

分を(わきま)えず、さも自分が主人公のように振る舞う姿が本当に腹立たしい。


 だから大学の近くで喧嘩を吹っ掛けたわけだ。


 そうこうしているうちに目的地は眼前に広がっていた。

考え事をしていたせいで気がつかなかったが、随分と歩いていたらしい。

 

 今になって足がだるくなってきている。

しかし、大人の言うことを聞かない悪い子供にお灸をすえられるのならば安いものだ。


 これから始まる事を想像するだけで、笑みがこぼれてくる。

(はや)る気持ちをこらえて入口の自動ドアをくぐった。



◆◆◆

 あいつが入ってきた。イスに浅く腰掛け、モニター越しに挙動を観察する。

当然こちらに気づいている素振りは無い。

しかし、頻繁に端末を確認する姿がどうにも胸に引っかかる。


 もしも相手にこちらの位置を知る手段があるのなら、この中央管理室に来るのも時間の問題だ。


 この危険人物を一刻も早く無力化しなければならない。

端末を凝視し、まだかまだかと応答を待ちわびる。


「待たせてすまん。始めるぞ」


 こんな時でも相変わらずの素っ気ない返事。危機感のなさすぎる返答に正直怒鳴ってやりたい気分だ。

 

 でも、指示は下った。

ここから先は僕らのターン。

待ってましたとばかりにコントロールパネルに手をかける。


 照明を全て消灯し、玄関をシャッターで封鎖する。

これでもう逃げられる心配はない。

モニター越しでもピエロが狼狽(うろた)えているのが伺える。

 

 でも驚くのはまだ早い。墨浦のセットしたパソコンの出番だ。

高まる緊張に強張った指を伸ばして、エンターキーを叩く。


「おはようございます。今朝のニュースです。」


「Hey!guys!Welcome come to my house! 」


「Es ist nicht mein Fehler. We gen dir.」


 複数言語のテレビ番組を同時に再生する。

ライトオフとも相まって効果は抜群だろう。


 やはり五感を奪われると人間はたちまち脆弱になる。

証拠にもカメラに映るアイツは叱られた子供のように情けなく俯いている。


 楽し気に僕を追い回していた時を思い返し、思わず悦に浸った。

今ならいじめっ子に逆襲するいじめられっ子の気持ちがよく分かる。


 早く目に物を見せてやりたい。どす黒い情動が、全身をくまなくまとわりついている気がした。


 後は墨浦が誘導するだけだ。焦る気持に蓋をしながらその時を待った。




◆◆◆

「悠陽のやつしっかりやってくれたなぁ」


 突発的な停電に動揺を隠しきれない道化野郎を、暗視ゴーグルを用いて遠巻きから観察する。

 

 特段なにかをするわけでもなく、ボケーという擬音が聞こえてきそうなくらい立派な棒立ちだった。


 こいつが本当に(くだん)の連続殺人犯なのだろうか?頭の中で疑問符が大渋滞を起こしている。


 しかし、本当にコイツがボンクラな快楽殺人者だとしても気を抜く事は当然できない。


 ネットで出回っていた写真によると被害者には大きな創傷があり、例外なく頭部が潰されトマトのような姿に変わり果てていた。


 つまりコイツは斧とユートを併用して凶行を繰り返していた。

しかも殺傷能力が桁違である事に間違いはい。


 これから対峙する相手の底知れ無さに、内心恐怖を抱きつつも、両手に握る双剣に力を込める。

 

 本作戦はどちらかがしくじれば台無しだ。ここで日和って負けてしまえば、俺を信じてくれた悠陽に合わせる顔が無い。


 信じさせてしまった以上やり遂げる他に無さそうだ。気持ちを新たにし、大きく息をう。 

 

 今だ!!

柱から勢いよく駆け出し、無防備な背後に太刀を浴びせる。

 

刀剣は赤く染まり、真っ赤な飛沫(しぶき)が宙を舞った。


 道化師は前のめりになり、激しい痛みに苦悶の表情を浮かべている。


「どうした?クソピエロ!さっきみたいな余裕なツラを拝ませてくれよ!」


「この糞ガキが!!絶対に潰してやる」


 売り言葉に買い言葉、予想通り相手はこちらの安っぽい挑発に見事乗ってくれた。


 後は悠陽の容易したトラップまで誘導するだけだ。

相手とつかず離れずの距離を保ちながら、俺を追いかけて来るように促す。


「もう動けないのか?なら逃げるぞ。」


「大人を舐めやがって!お前だけは絶対に許さん!謝ってももう遅い!」


 怒りで頬を上気させて、こちらを睨みつける双眸(そうぼう)は、この暗がりの中で轟々と輝いていた。

 

 多分()()の暗視コンタクトを使っているんだろう。

だから暗がりでもこちらの位置が解ったんだ。


 でも、それなら話は早い。後は鬼ごっこをやり遂げるまでだ。


 全力疾走で細い廊下へ駆け込む。後ろに顔を向けると鬼の形相で追いかける道化野郎がいた。


 陸上選手顔負けの走力とスタミナである。

本当に怪我を負った人間なのか分からなくなってくる。


 トラップ地帯に引込め無ければ俺達は負けだ。

少しずつ詰められる距離に心臓が早鐘を打って応えていた。


「捕まえたぞ!糞ガキがぁ!!」


 遂に追いつかれ頭部を鷲掴みにされる。こんなにも人間離れした馬鹿力の前では、抵抗を試みるなんて愚かな事だ。


 形容しようのない無い激しい痛みに悶え、体の力はどこかへすり抜けていった。


「調子に乗ってた割に口ほどでもねえじゃねえか。まぁ、大人を舐めた罰だ。ここでトマトになれ。」


 頭部を握る力は、少しずつではあるが増している。多分これが奴のユート。指図め身体能力の強化か。 

 

ギリギリと頭が軋む音だけが鼓膜を震わせていた。

ここで抵抗を辞めれば今度は自分がネットで拡散される番になってしまう。勿論そんなことは勘弁だ。


 しかし、策がない。どうすれば……あともう少しだっていうのに……


「アァー!!何だクソ!!」


 先程まで館内を満たしていた暗闇がどこかへお暇していった。

急いでゴーグルを額へと上げると、眼を刺すような鮮烈な光に視界は今だボヤけている。


 目が慣れてくると身をよじって床で寝そべる道化野郎がいた。

 コンタクトタイプの暗視装置であることが、裏目に出たようである。腕の端末に急いで指示を出す。


「今だ!!防火扉を閉めろ!!」


「分かった!!」


 天井の窪みから少しずつシャッターが顔を出してくる。駆け足でそれをくぐり、床に降り切るのを待った。


 ピエロは依然として床に伏しており、立ち上がる素振りは無い。シャッターが締まり切るのを確認して、この場を後にする。


「悠陽、準備は良いか?俺は巻き込まれない位置にいる。大丈夫だ」


 玄関ホールに戻り一息ついた。ここまで来れば安泰だろう。力を抜いて、肩で息を吸う。


「分かったよ。作動するね」


 マイク越しにカチッと音がした数秒後、想像を絶する爆音が両方の鼓膜を揺さぶった。

 音が収まってきた今なお甲高い耳鳴りが、頭の中で反響している。


「セットした爆弾は全て作動させたよ」


「なら多分倒せただろ。これで終わりだ」


 些か鼓膜に残る痛みも、この命がけのやり取りが終わった事に比べれば大した事は無い。


 床に寝そべり、この空間から開放されるその時を心待ちにした。


 しかし、その時は一向に訪れる気配が無い。

大抵開放が始まるのは、生死問わず相手が戦闘不能になったとき。


 そして、遅くても一分以内に行われる。

必然的に、考えられうる最悪のケースが頭をよぎった。


 そんな筈はない。密閉空間での爆発に耐えられる人間なんているはずが無い。

ユートでも使わない限り。

そうか奴の本当のユートは……


「まったく……近ごろの若者は加減ってものを知らいね。悲しいよ……本当に。」


 声の主は、先程と全く変わらない五体満足な様子で現れた。


 図らずも指先から全身が冷えていくような恐れを感じている。やはり奴は生きていたのだ。


 最大火力の攻撃を凌ぎ切った鋼鉄の肉体を前に、勝利のシナリオは完全に瓦解(がかい)した。

今はただ自らの非力さを嘆くしかない。


「じゃあ、死のうか」


 素早く振り下ろされる斧を二刀で受け止める予定だった。しかし、剣は非情にも砕け、首筋の肉に重たい刃が食い込んだ。


 止めどない鮮血は上着を煌煌(こうこう)と光る赤に染め、体は力無く崩れ落ちた。


 瞼が閉じ切る前に見えたのは、満面の笑みを浮かべてはしゃぐ道化野郎の姿だった。

 

 

 

 

 


 



 


 

 

 


 






 


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ