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魔法少女ゲーム?

 予想はできていた依頼だった。最初期の魔法少女アニメならともかく、最近の魔法少女は悪い奴と戦うのがデフォルトとなっている。でも、第三者として鑑賞するのと、当事者として戦うのでは勝手が違う。

 不平をぶつけようとするも、反論は許されそうになかった。彼女の足元へ忍び寄って来る影があったのだ。


 体長は人間の赤子ほどだろうか。いぼがついた高い鼻に、とんがった耳。頭上には二本角までついている。原始人のような粗末な服だったが、むき出しになっている筋肉は鍛え上げられているのが分かる。醜悪な小鬼はまっすぐにドロシーを睨みつけていたのだ。


 悲鳴を上げてネムの後ろへと隠れる。だが、子犬ほどの大きさのネムでは、ドロシーを隠匿するには至らない。小鬼は迷うことなく、ドロシーへと接近しようとしている。

「な、な、な、なんですか、このモンスターは」

「この世界を侵略する夢魔だよ。あいつは夢魔ゴブリン。ちゃんとステータスも出ているだろ」

 これが魔法少女アニメだとしたら似つかわしくない単語が飛び出してきた。半信半疑で夢魔ゴブリンを凝視する。


 すると、怪物の頭上にきちんと「夢魔ゴブリンLV1」という表示があった。おまけに、その下には一本のバーが伸びている。

 そして、目線を上にあげると、ドロシーにも同じように「ドロシーLV1」という文言とバーが表示されていた。


「なんかRPGみたいなバーが出ていますよ」

「体力ゲージさ。攻撃を受けるとゲージが減る。すべてのゲージを消し去れば敵を倒せるんだ」

 テレビゲームに慣れ親しんでいる現代っ子にとっては蛇足な説明だった。ドロシーは大きく頭を振る。

「そうではなくて、どうしてRPGみたいになっているのですか」

「説明が足りていなかったかな。このドリームワールドは『魔法少女ゲー夢』の舞台だからだよ」

「魔法少女ゲーム?」

「ちょっと違うな。魔法少女ゲー夢。『ム』がカタカナじゃなくて、『夢』になっているのがポイントだよ」

 そんなのはどうでもよかった。


 まごついているうちに、夢魔ゴブリンは飛び掛かって来る。急襲に対応できるほど、ドロシーの身体能力は発達していなかった。あっけなくパンチを受け、ドロシーはたたらを踏む。

 すると、満タンだったゲージがわずかに減少した。腕に擦り傷程度の痛みが走る。困惑するドロシーをよそに、夢魔ゴブリンは次なる攻撃の機会をうかがっていた。


「さあ、ドロシー。君も攻撃するんだ」

 ネムに促され、ドロシーはファイティングポーズをとる。情けない威嚇に、夢魔ゴブリンは醜悪な顔で口角をあげる。


 しばらく牽制しあっていた両者。そして、ドロシーがとった行動は、

「やっぱり無理です~」

 敵前逃亡だった。ネムは墜落しかけたが、どうにか踏ん張った。


 脱兎のごとく敵に背を向けるドロシー。夢魔ゴブリンは奇声を発しながら追いすがって来る。出遅れたネムだったが、あっという間にドロシーの元まで追いついた。

「どうして逃げるんだい。君は魔法少女だから、夢魔と戦うんだ」

「そんなこと言っても、無理なものは無理なんです」

 懸命に走るが、夢魔ゴブリンとの差は一向に広がらない。それどころか、追い付かれそうになっている。運動音痴であることが裏目に出てしまった。


「へぶっ!」

 間抜けな声を出して派手に転倒してしまう。魔法少女らしからぬ失態だった。嗜虐的に舌なめずりしながら夢魔ゴブリンが迫る。怪物を前にドロシーは半泣きだった。


「まったく。LV1の夢魔に苦戦するなんてだらしないな」

「そんなこと言っても、丸腰で戦うなんて」

「いや、魔法があるじゃないか」

 あっけらかんと言ってのける。理解が追い付いていないドロシーをよそに、ネムの説明は続く。


「腕を左から右へ大きく振るんだ。そうすると、使える魔法の一覧が表示される」

 指示されたとおりに腕を振るうと、これまたゲームのようなメニューバーが表示された。いくつか表示できる項目があるようだが、ただ一点「シューティングスター」と記載されているだけだった。

「まだLV1だからその魔法しか使うことができない。さあ、心をこめて魔法の名前を叫ぶんだ」

 発動方法が単純すぎるが、四の五の言ってはいられない。夢魔ゴブリンは下賤にもよだれを垂らしながら接近してきているのだ。ダメージ量からしてしばらくは攻撃に耐えられそうだが、先に精神がまいってしまいそうである。ドロシーは無我夢中で叫んだ。


「シューティングスター!」

 すると、掌底から星形の魔法弾が放たれた。まっすぐに飛ばされた星は夢魔ゴブリンの胸に直撃する。同時にゴブリンの体力ゲージも半分まで削られた。


 感嘆の声をあげていると、ネムは嬉しそうに鼻を振り回す。

「やればできるじゃないか。夢魔ゴブリンの体力はあと少し。とどめを刺すんだ」

 首肯すると、先ほどよりも大きな声で「シューティングスター」と叫ぶ。再び星形の魔法弾が発射され、うずくまっている夢魔ゴブリンに炸裂した。


 体力ゲージはすべて消し去り、ゴブリンは断末魔の悲鳴を上げる。途端、どこからともなくファンファーレ音が鳴り響いた。

「やるじゃないか。夢魔ゴブリンを撃破だ」

 ネムが褒めたたえるが、ドロシーに応じる気力は無かった。たった二発星形の魔法弾を飛ばしただけだが、球技を一試合通しで出場したぐらいの体力を消耗している。

 恐怖もあったが、それよりも充実感に満ち満ちていた。当然のことながら、ただの人間では小鬼など倒せるわけがない。ザコ敵だろうが、魔法少女の力を存分に振るうことができたのだ。ドロシーは杖を強く抱きしめた。


「この戦いで経験値が入ってレベルアップしたようだ。ステータスを確認してみるといい」

 言われるがままに首を持ち上げると、ドロシーのレベルが1から2に上昇していた。体に変調は無いが、基礎体力が向上したのだろうか。

「夢魔を倒すと経験値が手に入るんだ。レベルが上がればより強力な魔法を使えるようになる。戦いにおいては手数が多い方が有利だからね。レベルが高い魔法少女はそれだけ強いという指標になっているんだよ」

 説明からして、RPGそのものだった。魔法少女ゲー夢と自称していたのは伊達ではなかったようだ。


 夢魔を撃退できたことで、いろいろと疑問点が沸いてくる。一つずつぶつけてみることにした。

「そもそも、夢魔は何者ですか」

「単刀直入に聞くね。人間の夢や希望を喰らう異世界からの侵略者といったところかな。夢魔に夢や希望を食べられた人間は大抵破滅する。自暴自棄になって法を破ったり、挙句の果てには自ら命を絶ったり。この世界は人間の夢と夢の橋渡しをする中継地みたいなものさ。君たち魔法少女には、夢魔が他の人間の夢の中にたどり着く前に討伐して、奴らの野望を打ち砕いてもらいたいんだ」

「なんとなく分りました。それで、他にも魔法少女はいるのですか」

「そのうち会えると思うから、急ぐ必要はないよ。そうそう、大事なことを二つ伝えておかなくちゃならない。君の今後に関わることだから心して聞いてくれよ」

 忠告すると、指を立てるように前足を上げた。ドロシーは生唾を飲み込む。


「夢魔を倒すと経験値が入ってレベルが上がるという流れは理解してもらえたと思う。レベルは無制限にあるわけではなく、LV99でカンストするんだ」

「カンスト?」

「ゲームの用語みたいだけど、あまり聞きなれない言葉ではあるね。まあ、LV99が上限で、それ以上は上がらないってことさ。それで、最大レベルまで達することができた場合、魔法の力で君の願いをなんでも一つ叶えることができるんだ」

「願いを叶えられるの」

 目を輝かせ、ネムに迫る。「あくまで達成できた場合だよ」と念を押されるが、これほどまでに魅力的な報酬はないだろう。


「叶えることのできる願いに制限はない。オーソドックスなのは、一生遊んで暮らせるお金が欲しいとかかな。あるいは、人類をすべて滅亡させてほしいなんていうのも可能だ」

「そんな大業なことは望んでいませんよ」

「謙遜しなくても、いざ叶えられる段階になったら思うままに言っていいんだよ。さて、もう一つは忠告みたいなものかな」

 よいしょしておいて突き落すとはなかなかに酷である。しかし、ネムのこれまでにない真剣なまなざしに、ドロシーは身動きできなかった。


「この魔法少女ゲー夢のことは誰にも言ってはならない。もし、ゲームに参加している魔法少女以外にこのゲームのことが知られたら大変なことになる。いいかい、くれぐれも現実世界に戻った時に、このことを話してはいけないよ」

 念を入れられ、ドロシーは幾度となく頷く。魔法少女アニメの鉄則だった。変身できることは秘密にしなければならない。とはいえ、ネムの鬼気迫る表情に、ただならぬ不安が沸き起こって来るのだった。


「おっと、そろそろ時間が来たようだね。この世界に滞在できるのはせいぜい八時間だ。また明日やって来るといい。魔法少女として活躍するための基礎は教えたつもりだから、あとは君の頑張りに期待しているよ」

 それだけ言い残すと、ネムは煙とともに消滅する。その直後、ドロシーの足元がぐらついた。地震だろうか。風景に特に変化はない。避難しようと駆けだすが、足元が宙に浮いてしまう。飛空能力がないはずなのに空を飛んでいる。異常事態をどうにか理解しようと頭を抱えるが、そのうちに、意識が途切れていくのだった。


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