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第16話 蛇種《スネイル》

 ルクシャワの森は5キロメートルくらいだった。

 何とか、日が完全に落ちる前に森は抜けて、今は葡萄農家の家に一泊している。


「問題は明日ね」


 寝室で、蝋燭の火に照らされながらフィオナが言った。

 寝室は男女分けられなかった。

 それもまぁ当然か。宿場じゃないんだから贅沢は言えない。


「明日は大樽っていう荷物があるから今日みたいにスイスイ行けないわよ。今日は幸運、ったく、帰りにこのクジ引きたかったわ」


 フィオナが二段ベッドの上から言った。

「私が上であんたが下!!」

 寝室に来るなり、念を押すようにジャックは何度も言われた。

 ジャックが上でどうしても寝たいとでも思っているんだろうか……。


「それより」


 ジャックが言った。

 部屋には二段ベッドが二つ置いてあるのだが、ジャックは向かいのアイリスに目を向けた。下の段だ。


「アイリス、なんであのとき叫んだの?」


 ジャックはそのことを道中ずっと疑問に思っていた。


「ダメッ!!」



 アイリスの放ったあの叫び声が、今でも耳に残っている。

 アイリスの声を聞き、ジャックはあと1ミリ、というところで刀をピタリと止めた。

 鋭い風圧がその場に散った。


 スネイルはその後、逃げ出してしまったのだが、なぜアイリスはジャックがあの蛇を斬ることを止めたのか、ジャックには分からなかった。


「あれは蛇種スネイルといって、凄く仲間意識の高い魔獣なんです」


 アイリスの顔に陰がさした。


「一体殺せば、その血の匂いを頼りに大量に押し寄せてきます。その数は『西ゼルウィードの魔獣のすべて』に記されていますが、まるで海のごとく蛇が地を覆い尽くしたとか」


 一同は息を止めた。

 ジャックだけは表情を変えず、アイリスの顔を見据えている。


「しかし、恐ろしいのはここからです」


 アイリスは続けた


「敵討ちをしにきたスネイルを殺してはいけません。その身に浴びるスネイルの血を濃くすると、さらなる脅威が襲います。

 臣蛇種ヒュドラ、王蛇種ナーガとその脅威は増していき――――、」


 これは神話上でしか登場していないのですが、と前置きして神妙な口調で言った。まるでその名を口にすることすら、恐れているようだった。



「神蛇種、バジリスクが襲来します」



 沈黙が流れた。

 やがてその沈黙を息苦しく思ったのか、フィオナがわざと軽い口調で言った


「ただの昔話でしょ。気にすること無いわよ」


 しかし、アイリスの真剣な面持ちは崩れない。


「グレイスマグナ地方。王都から東にある地域ですが、その内の一国に遺跡があります。そこには大量の白骨体とともに、蛇の骨もたくさんあったそうです」


「これ以上怖がらせないでよ!!今晩寝られないでしょーっ!!」


 フィオナが枕を投げた。

 その枕は、ボフッとアイリスの顔に埋まる。

 アイリスは意識を取り戻したように、「ごめんなさい」とあわてて謝った。


「…………」


 ジャックは黙っていた。

 顎に手を当てて、考え事をしているようだ。

 そのとき、ジャックは何やら視線を浴びていることに気づいた。


「もう寝るわよ!!」


 アイリスが二段ベッドから飛び降りて、蝋燭の火を消した。


 火が消える直前に、ジャックは見た。

 ルイが自分に、羨望に似た視線を注いでいるのを。

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