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ミルズ・アンサー  作者: タカラ88
1章 キボウノヨアケ
1/5

STAGE1 日常が壊れた日

本作品は私の初投稿となります。至らない点もあると思いますが、温かい目で見て頂けたら幸いです。

 「はぁ……はぁ……」

 全力疾走して乱れた息を整えながら、手近な人気の無い路地裏に駆け込む。

 この路地は遅刻しそうな時によくお世話になったが、今だけはお世話になりたくなかった。


 まさか見ず知らずの人に追い回されることになろうとは、現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。


 運動不足のせいでもつれた足を引きずり、壁にもたれかかる。

 残念ながらこちらは丸腰。執拗に追ってくる不審者に立ち向かう術はない。

 こうなるんなら武道でも習っておけば良かった。

 非生産的な後悔に浸る。



「どうして僕がこんな目に…」


 堪え切れず、弱々しい言葉をこぼす。

ふと右手の腕時計型端末に目をやると、『紛争中』と訳の分からない文言が浮かんでいる。

これも全部お前のせいだ!

そう叫んでやりたかった。


 しかし、そんなことをしている場合ではない。

少しでも知恵を絞って逃げ切る方法を思いつくしかないのに、頭の中は昨日見たテレビ番組のことばかり、以外と呑気なんだな自分は。

 緊急時でも雑念の多い脳内に心底呆れた。


 しばらく、取り留めの無いことを考えていると、コツ…コツ…と靴音が近づいていることに気づく。


 早く逃げ出そうと踵を返すや否や不気味な男が静かに佇んでいた。奴だ。

 サーカスにいそうなピエロの出で立ちに、口角を異様に釣り上げ、不気味な笑顔を浮かべるその顔面。

 そして、その手には斧が握られている。

 疲れて走れない状況下では、まさに絶体絶命。どうすれば……


「お兄さんと一緒に遊ぼうよぉ〜。とぉ〜っても楽しいよぉ〜」

狂ったピエロはそう言ってジリジリと距離を縮めてくる。

 お父さん。お母さん。ごめんなさい。

今後のことはどうかよろしく。

 こんな、届くはずの無いメッセージに想いを込める。それしか思いつかなかった。




数日前…


「ピンポ〜ン♪」


 惰眠を貪ろうとする怠けた心を打ち砕くのは、玄関から鳴り響くチャイムだった。

寝ぼけ眼をこじ開け、かろうじてベッドから立ち上がる。


 昨日なかなか眠れなかったせいか、頭が鈍い。

 きっと今なら中学生向けの数学ドリルすら満足に解けないだろう。


 しかし、この回らない頭で考えなければならないことがある。そう、突然の来客の正体だ。


 枕元の時計を確認すると時刻は朝の9時を少し過ぎた頃。

 夜ふかしばかりしている友人が朝早くから訪ねてくるとは到底思えない。

 なら宅急便か。でも頼んだ覚えは……


「ピンポ〜ン♪」


 程良くエンジンを吹かし始めた思考に水を差す2回目のチャイム。

 さすがにこれ以上待たせるのも心苦しい。観念しよう。


「はい。今開けます」 


 小走りで玄関に行き、せわしなくドアノブを回す。


「おはようございます。宅急便で~す」


 現れたのいつもお世話になっている宅配のお兄さんだった。

 働き者で、優しい笑顔を絶やさない好青年。

こういう人を模範的な配達員というのだろう。密かに憧れを抱いている人物の一人だ。


 格好つけて、あれこれ考えた事が馬鹿馬鹿しく思えてくる。思わず緩む頬を慌てて引き締めた。


「ここにサインお願いしようかな?」


 いつもとは違う様子の僕を、気にする素振りはなく、いつも通りの笑顔で端末を取り出す。

変に思われていないようだ。静かに胸を撫でおろす。


 しかし、時代の流れは早いと再認識せざるを得ない。

 従来、宅急便といえばハンコかサインが常識だが、この会社ではここ数年でデジタル化が進んでいる。

 アナログ好きの奇特な若者としては少し違和感を抱くところだ。


 促される通り人差し指で液晶画面に触れると、向こうから話しかけてきた。


「何か良いことあったの?良かったら教えてよ!」


「まさか、昨日のお笑い番組の思い出し笑いですよ」


 やっぱり反応してくるか。話好きのお兄さんには意外と観察力がある。


 例えば、この前は、僅かなペンだこからレポートで四苦八苦してたの見破られったっけ。

 油断できない人なんだよなあ。この人は。


「話題は変わるんだけどさあ、最近物騒だよね。変死体がまた見つかったみたいじゃない」


 唐突な急転換、今度は巷を賑わせるあの事件の話を振ってくる。

 しかし、本当に気まぐれな人だな。


「そうですよね。確かこれで7件目でしたっけ。僕も用心しなきゃいけませんよね」


 取り敢えず無難な返事をしておく。興味は無いが、どうやらネット上では死体の写真が拡散され、特に若者の間で議論が白熱しているらしい。

 人間業ではないとか、超能力者の仕業とか、そんな根拠の無い素人の三文推理が電子世界を闊歩している。

 実に馬鹿馬鹿しい。


「やっぱり、怖いよね。俺も最近は深夜のコンビニ我慢してるんだよ。最近はコンビニもスイーツに力入れてるじゃない!それを夜遅くに食べる背徳感がたまらないんだよね〜」


「そうですか……実は最近、僕も本屋に立ち寄るのを控えてるんですよ。いつ何処に犯人がいるかわからないですから」


「本好きの悠陽くんが!それは大変だ!でも、犯人は何処にいるか分からないからね。仕方がないよ!」


 今日はやけにテンションが上がっているご様子だ。

 好きな物を我慢しているならそれ相応の気分になりそうなものだが、持ち前の明るさで気丈に振る舞っているのだろうか?

 もしも営業用の自分を演じているとしたら、なんだか気の毒な気分になってくる。


「まあ、犯人が捕まるまでお互い気をつけようね。もしかしたら近くにいるかもしれないし。いや、案外君の知ってる人だったりしてね」


「止めて下さいよ。そんなこと」


 そう言い残して、お兄さんは駆け足で配達トラックに乗り込み、車を走らせた。

 トラックはほんの10秒足らずで、視界の片隅へと追いやられていく。

それを見送ってドアノブに手をかけた。


 先程受け取った無地の黒ダンボールを抱えて部屋に戻ると、先程の会話が自然と頭の中で再生される。


 (……君の知っている人か…)


他愛もない冗談のはずなのに、なぜか頭に強くこびりついていた。


 考え過ぎだ。頭を振り、思考の沼からの脱却を図る。

 勘ぐりすぎたってどうせ杞憂で終わるだけだ。そんなことより明るくてワクワクする事を考えたい。


 そうだ。早速、さっきの荷物を開封して見よう。

この時期に買い物をした覚えが無い以上、これは懸賞で応募した景品である可能性が高い。

まず両親の仕送りなら、必ず事前連絡がある。つまり、送りつけ商法で無い限り、これはプレゼントだ。


 もしかしたらサイン色紙でも入っているかもしれない。

心を躍らせて、ダンボールにハサミを入れていく。

するとものの数秒で中身とご対面出来た。


 高級感を醸し出す光沢のある黒い小箱と新緑の若葉を連想させる明るい黄緑の手帳が、静かに横たわっていた。


 送り主の色彩のセンスを疑いたくなったが、取り敢えず中身を確認してみる。

 まずは手帳に手をかけた。

 表紙には『幸福者手帳』『日本幸福機構』とだけ書いてあり、高校生時代の味気なくて硬苦しい生徒手帳のデザインが想起される。

 しかし、このいかにも怪しい字面に、図らずも興味を掻き立てられる気持ちがあった。


 そして、最近の宗教勧誘は、随分お金がかかっているものだと少し呆気に取られたが、だからこそ、読まずに捨ててしまうのは不義理だと思ってしまう節があるのも否定はできない。騙されたと思って読んでみるか。

不信感と好奇心の入り混じった感情に駆られるまま、指先でページをめくろうとする。


「ピピピ……ピピピ……」


 黒い箱から唐突に、顔をしかめたくなる程の電子音が鳴り響いた。


 このアパートは見かけより壁が薄ッペらい。

以前の苦い思い出が脳裏に浮かび、体中の血の気が引いていくのを感じた。


 バラエティ番組の洋楽空耳特集を見た友人が、深夜にも関わらず特大ボリュームで笑い転げたあの時。

 知らん顔を決め込む彼をよそに怒り心頭の隣人に平謝りしたのは僕だったっけ……


 ここらで回想の世界から戻り、急いで箱を開けてみると、中に入っていたのは今どきの腕時計型情報端末だった。 

 画面には『装着して下さい』という黒文字が白い壁紙を背景に表示されている。


 迂闊うかつだった。箱を開封する前に宛先を確認すべきだった。

 怪しい荷物なんてそう届かない、自分には緑の遠い話と盲信していた自分の危機意識の欠如を深く恥じる。

 そもそも手帳が入っていた時点で無視をすれば良かった。僕は本当に馬鹿だ。

 

 でも、背に腹は替えられ無い。2度とあんなに怒り狂った隣人に頭を下げるのは御免だ。

 なら少しでもこのやかましいアラームを止める方に賭けてやる。 

 半ば自棄になりながらも、しっかりと腕にベルトを巻きつけた。


 すると確かにアラームは止まり、暗転した画面は自分の冴えない顔を反射している。

 取り敢えず、この騒音が止まって本当に助かった。 

 当分は、頭を下げずに済みそうだ。安心して床に仰向けで寝そべった。


 そう脱力している間に、ディスプレイにはダウンロードバーが表示され、何やら怪しげなことが始まっていた。

 しかし、この時の僕はそれに気が付くことが出来なかった。

 


 

この度は最後まで読んで頂きありがとうございました。感想、意見、アドバイスなどを頂けると筆者の励みになります。今後も、より一層、読者の皆様に手にとって頂ける作品を目指して邁進していく所存です。

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