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フォアードマーチ!  作者: 水戸 祥平
3/3

歩くセンスがない三上

初めての夜の練習は、パート交流することになり、先輩部員と同回生の変人の池谷と美人で無表情の角南と熱血の三上とが顔を合わせた。

先輩達は驚いた。1回生の個性が強過ぎたためだ。

先輩たちの構成は、4回生が3人、2回生が2人の5人のメンバーで1回生が入ることで、8人の大所帯になる。


ホルンパートの新メンバーを迎える時に行う儀式がある。1つのジュースを全員でまわし飲みをする。

人によっては、耐えられないことだが、池谷と三上は抵抗はなかったが、角南は嫌々その儀式に付き合った。

その後は他愛もない話をして、パートの先輩達は接しやすく三上は楽しんだ。

むしろ、池谷と角南と会話をする方が三上は不安に思っていた。


次の日、早速一回生もマーチングの例の足上げという練習に参加した。

場所はホールの舞台から降りたスペースで、これがなかなか広い。

縦に12m横に16mのスペースを練習に使用している。

縦横2m毎にカラーの黒と赤のゴムテープが十字に貼られている。これをポイントと呼んでいる。

縦から見て端から6mのポイントを全て赤いゴムテープが貼られており、横から見て8mのポイントを赤いゴムテープに使用している。つまり、縦横真ん中のラインのポイントが赤いポイントがくるようになっている。それ以外は、全て黒いポイントが貼られている。


この練習を仕切るのは、3回生のサブドラムメジャーの郷田が仕切る。そう、あのゴツイサックスの郷田は3回生のマーチングの指揮者であった。

サポートで入るのが、正規のドラムメジャーであるTbを担当する4回生の山村である。彼は、170cmの細身で薄い天然パーマでやや老け顔でメガネを掛けている見た目は、頭が良さそうだが、大学生には見えない風格が漂う。

この郷田と山村のコンビがK大学のマーチングを支えているようだ。

2人は、全体の前で簡単な自己紹介を終え、練習を開始する。

謎の筋トレとバランス感覚の向上を図る白鳥といわれる準備体操を終えた後、歩く練習のスタート。

郷田は、全員に向かって説明を行った。

「まずは、どのポイントでもいいからポイントの上に立って。」

一回生を除いたメンバー全員が走ってポイントの上に立った。

一回生も先輩につられて、急いでポイントの上に立った。

郷田は、説明を始めた。

「ポイントの踏み方は、ポイントの真ん中に気をつけした状態で両足の土踏まずの真ん中が来るようにポイント踏んでな」

「おいー」

先輩達が、男性を中心に威勢良く返事した。

郷田は、説明を続けた。

「マーチングの基本姿勢である『ハルト』から教えるね。はじめに皆、気をつけの姿勢になって。次に踵を紙一枚分浮かして。次にベルトの位置に両手を持ってきて軽く肘を曲げ、拳は軽く握る。全体の重心を少し前に置き、視線を15度くらい上を見るようにしてね。これがハルトの姿勢ね。この時、肩の力を抜くようにしてなー」

”意外としんどいな”

三上は思った。

郷田は説明を続けた。

「その体制のまま、口の前で両手の掌を組んでー。これがセットアップっていう楽器を吹く姿勢ね。これからハルトとセットアップの号令を掛けるから一瞬でこの体制になってな。それじゃあやってみようか」

郷田はスティックをスティックで叩き、早いテンポで音を鳴らす。

カン、カン、カン、カン「テーンハルト」

郷田は歯切れよく声を張り上げた。

一瞬で先輩達はハルトの姿勢になった。

一回生もなんとか遅れまいとついていく。

郷田は、スティックで遅いテンポで音をならす。

カン・、カン・、カン・、カン・、「セットアップ・セットアップ」

また、歯切れよく声を張り上げた。

一瞬で先輩達は、セットアップの姿勢になった。一回生も遅れてセットアップの姿勢になる。

次の瞬間、先輩達は驚くべきスピードで楽器を構える体制になった。

”なんなん?この集団”

あまりのスピードに三上は驚いた。

ハルトとセットアップの練習を繰り返した。一回生達は山村と郷田に姿勢を直されながら、無心で練習に取り組む。


郷田は続けた。

「次はマーチングの足踏み。所謂マークタイムを教えるから。俺が『マークタイム、マーチ』って掛け声をしたら、一瞬でセットアップの体制になってな。その後『はちとー、いちとー、にーとー、さんとー、しぃーとー、ごーとー、ろくとー、しちとー、はちとー、いちとー、にーとー』って言う掛け声に合わせて、偶数拍で左膝を曲げて踵を浮かせて。その時、踝は地面につけて踵を上げる。奇数拍で右足も左足と同じように動かしてね。俺が『マークタイムハルト』って言うまでマークタイムを続けてな。」

「おいー!」

郷田は返事に納得して、続けた。

「よし、じゃあとりあえず、やってみようか」

郷田は手に持ったスティックで一定のリズムを刻み始めた。

カン、カン、カン、カン、「テーンハルト」

全員がテーンハルトの姿勢に一斉になった。

一回生は、やや遅い。

カン・、カン・、カン・、カン・、「マークタイムマーチ!」

郷田は歯切れよく声を張り上げた。

その後、一瞬で先輩たちは、セットアップの態勢になり、ドラメ以外のメンバーが声を張り上げ、カウントする。

「はちとー、いちとー、にーとー、さんとー、しぃーとー、ごーとー、ろくとー、しちとー、はちとー、いちとー、・・・」

これをしばらく繰り返した後、郷田は再び声を張り上げた。

「マークタイムハルト」

「はちとー、いち、に。」

三上はハルトの姿勢を解き、普通に立った。

「おーい、俺がOK出すまでハルトの姿勢は、保たなあかんで三上君」

三上は、メンバー全員の前で郷田に注意された。

「あっ、すいません」

三上は恥ずかしそうに謝った。

郷田は、マークタイムのコツを話始めた。

「皆、マークタイムの時は肩揺れたら、あかんのやで。」

「おいー!」

先輩達は返事をした。

三上は、体育会系を超えた軍隊のような雰囲気に圧倒されている。

郷田は、そんな三上を無視して説明を続ける。

「踵をあげるやろ。ほんなら踵を下ろす時は粘らなあかんで。」

粘りってなんや?

三上は疑問に思った。

「親指に力を入れて、じわっと踵を下ろす。そうする事で肩が揺れにくくなる。やから踵を下ろす時、踵を粘った上で次の足を動かしてな!」

三上の疑問に答えるように郷田は説明をした。

「おいー!」

おきまりの返事が出たが、三上や一回生は、このノリについていけない。

「はい、じゃあもう一回やるよー。」

カン、カン、カン、カン、「テーンハルト」

全員が一瞬でテーンハルトの姿勢に。

カン・、カン・、カン・、カン・、「マークタイムマーチ!」

「はちとー、いちとー、にーとー、さんとー、しぃーとー、ごーとー、ろくとー、しちとー、はちとー、いちとー、・・・」これをしばらく繰り返した後、郷田は再び声を張り上げた。

「マークタイムハルト」

「はちとー、いち、に。」

5秒くらい間を空けて、郷田はスティックを叩き言った。

「はい、いいよー。楽にしてー。うん、まだ肩揺れてるから、皆もっと粘ってな。」

「おいー!」

と郷田から言われたが、思いの外、この粘りを入れれば入れるほど、足がだるい。一回生はそれが、顕著に出ていた。

郷田はそんなことは、気にせず次々進める。

「時間がねぇーから次行くよ!」

「おいー!」


「次は、前進のフォワードマーチや!じゃあ今度はパート毎で、固まって左に行ってー。

「おいー!」

メンバーは、走って客席から向かって左の方にパート毎で固まった。

マーチングの歩き方で重要なことは、滑らかに歩く事が重要やから、それを意識してな。」

郷田は続ける。

「滑らかに歩くためには、まず直立から左膝を曲げる。膝を曲げたら踵が上がるよな?そのまま踵から足を出し、地面に踵をつける。それからゆっくりと踵から爪先にかけて足の裏を地面につける。この時のゆっくりと爪先を下ろすことを『粘り』って言うんやで。次の2歩目の動き出しは、1歩目の左足が粘り始めてから、右足を動かし始める。奇数拍と偶数拍との間の裏拍の時に左足の土踏まずを通過し、次の奇数拍で右足の踵がつくようにタイミングを合わせて歩く。これを続けるだけや。簡単やろ?その時に1歩が50cmになるように歩いてなー。よーし、じゃあ上回生の人がお手本で歩るくから、一回生は、今言った事ができてるか見ててな。」

「おいー!」

上回生は大きく返事をした。

カン、カン、カン、カン、「テーンハルト」

郷田は早いテンポでスティックを叩き、声を張り上げた。

次は遅いテンポで叩き始めた。

カン・、カン・、カン・、カン・「フォアード・マーチ」

「はちとー、いちとー、にーとー、さんとー、しぃーとー、ごーとー、ろくとー、しちとー、はちとー、いちとー、・・・」

暫く歩いた後、先輩達は足を止め

「いち、に」

の掛け声でセットアップの態勢を解きテーンハルトの態勢になった。その後、最後にポイント通りに歩けたか足元を確認し、スタート地点まで先輩達は走って戻って行った。

”まさに軍隊じゃな”

三上は心で思った。

そしてこうも思った。

”これならできそうじゃな”

「じゃあ今度は、一回生も入ってー」

三上は、先輩達にセンスがある所を見せようとはりきった。

カン、カン、カン、カン、「テーンハルト」

郷田は早いテンポでスティックを叩き、声を張り上げた。

次は遅いテンポで叩き始めた。

カン・、カン・、カン・、カン・「フォアード・マーチ」

”あっそっかセットアップするのか!やばっ”

三上は、セットアップに出遅れ、動き出しもズレたが、4歩目以降でなんとか追いついた。

”たぶん上手く歩けていない”

三上は、なんとなく自分が上手く歩けていないことに気づいていた。

歩き終えた後に先輩がアドバイスをくれる。

「三上君、ブリケツやな?」

ホルンパート4回生の部長の溝端から言われた。

「何ですか?それ?」

「ケツが出てるってこと。つま先上げることに意識しすぎて、ケツが出ちゃってるで」

「すいません。」

それを聞いていた1回生のトランペットの松村と森山に笑われているのが、分かった。

三上は、赤面した。

”そっかワエには歩くセンスがないのか”

三上は、致命的なことに気が付いた。

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