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魔法少女になるつもりはないかね

完全新作始めました。前々から書いてみたかった魔法少女ものです。

 昼間の繁華街で逃げまどう人々。追撃するは異形の怪物たち。ビルは次々に倒壊して火の手があがる。

「ひれ伏すがいい、人間共! この世界は我々が支配するのだ!」

 派手な衣装を身にまとった魔族の男が高笑いする。未知の怪生物たちの襲撃により、この世界は終焉を迎えようとしていた。


 人々が絶望する最中、天に光がきらめき、救世主が降臨する。

「そこまでよ、魔族。この私が来たからには好き勝手させないわ」

「何奴」

 魔族の問いかけに救世主の少女はポーズを取る。魔女の三角帽子に黄金の三つ編みツインテール。青いローブとマントを翻し、豪奢な飾りのついた杖を振りかざす。

「みんなの夢と希望を守る! 正義の魔法少女マジカル☆ドリーミィ参上」

「魔法少女だと、こしゃくな」

 魔族は手下の怪物を差し向ける。気色悪い声を出しながら魔法少女へと殺到していく。


 少女は箒にまたがって飛行しながら杖を一振りする。すると、星型の光線弾が怪物どもへと炸裂した。大通りを埋め尽くさんと蠢いていた怪物どもは一瞬のうちに光の粒子へと還元されていく。


「いいぞ、ドリーミィ」

「そのまま魔族もやっつけろ」

 人々の声援を受け、魔法少女は微笑む。

「残るはあなただけよ。覚悟しなさい」

「ほざけ。こうなれば、俺が直々に相手してやる」

 指さされ、魔族は唸りを上げる。諸悪の根源との一大決戦が始まろうとしていた。



「いい加減起きろ、夢咲」

「へぶっ」

 間抜けな悲鳴をあげて夢咲真帆は現実の世界に引き戻される。教科書の角で叩かれたせいで地味に痛い。

 知らぬ間によだれを垂らしていたのだろうか。ノートには水たまりができていた。せっかくの自作イラストが台無しだ。尤も、授業中に描いていいものではないが。


 クラスメイトのクスクス笑う声を受け、真帆は穴があったら入りたい気分になる。しかし、先生は未だご立腹だ。岩宿に籠るなんてアマテラスみたいな芸当はできそうにない。

「堂々と居眠りするとはいい度胸だな。教科書三十二ページ。問三の英文を和訳してみろ」

「ええっと、その」

 パラパラと教科書をめくる。目的のページまでたどり着くのに必死で、和訳など考える余裕はない。


 ようやく指定されたページまでたどり着き、ろくに思考せずに即答する。

「私は魔法少女になりたい。ですか?」

「聞くな、馬鹿者」

 再び教科書で小突かれ、クラスメイトから爆笑の渦を浴びせられる。暴力反対と不平を訴えたくても、自業自得だから致し方ない。


「まったく。綾小路、代わりに訳してみろ」

 先生に指名された女生徒が立ち上がる。

「ここにあるのはリンゴですか」

「正解だ。この英文のどこに魔法少女なんか出てくるんだ」

 そもそも、「~になりたい」という願望を表す英文ですらない。正答した女生徒からもクスリと笑われ、真帆はますます縮こまるのだった。


 ようやく授業が終わり、真帆は机の上に突っ伏す。すると、「チョーップ」という掛け声とともに、頭に手刀が振り下ろされた。いたずらが成功してにやついているショートカットの栗毛の少女は真帆の数少ない友人、霧崎時雨だった。

「和田センの授業で堂々と居眠りするなんてすごい度胸ね」

「だって、遅くまでアニメ見てたら朝寝坊しちゃったんだもん」

 だらしなく大あくびする真帆。ちなみに見ていたのは深夜アニメではない。日曜の朝にやっている魔法少女アニメを録画したものだ。


「そんな不規則な生活しているから、いつまでもチビなんじゃないの」

「気にしていること言わないでよ」

 キシシシと虫歯一つない歯を見せつける。時雨だって胸がいつまで経っても成長しないくせにと反撃したかった。でも、それを指摘すると本気で怒るからやめておいた。第一、胸の大きさなら真帆もどっこいどっこいである。


「それにしても、真帆は好きよね。マジカル☆ドリーミィだっけ。私たちが幼稚園児ぐらいにやっていたやつ」

 時雨の言う通り、魔法少女マジカル☆ドリーミィは八年前、真帆たちが幼稚園の年長組だった頃に放映していたアニメだ。魔法少女が特撮ヒーローのように戦うという斬新な設定が受け、社会現象となるほどのヒットを飛ばした。現在、日曜の朝にやっている魔法少女アニメもその影響をもろに受けている。

 主人公のドリーミィに似せるためか、真帆はいつも黒髪を三つ編みツインテールにしている。年の割に幼いという設定も、不本意ながら真帆とそっくりだった。改札で切符を買う時に子供料金で買えてしまったのがなんとも屈辱である。おまけに、年相応ににきびが出来ているというのがまた悩みの種だった。


「真帆は絵だけは上手いのよね」

 感心して時雨は落書きを観察する。同人作家としてなら通用しそうなレベルにまで達している。勉強そっちのけで練習した賜物だ。成績を代償にした、というのは追及すべきではない。

「おっと、次は体育じゃん。早く着替えないと遅れるわよ」

「待ってよ時雨ちゃん」

 忍者かと思われる素早さで時雨は教室を後にする。もたもたと真帆も後に続くのだった。


 体育館でボールの弾む音が響く。幾多の女生徒がアトランダムに立ち並び、ゴールへの道筋を防いでいた。

 しかし、怯むことは無い。その少女、時雨は軽快にバウンドさせながら少女たちの間隙を縫っていく。ボールを奪おうと手が差し出されるが、右に左にと巧みにかわす。そして、ゴールポスト間近まで接近し、地面をけり上げる。まっすぐに伸ばされた上半身から繰り出されるシュート。ボールはぶれることなく、一直線にゴールへと吸い込まれていく。


 得点を告げるホイッスルが鳴る。時雨は「ナイッシュー」とクラスメイトたちとハイタッチを交わした。

「相変わらずすごいね、時雨ちゃん」

 真帆も他のクラスメイトに便乗して、時雨とハイタッチする。「キシシシ」といつも以上に笑みに切れが入っていた。

「まあ、このくらいどうってことないわ。もっと褒めてもいいのよ」

「うん、すごいよ、時雨ちゃん」

 よいしょされ、時雨は天狗になる。コートへ戻っていく親友は輝いて見えた。ずっと一緒にいるのに、時折手の届かない場所に行ってしまう感覚に襲われる。真帆が伸ばした手は虚しく空を切った。


「危ない!」

 誰かが発した警告音。「ほへっ」と間の抜けた声を出したのもつかの間。

「へぶっ!」

 飛来したボールの直撃を受けた。


「大丈夫、夢咲さん」

「う、うん。平気、かも」

 見事なまでの昏倒だった。誤ってボールを投げ飛ばしてしまった女生徒が必死に頭を下げている。どうにか作り笑いしながら真帆は無事を訴えた。


 呆れられながらも、時雨は真帆が立ち上がる手伝いをする。

「まったく、真帆はどんくさいんだから。よけるか受けるかしなさいよ」

「それができれば苦労しないよ」

「えばるんじゃない」

 額に軽くデコピンされる。これぞ泣き面に蜂。若干用法が違うが、そんなことわざを思い浮かべるのだった。


 学校が終わり、真帆は一人帰路につく。時雨は部活動があるため、帰りが遅くなるようだ。彼女の足取りは重い。ボールの直撃によってできた顔の傷が未だに痛む。嘆息したのはその傷のせいだけではないだろう。夕闇を通り越して、空は漆黒に染まろうとしている。


「もし、そこのお方」

 唐突に話しかけられた。真帆は左右を確認する。しばらく、誰の姿も発見することができなかった。やがて、路地裏でレジャーシートを広げている老婆を認識するのだった。


 フリーマーケットでもないのに露天商をしているのだろうか。不審に思ったが、老婆は緩慢な仕草で手招きしている。本来なら、さっさと無視して立ち去るべきだろう。だが、誘い水に乗るかのように、真帆は老婆の元へ吸い寄せられる。

 老婆と対面を果たす真帆。開口一番にとんでもないことを告げられるのだった。

「お嬢さん。魔法少女になるつもりはないかね」


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