第3話 ローゼン・スターク
列車は南北に延びるハンマーグラード山地の峠を走っていた。
車窓から見える景色は、すっかり冬の景観に移っていてモミの木が雪をかぶっている。
ジャックは首筋に鋭利な冷気を感じた。
アイリスに招待されたスイートルーム。
その部屋の中は剣呑な雰囲気に包まれていた。
「ほう――――」
「……ッ」
白髪の老人が、ジャックの首筋に剣を突きつけていて、ジャックが刀を抜いてそれを防いでいた。
十字に競り合う刀が耳障りな金属音を立てている。
老人の目つきは鋭く、半月状の目が確かな殺意を持っていた。
「ローゼン!!お客様よ!!」
アイリスが叫んだ。
するとローゼンは剣先にこめる力を緩めず、目線だけアイリスに向ける。
アイリスの目を見て、再びジャックに戻すと少し考えてから剣筋にかかる力を緩めた。
ローゼンは剣を鞘に収めながら、嗄れた声で言った。
「そうでしたか。それは大変無礼をいたしました。何卒ご容赦ください」
ローゼンは胸のあたりに手を添えて機械のようにお辞儀をした。
アイリスも慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい・・・・・・。今ちょっと物騒な時期でみんな気が立ってて」
みんな、という言葉が引っかかり、ジャックは周囲を見回した。
すると。
魔術を今にも発動せんばかりの手が、ジャックに向けられていた。
それを向ける人々は、どれもメイドや執事の格好をしていて、殺気のある瞳をジャックに向けている。
ローゼンが後ろ手に手を上げると、彼らは敵意を解いた。
構える手を緩めて、おのおの給仕に戻っていった。
「本当、ごめんなさい」
再びアイリスが頭を下げた。
「あ、ああ……大丈夫だけど」
ジャックは剣を納めながら言った。
「それより、物騒な時期ってどういうことだ?」
ジャックが聞いた。
すると、アイリスは困った顔をした。
口に手を添えて言うかどうか迷っている様子だ。
「お嬢様」
ローゼンが厳格な声で言った。
「何はともあれ、まずはお食事になさいましょう」
ジャックの傍らに、お腹を押さえて力ない顔をするサラの姿があった。
○ × △ □
ーーーーゴクリ。
給仕たちが持ってきた食事に、ジャックは喉を震わせた。
オーロラエビのカルパッチョ。
スタンローザ地方に生息する翼を持った狐のような猛獣、リルカバネのソテー。
などなど、ジャックが今まで見てきた何よりも彩りのある光景にジャックは目を見張った。
一瞬で食べ終えた。
口元をナプキンで拭きながら、ジャックは 「さっきの話に戻るけど……」と前置きして、
「物騒な時期ってどういうこと?明らかにさっきの雰囲気はただ事じゃないでしょ」
すると、アイリスは食事をする手を止めた。
フォークを机に置きながら、何か言おうとはしているが言葉は口から出ることはなく喉あたりでわだかまっていた。
するとローゼンがアイリスの空いたグラスに紅茶を注ぎながら、
「私からお話しいたしましょう」と言った。
「ローゼン・・・・・・でも・・・・・・」
「大丈夫。私の剣を止める男です。あやつらごときに殺されやしませんよ」
何やら、剣呑な雰囲気をジャックは感じ取った。
相変わらず給仕たちから漂う微かな殺気。ローゼンの重々しい口調。
アイリスの伏せた目。
それらの理由を代弁するように、ローゼンは語り出した。
登場人物
ジャック・アゼルバーン
サラ・シュガーズ
アイリス・シュガーズ
ローゼン・スターク
次回登場人物
同上