閑話休題 フィオナと夜
次回より、本編に戻ります
月さえ沈んだ真夜中。
それは唐突に訪れた。
「いッ……!!」
ジャックは飛び起きた。
「シーッ、みんなが起きちゃうでしょ!!」
「…………フィオナ?」
暗い部屋の中、すぐそばから囁き声はフィオナのものだった。
脇腹に鋭い痛みが残っている。多分思い切りつねられたのだろう。
「……どうしたの、こんな真夜中に……」
今は何時だろう。ジャックは体感で、3時くらいだと感じていた。
フィオナは窄めたような口調で言った。
「あんた……トイレ行きたくないの?」
「……え?」
「もし行きたいなら、付いていってあげてもいいわよ」
「…………」
しばらく、暗闇の中のフィオナらしき影をジトっと見た後。
――――やれやれ。
ジャックは布団の温もりを名残惜しくも手放した。
○ △ × □
そして、トイレの前。
ジャックは用を足すフィオナを待っている。
「あんた、なんかずっと喋ってなさい」
無茶な注文である。
今は誰もいないからいいが、もし誰かがトイレに来たら…………。
真夜中にトイレ前で一人談笑する男になっしまうじゃないか。
とりあえず、フィオナに話を振ることにした。
「フィオナは休みの日とか何してるの?」
「はぁ?商人に休みなんてあるわけないでしょ。時間が少しでも空けば店を回るわよ。売れそうな商品とかアイデアを探してね!!」
「……ああ、市場とか回ってるんだ」
「その中でも私は嗜好品が多いわね。茶葉とか豆を取り扱っている店は、中央市場だけでも200店以上あるから」
「そんなにあるんだ。行ったことないから分かんないけど」
「じゃあ今度連れてってあげるわ」
と、フィオナが行った頃、ちょうどトイレのドアが開いた。手を拭きながらフィオナが出てくる。
「でも、私が本当に売りたい茶葉はどこにも無いのよね」
「え?どういうこと?」
「小さい頃に、私、アイリスの家で食事をしたことがあったの。
当時の私にはどれも見たことない料理で、とてもワクワクしたわ。
でもその中で、もっとも度肝を抜かれたのがその時ローゼンさんが入れてくれたお茶よ。
ローストポークでもラムチョップでもエクレアでもプディングでもなくね!!」
お茶?
ああ、そういえばとジャックは思い出した。
ブルーエクスプレスでご馳走になったときに飲んだお茶も、香りが凄かった覚えがある。
「そう!!香りが他とは桁違いなのっ。氷輪花の花弁から出たエキスを茶葉に移しているんだけど、これが素晴らしいのよ!!」
フィオナは頬を紅潮させながら手をグッと握った。
おおかた、彼女の中でそれを売りさばく好奇心が暴走しているのだろう。
「でも……っ」
フィオナは心底悔しそうな顔をした。目をきつく瞑り、歯がみしている。
「香りのエキスの効果は、3時間しか持たないの。 シュガーズ領内からここへ運んで来ている間に、その香りは失われてしまうわ。
たとえグレンジャー商会所有の最速飛竜船、グラスバードを使ってもね」
「そうなんだ。……えっと、愚問だけどその花ってレッドフォースの気候には……」
「合わない。寒い気候じゃないと芽さえ出さないの」
「でも」と今度は、両手を胸の前でグッと握る。
フィオナはその目に闘志のような炎をたぎらせながら、
「絶対売ってみせる!!それで私は億万長者になるのよ!!」
その焼き尽くさんばかりの炎の前で、ジャックは「……がんばって」とエールを送った。




