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転校生が来るのよ

 現実世界に目覚めてもしこりが残った。バレットという名の魔法少女は何者なのか。敵ではなさそうだが、素直に味方と信じるには素性が分からなさすぎる。とはいえ、夢の世界で出会った少女のことなど、いくら考えても詮無き事である。朝食時も浮かない顔をしていたのだが、母親からはいつものことだと認識されたようだ。


 真帆の気分を反映するかのように、テレビのニュースは暗い内容を扱っている。殺人事件で若い女性が命を絶たれたなど、他山の石と思ってもいい気分にはならないものだ。真帆の食事のスピードは速くない。だが、今日は特に「お姉ちゃん早く食べないと遅れるよ」と真奈から急かされるほどだった。


 ようやくトーストの最後の一口を牛乳で流し込んだ頃、ニュースも最後の話題を放映していた。

「次のニュースです。全国各地で少女が不審死している問題でまた新たな犠牲者が出ました。仙崎市に住む十五歳の少女が昨日朝七時ごろ、自宅で意識不明の状態になっているところを発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。少女には外傷はなく、眠っている間にそのまま息を引き取ったようだとのことです。同様に十代の女性が早朝に不審死する事例が相次いでおり、原因は調査中。警察では事件性が薄いことから流行性の病の可能性が高いと見ています」

「これ、怖いよね。鹿岡かおか市でも起こったりするのかな」

「真奈、縁起でもないことを言うのは止めなさい。嫌よね、朝から暗い話題を出して」

 無邪気にテレビを指差す真奈を母親が諫める。


 半年ぐらい前より、早朝に少女が突然死するという事例が相次いで報告されているのだ。一様にして外傷はなく、それこそ眠っている間にそのまま命を絶ったようだという。ネット上では心臓まひで死んだという見方が大勢である。予防しようにも、原因が病気の可能性が高いので、それこそ手洗いとかうがいをしましょうレベルのことしかできない。


 ニュースが気になりもしたが、母親から「遅刻するわよ」と促され、ドタバタと家を後にする。不審死についても日常茶飯事のことではない。過度に心配することはないと、真帆は胸に言い聞かせるのであった。


 学校に到着すると、同級生たちが妙に色めき立っていた。大抵男子たちがバカ騒ぎしているのだが、今日はその度合いがひどくなっているようである。盆と正月が一緒に来たようなんて慣用句がそのまま適用できそうだ。


「真帆、おはよう」

 時雨が手を振る。他の女生徒と談笑していたのか、朝からはち切れんばかりの笑顔を振りまいている。


 挨拶を交わすと、真帆はさっそく今朝の喧騒について尋ねてみることにした。

「今日はいちだんと騒がしいけど、どうしたの」

「知らないの。転校生が来るのよ」

 返答で納得した。新たな級友が増えるのだから、盛り上がらない方が嘘である。

「しかも女子だというからさ。男子はもう猿山みたいにはしゃいでるわけよ」

「なるほどね」

 二人して苦笑する。とはいえ、真帆も気になりはした。進級してから三か月という微妙な時期での転校である。一体どのような人物がやってくるのか。


 やがて、予鈴とともに担任の和田先生が「お前らうるさいぞ」と教室に入って来る。蜘蛛の子を散らしたように生徒たちは着席するのだった。

「さて、朝のホームルームの前に今日から一緒に勉強する仲間を紹介したいと思う」

 「よ、待ってました」という男子生徒のよいしょに、「はしゃぐんじゃない」と雷が落とされる。とはいえ、高揚して落ち着かないのも事実だった。クラス中の注目を集め、いよいよ転校生が教室に入って来る。


 途端、全員が息を呑んだ。透き通るような長い黒髪。モデル体型の長身で、胸やヒップラインが強調されている。厳しく凛々しい目つきは同じ中学二年生とは思えないほどだ。

 彼女の姿を認めた途端、真帆はつい大声をあげそうになった。静寂する雰囲気に呑まれたため、どうにか悪目立ちすることは防げた。


 なにせ、彼女とそっくりの少女をつい数時間前に目撃したことがあるのだ。だからといって、「ちょっと前に会いましたよね」と確認することなどできない。なにせ、出会った場所が夢の世界だからである。

 真帆が見ていた夢からそのまま飛び出してきたなんて言っても嘘ではない。それほどまでにあの魔法少女とうり二つだった。とはいえ、他人の空似という線もありうる。当惑する真帆など意に介していないのか、転校生の少女はすまし顔で教室全体を見渡しているのだった。


 黒板に和田先生は「内海里奈」と板書する。その間も少女、里奈は緊張する面持ちもなく、人形のように佇んでいた。

「彩珠から父親の仕事の都合で転校してきた内海里奈さんだ。みんな仲良くするように。内海、みんなに自己紹介を頼むぞ」

「内海里奈です。よろしくお願いします」

 落ち着いた口調で手短に挨拶を済ませると、たおやかに一礼した。転校生の第一声としては物足りなくはあったが、そんなのは些末事と感じさせるぐらいの存在感があった。


 里奈が教室後方の席に座り、流れるように授業が始まる。とはいえ、里奈一人が加わっただけで教室全体が浮つき、先生から指名されても的外れな答えを返してしまう生徒が続出した。優等生として名を馳せていた文ですらつまらないミスを犯す始末だった。


 そして、休み時間になるや、待ちわびていたように里奈の席へ生徒が殺到するのだった。

「内海さんはどこから来たの」

「部活はどこに入るつもり」

「趣味は」

 人気タレントが記者会見を開いた時ぐらいの盛況ぶりだ。興奮する生徒たちとは正反対に、里奈はそつなく答えていく。時折愛想笑いをするが、あくまで愛想笑いだった。素顔はずなのに仮面をつけてしゃべっている。そんな錯覚すら起こさせたのだ。


 時雨も質問責めに加わってしまい、真帆は蚊帳の外に置かれる。里奈には確かめたいことがあるのだが、人だかりの中に飛び込む勇気はない。晴れようが無いもやもやを抱えているしかなかった。

 ただ、真帆の胸の内のわだかまりを払しょくする機会は案外早く訪れる。業後の教室掃除の当番に真帆が任命されたのだが、なんと、里奈もまた同じ班に加わったのだ。他の女生徒は既に里奈とは話し足りたらしく、仲間内で戯れながら適当に掃除を進めている。


 運命のいたずらというべきか、真帆は里奈と組んで掃き掃除をすることになった。現在のところ、最初に「よろしく」と言い合ってから会話らしい会話はない。ラブコメでいうところの、初めてデートに出かけて気まずい主人公とメインヒロインであろうか。


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