第1節ー1
ソファがきしんだ。母の重みがすべて乗っかった。リビングに明かりはなく、いまさっきのぼったばかりの日の光が庭に面する窓から部屋へと、にじむようにさしこんでいた。
母は再び眠りについた。食卓には白米と、目玉焼きとソーセージがあった。
明朝6時過ぎには家を出る。5時50分をめどにできあがっている朝食を口にすると、リビングのソファで眠る母に合図を送る。聞こえていたら、母は片足をくっと上げた。本当に意識がどこかへいってしまっているときには、なんの反応もない。しかし、それは私にとって大きな問題ではなかった。
できるかぎり、身軽に。かさばることと、ひたすら重いことは、どちらも罪深い。
手さげかばんに、本は3冊、ノートは1冊。財布とハンカチと、それから提出用ハンドアウト1枚。手近にクリアファイルが見当たらなかったから、ハンドアウトは折ってノートにはさみこんだ。
灰色のジャケットの内ポケットをまさぐり、磁気定期券と学生証の存在を確かめると、派手さのかけらもない紺のデッキシューズに足を通し、そうして私は玄関を押し開けた。湿度ひかえめ、まだ冬の気配は感じない、そんな秋の空気がただよっていた。
家先から道なりに20分、市内を横断する県道を2つ越えてすぐそこに、目指す新大宮駅があった。
6時35分発、神戸三宮行快速急行。これを逃すと、1限には間に合わない。
改札を通り抜け、ホームの一番先までたどり着くと、ちょうど電車が入線してきた。
目の前に、先頭車最前のドアが滑り込む。今日もよくぞぴったりで止まってくれたものだ。
まだ空きのある車内を見渡し、端のポジションに陣取る。いつものお気に入りの場所に座れたことに満たされた気分を感じるというのは、半年前の1か月間のことであって、今やそれが当然のこととなっていた。
膝の上にかばんを置き、中から本を1冊取り出す。何度も読み返しているから、適当に開いたページからでも読み始めることができた。
すると突然、右耳が誰かの声をとらえた。
「やっ」
そういって、おもむろに隣に座ってきた人のことを、私はすぐには思い出せなかった。
(つづく)