ようこそ、上位の世界へ
特大サイズの画面の上には、3D映像で“ある世界”が映し出されている。ただし、それは実在する世界ではない。
実在する世界ではない?
いや、この言い方は語弊を招く。実在はしている。ただし、この世界を構成しているのは夥しい数の電気信号でしかなく、スーパーコンピューターがそれを解釈しなければ、ほんの一ミリの空間さえ幻となってしまう。つまりは、いわゆる仮想世界だ。その仮想世界にはちゃんと生命が生息していて、知的な存在…… 人間と解釈できる存在までいる。
そこは僕の部屋で、僕はその世界を観察する事を趣味にしていた。仮想世界の人間とはいえ、彼らは思考を持ち、少なくとも僕らが自我を持っていると捉えられるような行動を執っている。
仕事をして、恋をして、結婚をして、子供を産む。
それは人間そのものとすら言えるかもしれない。
そしてその世界を見続けるうち、僕にある考えが生まれたのだった。
その僕が見つけた仮想世界の住人は女性だった。
いや、少なくとも僕の世界の女性の性質にとてもよく似ている性別に属していた。
彼女は芯が強く、何事にも動じない。この世界は男性優位社会なのだけど、そんな中でも決して怯まずに彼女は健気にも社会に立ち向かっていた。
“適合者だ”
と、僕はそんな彼女を見てそう考えた。或いは、僕は彼女に恋をしていたのかもしれない。だとするなら、異類婚姻譚どころじゃないだろう。電子世界の住人と、僕は添い遂げようとしている事になるのだから。
そう。
その時僕は彼女をその仮想世界から、この現実世界に連れて来る計画を実行しようとしていたのだ。
それはほんの思い付きから考えた計画だった。仮想世界の住人を現実世界に連れて来たなら、果たして適応できるのか? 仮に適応できたとして、どんな行動を執るのか? 僕にはその好奇心を抑える事ができなかった。
そして、その第一弾として、彼女ほど相応しい存在は他にいないと僕は考えたのだ。
僕は彼女の姿にできる限り似せたロボットを造った。そして、その中へ彼女の人格をその世界からダウンロードする。
ちょっとばかり違法な手段を使ったけれど、恐らく大きな問題はないはずだ。きっとバレないし、もしバレてもスルーしてくれるだろう。
パソコンのディスプレイ上に表示されている残りのダウンロード時間を示す数字が徐々に減って来て、それと同時にロボットの瞳に生気が宿り始める。
普段なら、ダウンロードしている間は何か別の事をして暇を潰している僕だけど、その時だけは固唾を飲んでそれを見守っていた。或いは彼女は僕のパートナーになるのかもしれないのだし。
やがてダウンロードが終了する。そして、ロボットの目が光り、その起動を僕に告げた。彼女は口を開いた。
「なに? ここは?」
僕は言う。
「ようこそ、上位の世界へ」
その言葉を受けて、彼女は訝しげに辺りを見回した。そして、自らの手を見て「ロボット?」とそう呟く。
「気に入らないかな? でも、安心してくれ、そのうちもっとリアルな肌に変えてあげるから」
僕は彼女が不安を感じているのなら、それを和らげてあげようと思ってそう言ってみた。
「何を言っているの?」と、それに彼女。状況を理解できていないらしい。まぁ、無理もないかもしれない。
「ここは何処なの? さっさと元の場所に返してよ!」
流石の彼女も狼狽し始めた。僕は“仕方ない”と、それからパソコンで彼女が元いた世界の映像を彼女に見せた。すると、彼女は目を大きくして固まってしまった。
「君が元いた場所はその中さ。ただ、画面に飛び込んでも戻るのは不可能だと思うけどね」
彼女は僕の言葉を聞いているのか聞いていないのか、
「分かった。これは夢なのだわ。私は夢を見ているのだわ!」
と、そう呟いた。
……ちょっとこれは時間がかかるかもしれない。
やがて彼女は落ち着くと、ようやく状況を受け止めてくれた。
「つまり、ここは私達の世界にとって神様の世界みたいなものなのね」
僕はそれに頷く。
「まぁ、そうかな? もっとも、“神様”ってほど大した存在じゃないけどね。基本的には僕らは君らと同じさ。泣いて怒って飯食って死んでいく。
いや、君はもしかしたら、僕らなんかよりもよっぽど素晴らしい存在かもしれない。だからこそ、僕は君の事を招いたんだ。僕の世界で君が何をするのかを見てみたい。君こそ上位の世界に来るべき存在なんだよ!」
しかし、そう僕が言い終えた瞬間だった。僕の周囲を眩い光が包み、気が付くと僕は見知らぬ何処かの部屋の中にいたのだ。
そこには何者かがいて、その何者かはこんな言葉を発した。
「ようこそ、上位の世界へ」
僕は目を丸くする。その何者かはこう続けた。
「あなたは非常に興味深い。まさか、下位の世界から住人を招くとはね。だから、こうしてワタシもあなたをこの世界に招いたのですよ」
それだけ聞けばもう充分だった。
僕は愕然となる。
……まさか、僕の住む世界も仮想世界だったなんて。