秘密基地
「今日は前にも話した秘密基地について紹介するね!!」
学校から帰って一息ついたらまた彼女が飛び込んできて、そう言い始めた。
「ああ、秘密基地ね」
「じゃあ!今すぐ行くよ!」
「な、なにするの和美ちゃん!」
和美ちゃんに目隠しをされてどこかに来てしまった。
「ここが秘密基地。さあ、見てごらん?」
「秘密」という冠にぴったりな、木がうっそうと茂っていて、
しかし僕らが歩いてきた道には、綺麗に舗装されている。
下を見ると、石畳が並べられていた。
一枚一枚どれをとっても、さっき並べられたばっかりかのように綺麗だ。
「ここは昔は雑草で通れなかったのよ。だけれど、近所の子供たちと一緒に毎日掃除をしたら、
こうやって綺麗になっていったの。さあ、これをもって麻耶ちゃんも掃除してね」
ほうきを手渡された。どうやら探検の口実に掃除をさせるつもりだったらしい。
今回は真正面の草に覆われている「基地」という看板が吊り下げられた小屋の中の掃除だという。
トタンのドアを開け、ちょっとした廊下を進むと突き当りにまたドアが設置されていた。
防寒のためにここの地区では昔から二重のドアと廊下はつきものだそうだが、
この設備もまた秘密基地の感じを出していてとてもかっこいい。
「ようこそー!!!」
先に入っていた子供たちがお出迎えしてくれたようだ。
みんなも手にはほうきやちりとり、本格的なそうじセットを持ってきている猛者までいる。
彼らもまた秘密基地を愛し、秘密基地を守る者たち。
いわば同志だ。和美ちゃんに目配せをする。掛け声は僕がやらせてもらおう。
「さあみんな!掃除を始めるぞ!僕に続け!!」
小屋の中は広く、奥には厨房やラジカセがきれいに扱われているようで、
中央にはツギハギだらけのソファーと一本足のテーブルが鎮座していた。
さらに壁際にはどこからともなく持ってきた煙突につながる暖炉まで。
「和美ちゃん。これらは全部、みんな持ってきたものなの?」
「そうだよ」
まるで当たり前かのように切り返した。
みんなの秘密基地、か。
「最初はね、この道の先には何もなかったの。ただの行き止まりの土かべだけ。
そこから掃除道具を入れる小屋を作ろう!って私が言い始めて、
そうこうしたらこんな基地みたいにね、どんどんと基地も進化しているのよ」
ほうきをブンブンと振り回してゴホゴホとせき込みながら上機嫌に叫ぶ和美ちゃん。
僕も何か手伝えることはないかと、煙突の掃除をしている男の子に声をかけた。
「もしもし、そこの少年、僕に手伝えることは何かありませんかな?」
「んじゃあ、煙突をこれできれいにしてくれない?」
差し出したのは取っ手つきのたわし。
「これに洗剤をつけてシャカシャカ煙突の中をあらうの。
この中で一番背は高いと思うから、腕も長いし、お姉ちゃん頑張ってね」
男の子に笑顔で頼まれてしまった。
笑顔に弱いと知ってか知らずか、なんとも知将だ。
こやつ、やるな。
暖炉との接続部を取り外し、腕を入れる。
内側の壁をこすると、それ以上のすすが腕についてくる。
真っ黒けになり、右手がまるで闇に包まれたようになってしまった。
ずっと掃除ができていなかったんだなあ。
よし!今後からは専属煙突掃除係だ!
子供たちも一生懸命に働き、室内もみんなの体温でほてってきたところで、
和美ちゃんはパンパンと手をたたいた。掃除は終了。
「お疲れさま!」
と、テーブルの上に置いてあった紙袋を開き、紙袋に包まれたクッキーを取り出した。
子供たちはにこやかにもらいながら「ありがとう!」と口々に喜びを表し、そのまま彼らは小屋を飛び出していった。
残された僕と和美ちゃん。
「あ、ちょっと日が暮れて涼しくなったし、暖炉つける?」
手慣れた手つきで火種を入れ、暖炉が火をたたえはじめた。
ほっこりとした温かさが室内にひろがり、はぁ~っとした気分がほぐれてゆく。
「どうでしたか?秘密基地の感想は」
「とても最高!もうここで暮らしたいくらい!」
彼女はにっこりとほほえんだ。
僕の反応に満足したみたい。
「この基地には幽霊が出るって・・・、いわれていたらどうする?」
「えっ!それは本当なの!僕、ぼく、幽霊だけは本当に苦手だから!」
クスクスと腹を抱えて彼女は笑った。うそか、よかった。
「って、なんでそんなウソをつくのさ!ひどいよ!もう!」
笑い転げている彼女につられ、僕も笑い出してしまった。
二人で笑いあった後は、学校について話し合った。
僕が住んでいた中学校のこと、人がいまいる分校の数十倍はいること、などなど。
彼女が知らないことを教えるってのはとても楽しいし、彼女にとってもとても新鮮で、キラキラと目を輝かせて聞いていた。
でもこっちの学校の方が一人ひとり家族のようでとても楽しいし、毎日ワクワクしていることなんかももちろん付け加えた。
むろん、今の生活の方が楽しいに決まってる。
人が人らしく生きていられる、本当の「自由」を手に入れられる、素晴らしい学校なんだもの。
残りのクッキーをたくさん食べて、暖炉で沸かしたコーヒーを飲み干すころには、外がもう夜になっていて、
壁に掛けてあったランタンにも火をつけなければならなくなったので、
もうここにもおさらばしようかと思って立ち上がったそのとき、
薄暗い小屋の中で彼女はキスをした。
僕は彼女が一体何をしたのかが分からなかった。
頭の中が真っ白になるとは、まさにこのことのようで、手に力が入らなくなった。
鼓動だけがドクン、ドクンと高ぶって、唇に全神経がいきわたっている感じがした。
「・・・ふふ。さぁ、帰りましょう。暗くなってきたし、麻耶ちゃんの家まで送ってあげようか?」
「いや、いいよ。ありがとう」
そのまま二重ドアを突っきって、逃げるようにして小屋から出ていってしまった。
あの和美ちゃんとのキス、キス、キス。
出会って間もない僕たち。確かにムード的にはよかったけど、
でもまず僕らは女同士。しかも恋人でもない。
ただ学年が一緒なだけの友達付き合いじゃないのか?
そうだ。なのになぜ?なぜ彼女はこんな奇行に及んでしまったんだ!
ひゃあああああああ!!!ひっきりなしに叫んで、もときた道を全力疾走しながら帰宅した。
家に帰ってある程度落ち付いて考えると、僕はあのとき、とてもうれしい感情がこみあげてきて、それを覆い隠そうとしたのかもしれない。
なぜか勢いよくキスをされて、これ以上のないうれしさ、愛を感じたのかはわからないけれど、
枕を引っ張り出し、顔をうずめながらあの時の情景を回想した。
とにかく和美ちゃんのキスには特別な「何か」があったし、
その特別な何かで僕はとても心が満たされている気持ちになっている。
恥ずかしかったけれど、良かった。




