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Kanの短編集

記憶

作者: Kan


             1


 なんだか妙な具合に心細い夜であった。わたしは取り立てて、夜が怖いというのじゃない。むしろ夜というものは静かで、どこか純粋な気がした。それでも、この夜というものは、純粋であることでかえって、得体の知れない化け物のようであった。

 何も用事のない休日の夜に、わたしはふらふらと街に出た。しかし街に出たところで、やることもなかった。闇に馴染んだ目には、夜の街は明るすぎた。だから、わたしは嫌気がさして、何も灯りのない方へと、ふらふらと歩いて行った。

 建物の間に、ぽつりぽつりと畑があって、そこは一面の暗闇であった。なんだか、ほっとしたような気がして、暗闇を見つめていた。夜の闇を駆ける車の明かりが、流星のように過ぎ去っていった。ただ、静けさだけが残っていた。

 そういえば、とこんな時に昔のことを思い出した。この暗闇に包まれた畑は、少しずつ切り分けられていて、一般家庭に貸し出されているものであった。ここで中学生の頃に、慣れない畑仕事をして、大して野菜も実らなかったことを思い出した。

 それはそれで、今となっては良き思い出であった。でも、その畑仕事を一緒にやっていた友人は今、何をしているのだろうか。大学に行ったということであったが、今となっては、連絡をすることもなくなった。喧嘩したとか、そういうことは何もない。ただ会わなくなって久しいというだけの話。

 懐かしいという感情とはまた違う、妙な寂しさ。そして、それは取るに足らない寂しさであった。

 またぼんやりとして、歩き出した。そこには、お地蔵様が一人立っておられた。ずっと前に、やはり中学生の頃のことだろう、ここを通る度にこのお地蔵様に手を合わせていた。久しぶりに見てみれば、やはり優しいお顔であった。


            2


 今日はやけに冷え込むようであった。何もない漠然とした朝。わたしは突然に仏像について考え出した。

 仏像といえば、わたしが一番好きなものは、平等院の阿弥陀如来坐像であった。初めて、そのお顔を拝見した時には、おっと息を呑んだ。慈悲とかそういうものは、わたしには難しくてよくはわからなかったが、どこか自分の遠い記憶を探るような想いにかられた。どこかで昔、見たことがあるような。わたしの心は深い深い思い出の中に吸い込まれていった。いつしか、わたしはこの平等院の阿弥陀様のことで胸が一杯になった。

 そのお顔のことで、ふと気になった。あのお顔はもしかしたら、あの小道にひとつぽつんと佇んでいる、お地蔵様のお顔ではないだろうか。中学生の頃に、わたしはあの道を通る度に、あのお地蔵様に、手を合わせていた。その記憶が、わたしと平等院の阿弥陀様をつなげたのではないか。

 そして、わたしはそのことが気になって、コートを羽織ると、あのお地蔵様の元へと向かった。

 ところが、お地蔵様のお顔を拝見すると、わたしの思い出とはどうも違って見えた。


            3


 ある時、わたしは夢の中を彷徨(さまよ)っていた。わたしには薄ぼんやりと、あの阿弥陀様のお顔、そして、お地蔵様のお顔に似ている顔が浮かんでいた。わたしはひとり彷徨(さまよ)って、彷徨(さまよ)って、ついにもう彷徨(さまよ)えぬというところまで彷徨(さまよ)い続けた。

 その時、あっと浮かんだ、その顔は……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)独りの人生を深く味わったような感じでした。渋い雰囲気がたまらんですね~。 [一言] ∀・)このシリーズ何となく好きです♡
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