第11話 グレンジャー商会
「お金が足りない……」
翌朝。
起きても、カレンダーに書き込んだ『支払い期日』という文字が消えることはなかった。
所持金は銅貨60ゴルン。
金貨に換算するなら0,4ガレオンである。
2週間で、8ガレオンなど稼げるわけもない。
ジャックは木の机の上にある銅貨に、妙に頼りがいを感じた。
――――仕事を探す、か。
結局それしかない。
ジャックは掛けておいた黒い外套を羽織りながら部屋を出た。
向かった先は事務だった。
この街の勝手が分からないので、管轄外といわれたらそこまでだが、幸運にもロビーの端に求人の張り紙があった。
張り紙は、深い緑色のボードに画鋲で留めてある。
ジャックがその掲示板の方へ歩いていると、はたと思い出した。
掲示板。
羊皮紙の紙。
お金……。
「あ」
ジャックは、レッドフォート駅で見た、モンスターの討伐以来の張り紙のことを思い出した。
○ △ × □
寮に一台しかない、電話機はレナードの家にあるものとは形が違っていた。
どうやら最新式らしい。
最初、ジャックは使い方が分からなかったが、つついているとなんとなく理解した。
呼び出し音が数回して、相手が出た。
『もしもし、グレンジャー商会ですが』
女性の声だ。秘書みたいな雰囲気の声だった。
「……すいません。ジャック・アゼルバーンというものです。朱海に出るというモンスターの張り紙を見たんですが」
『参加希望者ですか?』
「あ、はい。そうです」
『それはありがとうございます。希望者が少なくて困ってたんですよ』
どうやら職にありつけたらしい。ジャックはホッとした。
『ですが……』
受話器の向こうからパラパラと音がした。
紙をめくっているような音だった。
『実際に会って簡単な面談をしたいんですが……あいにくこの先、スケジュールが空いてなくて』
再来週の水曜日以降なら大丈夫だと言う。
それでは期日に間に合わない。
ジャックがどうしようかと考えていると、女性が躊躇いがちに言った。
「今夜、グレンジャー商会の会合があるんですけど、来られますか?」
○ △ × □
指定された場所は、『トムリーパーの鳥鍋屋』という鍋屋だった。
仕事終わりらしい人々が続々と集まっている。
店に入った瞬間、食欲をそそる蒸気がジャックをポッと包んだ。
店内は広く、奥行きがあった。
かなり長い木のテーブルがシンメトリーに8つ置かれていて、それぞれで団体が宴会を開いていた。
「あれ?どこぞで見た少年じゃないか」
声を掛けられた。聞き覚えがある。
おそらくいい思い出では決してない記憶が、ジャックの中でよみがえった。
「フィオナ…………」
「さんをつけなさいよ。割り引いてもらった相手でしょうが」
片手にジョッキを持った吊り目の少女。
それをぐびっと呷って、フィオナは口元の泡を手で拭った。
――――おじさんくさいな……
ジャックが眉をひそめていると、
「ジャック・アゼルバーンさんですか?」
と言われた。
女性の声だ。こちらも聞き覚えがある。
電話の声の主は思ったより大人の女性ではなかった。
身長はフィオナとあまり変わらない。
女性にしては平均より少し小さいくらいじゃないだろうか。
しかし、彼女の瞳に宿る光には、明らかな聡明さがあった。
「クレア・オリアスです。このたびはわざわざご足労いただきありがとうございます」
クレアと名乗ったその女性は握手を求めながら言った。
細く綺麗な白い指だった。
しかし中指には、よく見るとペンだこがある。
ジャックはその手を握った。
握りながら、クレアの後ろに立つ少女に目を丸くした。
「ジャックさん!?」
「アイリス…………さん。あれ、どうしてここに……」
アイリスも驚いた様子だった。
楚々と手を口に添えている。
「グレンジャー商会の支部がシュガーズ領内にもあるんです……。そこで小さい頃からフィオナとは仲良くしていて……」
アイリスが言うと、ジョッキ片手にフィオナがアイリスに飛びついた。
肩を組んで、じゃれ合っている。
「そうそう。私達マブダチってやつなの。言っておくけど君、ジャックとかいったわね。アイリスに手を出したらマジで殺すから」
笑いながら言ったが、目は告げていた。冗談ではないと。
「フィオナ、もういいですか?」
クレアが口を挟んだ。
彼女は、ジャックの方へ向き直る。
「それではジャックさん。朱海に出没するモンスターについてですが」と本題に入った。
「大変凶悪です。そのため、それ相応の実力が求められるのですが腕に自信はおありですか?」
「…………さぁ」
ジャックは自分の実力を知らなかった。
比べる相手がこれまでいなかったのである。
師匠のレナードは褒めるということを全くしない人だったし、倒してきたモンスターが世間的にどれくらいの立ち位置なのかも知らない。
極めて冷静に自分を分析し、情けなくなっているジャックに「大丈夫ですよ」と言ったのはアイリスだった。
無邪気な声で言う。
「ジャックさんは、グリムリーパーを一撃で倒したんですから」
アイリスが口走った瞬間、フィオナとクレアの目の色が変わった。
クレアは驚きに目を見開いている。
「一撃で……」と小さい声で繰り返した。
一方フィオナは、鋭い目をしていた。
「へぇ」と言いながら、ジョッキに口をつける。
ジャックは品定めをされている感じがして、少し寒気を覚えた。
「いいよ。採用」
フィオナが言った。
「ただし」
剣呑な声で、続ける。
「…………」
「受領金60ゴルン、よろしく♡」
「…………」
ジャックは目の前が真っ暗になった。
次回登場人物(予定)
ジャック・アゼルバーン
フィオナ・グレンジャー
クレア・オリアス




