鳴かないカナリア
「――リア」
僕の声を、傘に弾かれた雨音が邪魔をする。彼女は振り返らずに、コンクリートの上を歩き続ける。きっと、聞こえている。気づかないふりをしているのはすぐにわかった。そんな彼女の2メートルくらい後ろを僕は口をつぐんで歩いた。
湿度はそんなに低くないけれど、空気は冷たい。もう夏も終わる。足元の水たまりに雨粒が落ちて、水たまりの中の世界が歪んだ。
雨の日は、嫌いじゃない。
けれど、彼女にとってはどうだろう。
雨の日の踏切の音の余韻は、僕らの心を静かに抉る。『踏切の音は、アクセントのいいお手本なんだよ』と、音楽の先生が音楽記号を説明するときに語っていたのを思い出した。頭の中で、カンカン――とこだまする。彼女は目の前にいるのに、言葉が何も出てこない。思いついて何かを言いかけても、その言葉は喉の奥でつまり、熱く煮え、口の中はどんどん乾いていく。
緑色の電車が目の前を通り過ぎると、遮断機が上がった。再び彼女は歩き始めた――かと思うと、踏切の真ん中で突然静かに足を止める。そして、静かに呟いた。
「私ね、夜中、家をこっそり飛び出して、線路の上をずっと辿っていきたいの」
彼女の視線の先には、一直線に伸び、どこまでも続いていく線路があった。そんな彼女の視界の中に、果たして僕は存在するのだろうか。
「……」
「いつもありがとね、リュウ」
彼女の笑顔は、どことなく寂しそうだった。でも、笑顔を作ることで自分を保とうとしている彼女の姿を、この15年間一番近くで見てきたから、僕は何も言えない。彼女は僕に本音を言うけれど、感情をすべて出すわけではなかった。僕の前では涙を流さない。一番大切な人にしか、彼女は涙を見せなかった。彼女の涙を最後に見たのは、もう5年以上前――小学生の頃になる。僕は、彼女の腐れ縁――良く言えば幼なじみ――という枠の中で、たぶん、一生もがき続ける。
「リア、雨嫌いだろ?」
再び歩き始めた彼女の背中に問いかける。雨は止まない。彼女は静かに振り返り、傘の下から僕の瞳を覗き見た。
淡く、彼女は笑った。
夜、疲れて、ベットの上に寝転がり、雨の音をなんとなく聞いている。
そんな時間が大好きです。
叶わない、届かない…とわかっているものを、キッパリやめられないのは、弱いからなのでしょうか。
雨の日は、なんとなく、自分らしくいられる気がします。