第04話 闇の呪詛魔法
途中何度かモンスターに襲われたがフィリアの魔法はなかなかなもので、迫り来るすべての敵を撃退して順調にエルシニアへ向かった。
彼女が青いローブをはためかせ、銀色のミディアムカットの髪を輝かせて戦うその姿は可憐で実に頼もしかった。情けないことだが彼女が戦っている間、僕はその後ろで隠れていることしかできなかった。
「そろそろ街につきますよ。ほら、見えてきました!」
彼女が森の先に開けて見える高地を指差す。
生い茂る森が先には赤茶色のレンガでできた建築物群が現れた。昔訪れたヨーロッパを模したレジャーランドに少し似ていたがそれらの建物はフェイクではなく煙突から煙がたち、石畳には多くの馬車や人が往来している。
エルシニアは人口1万の中規模都市。文明レベルは前時代的かと思いきや水道や炎を魔力で供給することで現代社会並みのインフラを実現していた。この世界の魔法というのはかなり高度で多岐にわたって生活に根付いているみたいだ。
「広場を歩いた感じだと、残念ながらレイトさんのお知り合いはいなかったみたいですね」
「なんだかこの街にはいない気がするんだ」
また嘘をついてしまった。僕の知り合いはこの街どころかこの世界のどこにもいない。命の恩人の彼女に対して嘘をつくのにはかなり罪悪感を感じる。
「どうしましょう。全く記憶がなくて知り合いもいないとなると生活できませんね」
「誰でも募集している職業はないかな?僕みたいな素性のはっきりしない人でも雇ってくれるような」
「そうだ!それならレイトさんもギルドに冒険者として登録すればいいと思います。あそこなら依頼さえこなすならどんな人でも登録して雇ってくれますよ。今向かっているギルドで登録はできるはずです」
「それなら僕も喜んで冒険者になろう。まずは稼げるようにならないといけないしな」
しばらく歩くと大きな聖堂のような建物の前に出る。森で話していた冒険者の登録や依頼書の張り出しを行っている斡旋所、冒険者ギルドってところだ。
ギルドでは冒険者が様々な規模のパーティを組んで依頼をこなしている。一人で任務を請け負う者から大規模な討伐任務では数百人規模の軍団で挑むこともあるらしい。甲冑を身につけた大男や全身黒ずくめのローブの集団、いかにも駆け出しのようにみえる少年少女、多種多様なパーティがたむろしている。
「レイトさんですか。年齢は17歳で出身は……覚えてらっしゃらないんですか。まあいいでしょう、これから手続きに入ります。まず手をこの石版に置いてください」
ギルドの職員は怪訝そうな目で僕を見た。こちらは身元のわからない新参者なのだから仕方がない。
手を石版に置くと青い魔法陣が浮かび上がる。職員はその魔法陣の上に羊皮紙をかざす。すると羊皮紙に焼きつきその下に文字が浮かびあがった。この羊皮紙に冒険者としてのステータスが刻まれることとなる。
ラテン語に似た見たことのない言語が書き込まれているが、なぜか読める。話し言葉も通じているし大脳の言語野は完全にこの世界に順応しているみたいだ。おそらくこの肉体はこの世界の住民のものだったのだろう。前世では外国語は苦手だったので、異世界の文字をすらすら読めると少し不思議な気持ちになった。
羊皮紙に浮かび上がった魔法属性と能力値に目をやる。
体力54 攻撃力48 守備力72 魔力 380 知性230
ランク E
冒険者の標準がだいたい100で200を超えていると結構なものだそうだ。僕の数値は体力面の信頼感はないが魔導師としてはかなりの水準らしい。回復魔法が使えればこの世界でも医者みたいな仕事ができるかもしれない。夢が叶えられるかもしれないと思うと自然と心が浮き立った。
ランクは冒険者としての練度を図る指標でAからEの5段階で表示され、冒険者としてこなした実績に従って上下する。まるで高校の成績表みたいだ。登録したての初心者はEランクから始まり色々な依頼をこなしていくうちにあがっていく。
続いてその下に印字された魔法の属性をみると、
属性魔法 闇属性
魔法系統 呪詛魔法
この世界の魔法には「火」「水」「木」「土」「光」「闇」という6種類の魔力属性を司る「属性魔法」と回復魔法、呪詛魔法、攻撃魔法といった魔法の発動効果で分類される「魔法系統」という二つの項目が存在する。
属性と系統には相性のいい組み合わせがあり、例えば火属性だと熱量を変化させる魔法を操り、相性のいい系統魔法は炎を利用した攻撃魔法になることが多い。ちなみにフィリネの属性魔法は水属性で得意な魔法系統は回復魔法だ。
僕の属性と系統はというと……闇属性は相手の肉体を腐敗させる、アンデッドを使役するといった死者に関する魔法を得意とするものらしい。呪詛魔法は相手に呪いをかけて肉体と精神をじわじわ削り倒すというなかなかにいやらしいものだ。
「どうしてこうなった……」
僕は軽くショックを受けた。得意な魔法系統はてっきり回復魔法になると思ったのに属性、系統ともにまるで病気を振りまくような性質の魔法だ。これではこの世界で医者や回復術者はとてもできなさそうにない。
回復系の魔法系統なら前世の記憶も有効活用できる可能性があったかもしれないが、闇の魔法に医学の知識はなんら役に立たないだろう。ガックリと肩を落とした。
「そ、そんなに落ち込まないでください。闇属性も呪詛魔法も結構珍しくて戦闘力はかなりのものなんですよ」
必死にフィリネが励ましてくれる。いちいち僕のくだらない悩みに付き合ってくれて本当にいい子だ。
「ははは……ありがとう、それならこの先戦いがあっても何とかやってけそうだな」僕は力なく笑った。
フィリアは何やら考え事をしているようだった。しばらくの沈黙の後、
「あのレイトさん、ひとつお願いがあるんですけど……行くあてがないなら私とパーティを組んでくれないでしょうか?私一人だと戦闘力が心細くて」
彼女はちょっと照れ臭そうに顔を隠しながら僕を仲間に誘った。
「僕でよければ喜んで!」
まるで目の前にかかった霧が晴れたような気分だった。こんな可愛い女の子の仲間に誘われるなんて、この世界もまだまだ捨てたもんじゃない。