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魔法少女になれば、いかなる望みも叶えられるぞい

「魔法少女!?」

 真帆は老婆の言葉を反芻してしまう。アニメの中では散々耳にした言葉だ。だが、現実世界で、それも老婆の口から聞くことになるとは思いもよらなかった。

「魔法少女って、あの魔法少女? 私、魔法を使えるようになるの」

「そうじゃよ」

 期待を込めて跳びあがると、老婆はゆっくりと首肯した。どう考えても胡散臭いのだが、「魔法少女」という単語は真帆の感覚を麻痺させるに十分だった。


「でも、私にできるかな」

 期待に胸を膨らませたが、つかの間のことだった。声音は一気にトーンダウンしてしまう。地面をけりながら呟く。

「私、勉強もできないし、運動してもどんくさいし。魔法少女になってもみんなを守れるか分からないよ」

 自嘲していると、老婆は柔和な笑みを浮かべた。

「なれるさ。少女であれば、誰しも魔法を使える素質を秘めておる。どうじゃ、魔法少女になれば、いかなる望みも叶えられるぞい」

「本当に」

 魅力的だが現実味のない言葉に懐疑的になる。だが、諭すような老婆の口調に、真帆は吸い寄せられていく。


「魔法少女の力を使えば大抵のことは可能じゃ。そうさの。魔法少女になってみんなの夢と希望を守りたい。ほう、うってつけの望みを持っておるのう。それならばうってつけじゃわい」

 真帆は胸を押さえた。ドリルで削岩され、無遠慮に胸中を覗かれている心地だった。彼女の言葉には身ぐるみを剥がされているかのような威力がある。

「どうじゃ。望みを叶えてみぬか。決断は早い方がええぞ」

 生唾を飲み込む。胡散臭いとは分かっている。しかし、蠱惑的な申し出に真帆の心は囚われていた。


「で、でも、お金がかかったりしない。私、あまりお小遣い持ってないよ」

 うろたえる真帆。すると、老婆は豪快に笑い飛ばした。物静かな印象だったので、豹変ぶりに度肝を抜かれる。

「いたいけな少女にお金をせびろうなんて、野暮な真似はしないよ。なあに、ちょいとお薬を飲んでもらうだけさ」

 言うが早いか真帆にフラスコを手渡す。理科の実験で使う物よりも小型だ。コンビニで売っている一口サイズの栄養ドリンクぐらいの大きさしかない。


 おまけに、中には黄金色の液体が注がれていた。パインジュースと思い込めば飲めなくもないが、得体のしれない代物に躊躇してしまう。

「毒を飲まそうとしているのではない。そいつはマジカルポーションというのじゃ。魔法少女になる条件はただ一つ。この場でそいつを飲むだけ。さあ、悩む必要はない。一思いに飲むといい」

 促されて、真帆は喉を鳴らす。本能的に飲んでしまったら後戻りできないと警鐘を鳴らしている。胡散臭いと投げ捨てればそれまでではあった。


 あと一歩を踏み出せずにいると、老婆はずいと鼻を近づけて来た。しわがれた顔がすぐそばにある。

「魔法少女になればもう誰にも馬鹿にされずに済む。むしろ、称賛すらされるだろう。こんな機会を無下に捨てるのかえ」

 またも胸を抉る言葉だった。不可視の手腕によってポーションの蓋が開かれる。いや、第三者による強要ではない。


 魔法少女の力があれば、マジカル☆ドリーミィみたいに活躍できる。馬鹿だと蔑まれたり、どんくさいと詰られたりすることもない。フラスコを唇につける。そこまで持っていけば後は惰性だった。


 恐る恐る口の中に液体を流し込む。苦いと予想していたが、案外飲みやすい。と、いうよりも無味無臭なのだ。天然水を着色しただけともいえる。一口嚥下するや、残りも一気に喉へと吸い込まれていく。


 飲んでしまって、どこぞの探偵みたいに体が小さくならないだろうかと心配した。しかし、いくら待っても変化は生じない。気分が悪くなることもない。それこそ、ただの水を飲んだ後の反応にそっくりなのだ。要するに、全く以ていつも通りだった。


「おばあさん。本当にこれで魔法少女になれるの」

「急くでない、お嬢さん。まあ、ゆっくりと夜を待つとええ」

「夜、ですか」

 気のない返事をして天を仰ぐ。きれいな夕焼け空だった。どこか遠くの空でカラスが鳴いている。


 そして、再び地表に視線を戻す。だが、とんでもない異変に直面してしまう。注意を逸らしたのはほんの数秒ほどだったのに、老婆の姿が影も形もなく消えてしまったのだ。

 まさに、テレポーテーションを使ったとしか考えられない。辺りを捜索してみるが、痕跡すら発見できなかった。


 狐につままれた気分であった。普段、魔法少女になりたいと願い過ぎて白昼夢でも見ていたのだろうか。悩んでみたものの、納得ができる答えなど出せるわけもない。とりあえず帰路を急ごうと、真帆は速足になるのだった。


「偉いわね、真奈」

 自宅に到達するや否や、リビングで妹が母親から頭を撫でられていた。テーブルの上に置かれているのは百点の算数のテスト。真帆がここ最近どころか、小学校低学年以来対面したことのない点数だった。


「あら、帰っていたの真帆」

「うん。ただいま」

 親子の会話はそれだけで終わりとなった。真奈は「体育の徒競走で一番だった」と嬉しそうに報告しており、母親も破顔して応じている。そこに真帆が介入できる余地は無かった。


 夕食の際も真帆は黙々と食事を進めていく。絶え間なくしゃべり続ける真奈に、時折相槌を打つばかりだ。母親は言うまでもなく、仕事から帰って来た父親も会話を交わすのは真奈ばかり。

能動的に学校のことを報告しようにも、報告できそうなことなど無い。体育の授業でボールの直撃を受けたことを笑い話をするほど、真帆に自虐趣味は無いのである。その昔、大好きだったはずのコロッケを機械的に咀嚼するのだった。


 やがて、時計は午後十時を指した。いつもなら眠る時間である。だが、真帆はなかなか寝付けなかった。夕方に出会った老婆の言葉が巡り巡っているのである。夜中になれば魔法少女になれる。しかし、一向にして兆候が表れないのだ。

 待っているだけでは駄目で、特殊な行動をしなければならないのだろうか。パジャマ姿のままうろうろと歩き回る。


 ふと、目に留まったのはマジカル☆ドリーミィのステッキだった。幼少時に買ってもらい、現在もなお大切に保管してある。経年劣化で電子音は掠れてしまっていたが、かろうじて稼働するようだ。

 スイッチを押すと、鈍い音とともに、先端のクリスタルが光る。ステップを踏みながら一回転する。

「マジカル☆マジカル☆ドリーミング! 魔法の力よ私に宿れ!」

 ドリーミィが変身する時の口上だ。アニメを見て練習したので、即興で再現することができる。


 しかし、作中のように無数の星がまとわりつき、魔法少女の衣装に変わっていくということはなかった。姿見は年がいなくはしゃいでいる真帆を映すばかりだ。

 ため息をついて苦笑する。本当に魔法少女になれるなんて、荒唐無稽もいいところだ。性悪の老婆に騙されたのだろう。こういう時はさっさと眠るに限る。ステッキを机の上に置くと、ベッドの中に潜り込むのだった。


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