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5話 旅立ちと出逢いと土だるま

 飛び交う怒号。響く鳴き声。泣き声。咆哮。

 硬い物が壊れる音。重い物が倒れる音。何かがつぶれる音。


 ぎゃあ……うわぁ、あぁん、うぉぉん。

 みしみし、ばき。どごぉん、ぐちゃり、ごす。


 破壊と蹂躙のただなかに、その子供はいた。家々は残骸と化し、土煙が舞い、絶えず人や人でないものが絶叫をあげて行き交う中、子供はきょとりと目を瞬かせた。

 その傍らを猛スピードで大きな生き物が駆け去る。──がきり。ぐぉぉん。どさり。倒れる。

 子供はびくりとそちらを眺め、口を開く。その頭上を燃える車輪が通り過ぎ、すぐ近くの家に衝突する。──どぉん。ぱちぱち。引火する。


「危ないっ!!!」


 火が大きく燃え広がる寸前に、走り寄った男が子供を抱き寄せた。赤々と襲いかかる炎の舌をくぐり、薄い布地で乱雑に子供をくるむとすぐさま駆け出す。

 布地の中からか細い声が漏れるが、周囲の喧騒にそれはかき消される。ぎゃあ……うわぁ、あぁん、うぉぉん。

 みしみし、ばき。どごぉん、ぐちゃり、ごす。

 ぱちぱちぱち。ごぉぉぉぉぉぉ……。






 温かい暗闇から子供が出されたのは、喧騒から離れしばらくたってからだった。木々が生い茂る森の中の、石祠の脇に子供は座らされた。男は子供の頭に布地に覆われた手を乗せた。


「ここで少し待ってなさい。すぐに戻ってくる。勝手に動いたりせず、じっとしてるんだよ」


 子供は男の血まみれの顔を見上げた。男の服はぼろぼろであちこち黒く変色しており、子供に触れていない方の腕は、脱力して動く素振りを見せない。


「みんなで、行こうな」


 笑った男を引き留めるように子供が手を伸べる。だがそれが肌に触れる寸前、避けるように男は身を離し、そしてもう一度子供の目を見詰め……腫れた目元を僅かに弛めた後、勢いよく元来た道を走り出した。

 子供の手が、ぱたりと膝に落ちた。






 それから森に差し込む光が暗くなり、明るくなり、また暗くなった。そうして何度目かの光が差しても、男の姿は一向に見えず、しかし幸いにも子供を脅かす獣等もまた見えることなく、子供は大人しくそこで待っていられた。ただ空腹とそれ以上に喉の渇きに、耐えられなくなってきていた。そしてそんな時に、老爺は現れた。

 子供の待つ男と比べると細く小さい老爺は、しかしどこか静謐な活力に溢れていた。

 子供が老爺を眺めていると、彼は手が届くかどうかの距離でぴたりと止まった。


「やあこんにちは。貴殿は人の子かね?」


 子供がぱちくりと目を瞬かせると、老爺は目を細め、白髭の下でふふと笑った。


「もし良かったら、我らの村に来ないか? ここは人待ちにも潜伏にも少々障りがある。村はここからそう遠くないし、茶も菓子もあるぞ」


 子供は少し逡巡した後、こくりと頷いた。とにかく飢えと渇きをどうにかしたかった。老爺が小麦色の細い手を伸べ、子供を抱き上げる。久し振りに素手で自分に触れる者の存在に、戸惑う子供の背を、老爺は軽く叩いた。


「大丈夫だ、皆待ってる。行こう風の谷へ」


 子供はもう一度頷くと、太陽の匂いのする白髭に顔を埋め繭のように丸くなった。

 風と葉と今はなき炎の鳴るごうごうとした音しか聞こえなかった耳に、とくんと心音が響いた。

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