ポーションガチャを引く権利をあげよう
ドリームワールドに到着すると、既にドロシーの姿に変身していた。待ち構えていたようにネムが姿を現す。
「もう変身しちゃっているんだ。魔法少女は変身する時が醍醐味なのに」
「この世界ではいつ夢魔に襲われても不思議じゃないからね。眠った瞬間に自動的に変身するようになっているんだよ」
魔法少女好きとしては、自動変身システムは風情が無かった。利便性を優先するなら致し方ないことではあるが。
「そうだ。君に渡しておきたいものがある」
ネムが前足を合わせると、ポンという音とともにガチャガチャの機械が出現した。冗談かと思ったが、どう見てもスーパーや駄菓子屋に置いてある、一回数百円で回すことができるガチャガチャだ。風景が現代日本のおかげでミスマッチではなかった。けれども、魔法少女にガチャガチャとはあまりに不釣り合いである。
「魔法少女になった初回特典として、一回無料でポーションガチャを引く権利をあげよう」
「ソーシャルゲームみたいですね」
げんなりするが、無料でもらえるのならば、もらっておいて損はない。
「ちなみに、ポーションとは何ですか」
「魔法少女の戦いを有利に進めるアイテムさ。ヒーローもメダルとかカードを使っているだろ」
日曜朝の番組を見ているからしっくりきた。ベルトのついでに関連商品も買わせようというおもちゃメーカーの策略だろう。
さっそくレバーを回すと、ガチャコンという音とともに白色の液体が詰まった小瓶が排出された。ラベルには象形文字のような判読不可能の文字が刻まれている。
「珍しいものを引いたね。それは『トゥルーシン』というんだ。どんな効果を発揮するか、ボクたちもまだ把握できていない。でも、レア度は高いから、いざという時に役に立つかもしれないよ」
未知のポーションを手に入れたところで、どう反応していいか困り果てるのだった。とりあえず、レア度が高いということをお守りにしておくしかない。
ネムに別れを告げ、パトロールを開始する。どうやら、夢魔が出現するエリアにはムラがあるようだ。ハエの子一匹いないと嘆いていたが、しばらく進んでいくと一気に三体の夢魔と出くわしてしまう。似たような液体状の生物の集団。ステータスには「夢魔スライムLV1」と表示されていた。
ゴブリンと並ぶ雑魚モンスターのスライム。ゲームを始めたばかりに戦うには適正といえた。
「覚悟しなさい、夢魔スライム。私は夢と希望を守る星の魔法少女、ドロシー。あなたたちの野望は私が阻止するわ」
大見得を切って名乗り口上を繰り出す。しかし、スライムはプルプルと蠢くばかりだ。意思疎通できるかどうかすら怪しい。
第三者が目撃していたらこっ恥ずかしい姿を披露してしまい、穴があったら入りたくなる。だが、夢魔スライムに魔法少女の事情はどうでもいいことだ。集団内の一体が全身をバネにして飛び掛かって来る。
素直にダメージを受ける義理は無い。ドロシーは飛び上がって回避を試みる。軽く跳ね上がったはずなのに、走高跳の一番高いバーをクリアできそうな跳躍力を発揮する。変身前のドロシーでは考えられない所業だった。
着地を確認し、夢魔スライムは突撃を再開する。執拗に体当たりを仕掛けるスライムに、ドロシーは拳を繰り出す。
闇雲にぶちこんだ拳を受け、夢魔スライムは数メートル後方に吹っ飛ぶ。小動物相手とはいえ、女子中学生が出していい膂力ではなかった。実際、夢魔スライムの体力ゲージは僅かに減少していた。
どうやら、変身することで身体能力もかなり上昇しているようだ。むしろ、そうでもなければ小鬼やらスライムとまともにやり合うことなどできない。
感心していると、残り二体のスライムが一斉に襲い掛かって来る。おっかなびっくりしてばかりではいられない。両手を広げると、一心不乱に叫んだ。
「シューティングスター!」
星形の弾丸が二体のスライムに同時に命中した。地面へと墜落して、体力ゲージが半分削られる。
仲間が致命傷を負った腹いせか、残る一体のスライムがいきり立って飛び掛かって来た。対抗しようにも、使える魔法は一種類しかないので仕方ない。
「シューティングスター」
星形弾丸で迎撃する。無我夢中で魔法を放っているうちに、スライムたちの体力は尽きていった。
敵を全滅させたことでファンファーレが鳴り響く。特撮でいえば戦闘員戦をこなしたに過ぎない。けれども、ドロシーは尻を地面につけるのだった。楽々レベルアップはさせてもらえないようで未だLV2のままだ。逆に言えば、あっさりとLV99に到達してしまっては面白くない。気楽に討伐させてもらおうと、ドロシーは歩みを進める。
ところで、市販のテレビゲームだと主人公のレベルが低いうちは、出現する敵のレベルも低く設定されている。ある意味ご都合主義の賜物だが、最初からレベル99のモンスターが出てきてしまってはゲームにならないのも事実だ。
これまで戦ってきたのはLV1の夢魔ばかりだが、この世界にも同じ理論が適用されているのだろうか。なんて、油断した矢先だった。
ドロシーの進行方向を塞ぐように仁王立ちするトカゲ男。トカゲのくせに二足歩行しており、プレートアーマーと短剣を装備していた。特有の枝分かれした舌をちらつかせ、今にも切りかかろうとしている。
外見からして強敵の雰囲気を醸し出している。とりあえず、相手の名前を確認する。ゲージの上に視線を移すや、愕然とする羽目になった。
トカゲ男のものと思われる体力ゲージ。そこには、「夢魔リザードマンLV8」と表示されていたのだ。