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獅子たちの夏  作者: 本岡漣
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第1章 手紙 ⑷ 帰郷

同盟軍が新政府軍に降伏したという報を、仙台の傷病兵収容所で知った。

 一二日には解兵が決定。一七日には藩主様親子が謹慎処分となった。


 白河口の戦いで受けた銃弾は幸いにもかすり傷で済んだ。

 私はこれから自分の身がどうなるのか不安を抱えたまま、故郷へと向かうしかなかった。



 築館宿を過ぎて登米街道へさしかかると遠くから、「卓三郎様!」と呼びかける声が聞こえた。

 馬を引いて近づいて来た老夫は、長年、実家で下男として働いてくれている嘉助だった。


「白幡村からここまで来たのが?」


「お帰りなら、ここさ通られると思うて……」


 嘉助の顔を見るのは二年ぶりだった。心なしか痩せたように見える。


「夢じゃなかんべ! やっぱり神様はおった!」


 肩や腕をしきりに撫でてくる。幽霊でないことを確かめたいらしい。


「声が大きい!」


 あたりを見回した。

 嘉助は涙と鼻水を袖で拭くと、同様にぐるりと周囲を見た。


 激戦地となった会津での同盟軍の死者は、埋葬すら許されず戦場に放置されたままだと聞く。

 行き交う旅人の中で私たちに目を向ける者はほとんどないが、多かれ少なかれ不幸を抱えて

 生きているに違いなかった。


 登米街道を進むと、目前に迫川が姿を現した。


 幼い頃、何度もこの川で嘉助とヤマメ釣りをした。川原で塩焼きにして食べたこともある。

 馬上から斜め前を歩いている嘉助を見ると、頭のてっぺんの小さな髷に赤トンボがとまっている。


 脇道に入って人通りが疎らになると、嘉助は唄を歌い始めた。

 

   栗駒さまのお恵みで 今日も流れる迫川

   次会う時まで達者でと 仏の御加護は身に染みて……

 

 もの心ついた時から、聞き馴染んだ唄声だった。


「体の具合、いいみてえだな」


 振り返った嘉助の顔がキョトンとしている。


「声のハリでわがる。いい唄だ。初めて聞ぐ」


 嘉助は顔を皺くちゃにして、満足そうに笑った。


「たった今、おらが作った」


 脳裏に良輔の表情が浮かんだ。

 良輔は切支丹だった。

 耶蘇教を信じる者が潜んでいると聞いたことはあるが、こんなに身近にいたとは……。


 続いて韮山笠の男の歪んだ顔が浮かんだ。

 命乞いされると自分が偉大な力を有しているような錯覚に陥った。


 あの時の私は獰猛で、一瞬だが陶酔していたようにすら思う。

 後で他の敵に幾度か斬りかかられ応戦したが、どれだけ手傷を負わせたか覚えていない。

 気付くと刃は三分の一ほどしか残っておらず、黒い血の塊がこびりついていた。

 そして川へ落とされる前、辰蔵は私に向かって確かに笑った……。


 手綱を握る手に、温かい嘉助の手が触れた。


「よお生きて、お帰り下さいやした…」


 顔を上げることができなかった。鞍の上にポタポタと涙が落ちていった。

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