閑話休題 アイリスと夜
皆が寝静まった頃。
二段ベッドが2つあるその部屋に、窓から月の光が静かに差し込んでいた。
窓の奥には薄暗い森があり、時折フクロウの鳴く声がどこからか聞こえた。
そんな涼やかな静寂の中。
「ジャックさん……起きてますか?」
ささやき声がした。
ジャックは重そうに瞼をあげると、目の前に眉を八の字にした、アイリスの顔があった。
「……あれ、アイリス…………どうしたの?」
目をこすりながら、ジャックが尋ねた。
よく見れば、傍らにものすごく眠そうなサラがいた。立っているが、半分寝ている。
「……すみません。お休みのところ……」
「いや、構わないけど……。どうしたの?」
ジャックが訊くと、アイリスの顔が少し赤らんだ。
サラの手を握りながら、もじもじしている。
何かを言いたそうなアイリスの顔を見ていると、ジャックは何となく察した。
布団をはぐって、ベッドから出る。
「行こうか。トイレでしょ?」
声を潜めて,アイリスの耳元でジャックが言うと、
「すいません……。怖い話しちゃったから中々一人で行けなくて……」
サラを起こしたが、この調子だ。半分寝ている。
頼りにはならないだろうね、とジャックはサラに苦笑いを送った。
だがさすがは5歳の妹、サラは欲求に素直である。
トイレのドアを前にすると、姉より先にトイレに入ってしまった。
「…………」
「…………」
深夜――――。
トイレの前で、美少女と二人きり。
ジャックは素直に気まずいと感じた。いたたまれなくなり、アイリスに話を振る。
「アイリスは、学校が休みだった日とか何してたの?」
ジャックがそう訊くと、アイリスは「そうですねー」と、顎に指を当てた。
「お母さ……、お母様とよく、お料理とかしてますね。
まだ私が作れるのはお母様が考案したレシピだけなんですけど」
「へぇ。例えばどんなのがあるんだ?」
「んー。得意なのは、ミカンのパイですかね。市場に行って自分でミカンを選ぶところから始めるんです。
結構自信あるんですよ。まだまだお母様のには敵わないですけど」
「おいしそうだね……」
時間柄、食べ物の話はまずかったようだ。
ジャックは空腹を感じ始めた。
「今度ごちそうしますよ」
アイリスは微笑みながらそう言うと、「ジャックさんは料理されないんですか?」と訊いた。
「基本的には外で食べてたかな。レナード……。僕の育ての親は魔法とか剣は教えてくれたけど、それ以外は面倒を見てくれなかったから」
自分でクエストや仕事を見つけて、そこで食費とかを稼いでいた。
「あ、でも」と思いついたようにジャックは続けた。
「パンは作ったことあるよ。泊まりがけの討伐とかでご飯用に……」
――――イースト菌の分量を間違えて、食べ物ではない何かに膨らんだけど……。
ジャックが苦笑いを浮かべて回顧していると、アイリスは感心の声を上げた。
「パンって奥が深いですからね。作ったことあるなんて凄いです」
「イースト菌を、小麦粉と同じくらい入れたことを除いては、うまく作れた自信があるよ」
「どんなパン作ったんですか!?」
そう話している内に、ジャーっと音がした。
それとほぼ同時に、サラがトイレから出てきた。
眠気はまったくとれていないようだ。
続けてアイリスが入った。
扉を閉める直前、アイリスは困り顔で言った。
「耳を、塞いでおいてもらえますか?」と。
「…………」
その後、わずかな隙間を潜って、ジャックの耳に届いた「シャーッ」という音は。
きっと、窓の外から聞こえる、変わった虫の声に違いない――――。
本筋とは関係ないです
次回、フィオナ編です。閑話休題は、読み飛ばしていただいても問題はありません。




