先生が、消えた
今日は朝から先生の機嫌が変な気がする。うれしいような?
顔に少しばかり生気が見える。
いつもなら、というより最近はずっと疲れが全面に出ていたから、良かったのかもしれない。
「先生、何をそんなに喜んでいるんですか?」
「ん?ああ、ちょっと、な。秘密にしておいてくれるのなら。いいかい?」
「ええ。絶対に秘密にしておきます」
「村長さんと交流が深まって、それでちょっと資料を貰えたんだ」
「旧社木村のもっとも古い神社で、そこの歴史的価値のあるものでね。また授業が終わったら見せてあげよう」
キーンコーンカーンコーン。終業のチャイムでせきをきったように先生は慌てて職員室に戻った。
資料を調査したいのだろう。
今日は一緒に帰れないと和美ちゃんとカナちゃんに伝えて、二人はもう帰ってしまっている。
教室にいるのは僕だけ。明日もあるだろうし机やいすを直しておこう。
夕日が校舎に差し込んで、黄昏時を表していた。
先生にも資料を聞かなきゃ。
ササゲミが人を殺すのなら、
ササゲミに一番知っていそうなのは先生だからそんな事例があれば、教えてくれるだろうし。廊下をぎしぎしと歩く。
夏の夕暮れと風がとても心地よかった。
外からでも先生としての職務をまっとうしている様子だった。
しかし今は、何も聞こえない。
「まるで人がいないかのように」
イヤな予感がした。
僕は勢い良くドアを開け、突撃した!
遅かった。
遅かったのかどうかはわからない。ただ、そこにあるのは確実に事件性を帯びている血痕。あの時と同じ。
僕はあまりにも悲惨な現場に呆然と立ちすくんでしまった。
文書の書類は辺り一面に散乱し、
物が投げられた跡、そして黒板にある手形の血痕。死体は、ない!
真面目そうなあの先生がそんな事をするはずがない。
「何者かに連れ去られた?」
僕はぞっとした。
怖い。そんなことあってはならない。
怖い。
怖い。
怖い。
ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・。
息が浅くなる。
その時、人影が。
僕しか学校にいなかったのに!
僕はとっさに机の中に逃げ込んだ。
人影が見えた。
なにやら会話をしているようだ。
耳をそば立てる。
「奴の・・・処理は、できているな?」
電話から声が漏れている。処理、処理といった?
「ああ。もちろん。今後も君はそうやっていくんだろうに」
こっちはしゃがれた肉声だ。
「一人目がこれなら、まあまあ今後も上手くやっていけるだろう。期待しているぞ」
「ありがとうございます」
一人目?先生のあとにも人が死んでしまうのか?
「しかし、彼もまた我々旧人類に相対する存在、このような結果になるとはな・・・」
「旧人類」という名前の組織があって、そして奴らはその「旧人類」でそいつらが先生を殺した。
「旧人類」にとってこの先生のササゲミの研究は都合が悪かったのか?
そうして声は小さくなっていった。何故先生を?
そんな馬鹿な、大の男を消すなんて、誰にでもできることではない。
急いで先生の机まで行き、「ササゲミ用」とガムテープが貼り付けられていた引き出しを開けた。
ない!中には何も、入っていなかった!くそっ!
机の周りを念入りに調べる。なにか、先生について!
早く、早く!!!
それは机の裏側に貼り付けられていた。
封筒が落ちないようにガムテープで念入りにはられていた。
その封筒をポケットの中に押し込み、僕は靴も履かずに急いで帰って、この事件の整理をした。
1、僕が来る前に夕立が降っていた。5時10分くらいか?人影がいた。
2、入ったら誰も居らず、荒らされた形跡があった。
3、そして謎の二人の声。(一人は機械の声。)
4、そして奴らは「旧人類」と名乗る組織に入っていて、そいつらが起こした可能性が高いこと。
よし、これでOK。
電話か…ああ、電話。
公衆電話があったはず…犯人達は僕のことも見ていなかった。
つまり、公衆電話で連絡してもいいはずだ。
僕はコンビニに急いだ。電話ボックスが隣にあるはずだ。
いつもは押してはならない赤いボタンを押す。非常時だ。
早く出てほしい。この状況をきちんと他人に教えるために。
頭がどんどんとこんがらがってくる。今の現実がつかめられない。
「もしもし!!」
「はい、なんでしょうか」
僕は事細かに状況を説明した。
先生が消えたこと、血痕、殺人事件、謎の組織、
「…ですから、できるだけ早くお願いします!」
「はい、分かりました。今から行きますので」
よかった。これで犯人は捕まえられるだろう。
学校に戻るのも怖かった。しかしもう一度見に行かないと。
警察も学校にくるだろうし。
深呼吸して学校までの道のりを色々と考えながら歩いていく。
みんなは明日からどうすごすんだろう。
途中で引っ越してきた僕よりも先生と接点が深かっただろうし、
僕はなんてみんなに伝えたらいいんだろう。
先生のいない学校。新しい先生がくるんだろうか。
みんな慣れないだろうし、教室の空気も変わってしまう。
いつもとあの変わりのない学校にはもう戻らないのかもしれない。
悲しかった。考えれば考えるほどに今置かれている状況がどれだけ恐ろしいものなのか、
どれだけ最悪な状況なのか分かってしまうから。
明日なんて来なければいい。そう思ったのはいつからぐらいだろう。
ここにきて、とても楽しい日々だったのに。
学校も、その楽しい生活の一部だった。
だけど、もう無理みたい。
夜の学校は、いつもと打って変わって暗く、来るものを拒むような恐ろしい空気を醸していた。
警察も赤いパトランプを光らせながら同時刻にやってきた。
「夜分遅くに申し訳ない。隣町の大塚です」
「ここです。ここで、誘拐された人がいたんです」
学校を指さす。
「はい、電話でお聞きしました」
大塚さんはガチャリとマスターキーを使って扉を開けた。
「さっき町から借りてきましてね」
一階の奥が職員室だから、そこにいけば分かってもらえる。
ブーン、と古い白熱電球が光を照らす。
隅の影に足音が吸い込まれそうな感覚だ。
「あそこが、職員室です。そこで血痕を見ました」
「わかった。じゃあ、開けようか」
「はい」
ガララ、と扉を開ける。
変わっていなかった。それがとても悲しかった。
「僕の幻想じゃなかった」
先生とのやりとりが思い出される。
先生、死んじゃったのかな。
橙子さんと一緒に山に還ったのかな
警察の人が血痕を採取したり、散らばったところをふうむ、と眺めて
「これは本格的なモノですなぁ。もみ合って連れ去った後に犯人は何かを探していたと見える」
「何かを探してる、ですって?」
こくりと警察の人はうなづいた。
「ウン、これはね、もみ合った跡にも見えるけど、それだとあんな遠くの机が半開きになったり、ほこりの山が散らばったりしないもの。お嬢さん、何か知ってる?」
ササゲミの中身、でもそれじゃないかも。
「ササゲミの中身」
「へ?」
「僕、そこでササゲミの封筒を見つけんたんです」
「ササゲミかい。ふぅん、それで?」
目が変わった。これが警察の人の本当の顔なのか。
「その封筒があの机に貼られていたんです」
「見せてもらえるかな」
「はい」
僕はさっき握りしめて少し折れてしまった封筒を警察の人に渡した。
警察の人は手袋をはめて封筒の封を開けた。
「すいません、読ませてもらいます」
「どうぞ」
遠くから見るに、紙は2枚入っているようだった。
熱心に読んでいるみたい。メモを取っている。
それは3分程度続いた後、僕に封筒を返した。
「ありがとう。これは僕にとってはあまり関係のないものかもしれないね」
「なんて書いてありました?」
「先生は死んだってさ」
あまりのストレートな物言いに、反論しようと思ったけれど、その事実は何も変わりがなく、
ただただ運命を恨むしかなかった。
「そう、ですか」
「君はもう帰ってもらってもかまわないよ。状況も確認できたからね。あとはこっちでやっておきますんで。必要があればまた電話します」
「はい」
僕は一息つけるために、家に帰った。
静かな部屋とジジジ、と鳴らす蛍光灯。
だめだ・・・。手が震える。一人でいるのがここまで怖いなんて。
誰かがまた殺される。行方不明。殺人。
物騒なワードが僕の脳内をぐるぐるとかき混ぜた。
持ってきたラジオも特にそれらしきニュースは流れていない。捜査は難航中なのか?
昨日まで明日が来るのがあんなに待ち遠しかったはずなのに。




