最終話 運の良い遺伝子
-この世界は、過去・現在・未来が
ぐちゃぐちゃに入り混じっている。
なので、時間概念が意味を成さない-
マスターと呼ばれる者達が
”運の良い男(配管工事者)の遺伝子”……すなわち
”必ず生き残る細胞”と同じ遺伝子を持つ人間を過去に送り込んだのは
自分達が生き残る確率を確かなものにする為であったが
逆にそれは、彼らが決して望まない結果を確実にした。
マスターが時空に手をかけた事により、過去と現在と未来の人間が
ぐちゃぐちゃに入り混じる、時間概念のない世界が誕生した。
マスターの理論では、現在の人間を過去へ送り込む事そのものは間違っていなかった。
では、何が原因で『時空間壊滅』という想定外の危機に陥いる、間違った結果になったのか?
それは、運の良い男(配管工事者)がマスターから逃げ出し、過去の人間と接触した事だった。
ちなみに、なぜ運の良い男(配管工事者)は逃げ出したのか?
理由はひとつ。
彼にとって、送られた先の過去はとても居心地の良い場所で気に入ったのだ。
だから煩わしいマスターの管理など”くそ食らえ”だった。
マスターは、時空間壊滅を無かった事にするため
原因となる運の良い男(配管工事者)を消し去りにかかった。
マスターは『過去へ行くゲート』で血眼になって捜した。
時空間壊滅まで残り8時間と迫った所で
『由利子』という人物が運の良い男(配管工事者)の祖母であることが分った。
ならば、彼女が子供を産む前に殺せば自動的に運の良い男(配管工事者)も消えると考えたが
そもそも時空間がぐちゃぐちゃになっているので、出産前の彼女を見つけ出すのは不可能だった。
彼らの計算で、時空間が壊滅するまで残り6時間を切った。
彼らには後が無かった。
運の良い男(配管工事者)も由利子も消すことができない今
同じ遺伝子を持つ人間なら手当たりしだい殺せば何とかなると、躍起になって探し回った。
そして時空間壊滅まで2時間を切ったとき
『由利子』に関係する何億もの人間の中から、歪んだ時空間のまさに今
マスターらと同じ空間に存在し、しかも研究所のすぐ傍にある酒屋の主が該当する人間だと判明した。
マスターは念入りに調査し、酒屋の主を連れ去った。
時空間壊滅まで、すでに1時間を切っていた。
さて、酒屋の主を連れ去り始末した事で
マスターの望み通りに時空間の危機から脱出できたのか?
もちろん計算通り、危機から脱出した。
当然、時空間の危機による死からマスターは免れたことになる。
しかし、想定外の結果が待っていた。
マスターは重犯罪者として捕えられ死刑を宣告された。
自分達が本来受けるべき『地球最後の日』を過去の人間に負わせた上
時空間壊滅から助かる為に酒屋の店主を殺害した罪だ。
「マスターへ判決を言い渡す…全員死刑!」
世界最高裁判所裁判長の声が通信機器によって地球上の隅々まで響き渡る。
彼らはさすがに観念した。
時空間の危機から逃れたこの世界は
裁判官も、酒屋の常連客と名乗る若い研究員も、傍聴人も、警備員も
また裁判の様子を生中継で見ている世界中の全ての人間が
酒屋の主と同じ遺伝子(必ず生き残る細胞)を持つ者達で溢れていた。
ちなみに酒屋の店主は、運の良い男(配管工事者)の息子の1人だ。
運の良い男(配管工事者)は若い研究員に扮し
時空の歪みによって年齢が逆になった息子(酒屋の店主)へ危機的状況を警告したのだが、実に残念な結果だ。
冥福を祈る。