第5話 時間を殺した経緯
地下深くに建設された研究室に残された人類が次にする事はいったい何か?
ある研究者が、「自分は死に損ねた」と言って自殺した。
すると連鎖反応で周囲にいた者達が次々と自殺した。
一斉に命を絶つ仲間達を見て、気が狂い泣き叫ぶ者が続出した。
だが、冷静に現状を見据えた上でチームを組んだ者達もいた。
彼らは将来『マスター』と呼ばれる組織の幹部となる。
彼らは、彼らにとって必要な人間以外は全て殺した。
では、必要な人間とは誰か?
まずは、開発中の『過去へ行くゲート』を今すぐ完成させる知恵と知識を持つ人間だ。
開発は不可能だと彼らに反対する者達は殺された。
過去の地球へ行き火星への移住計画自体を消し去れば
今直面している『地球最後の日』を避けられると彼らは考えていた。
火星移住計画は、人口増加に伴う地球の環境破壊問題を解決する為の策だったが、それによって人類自ら絶滅しようとは皮肉なものだ。
彼らは、人口を極度に削減する事で人間の活動力を1/8以下に抑えれば
地球が本来持っている自然治癒力によって環境が回復してくると計算ではじき出した。
では、いつ頃の人口を削除すると丁度良いか?
彼らは21世紀前半に焦点を定めた。
これについては、深い議論をしていない。
ただ単に『過去へ行くゲート』の限界が21世紀前半だっただけだ。
さて次に必要なのは、交渉力を持った人間だ。
過去へのゲートが開いたら交渉力の長けた者が過去へ赴き、影響力ある人間と交渉して人口を強制的に減らすよう仕向ける。
由利子や世界中の人類が受け取ったあの往復ハガキは、交渉力のある者達が影響力のある過去の人間と交渉し、人類削減を実行させるものだった。
最後に重要な人間を彼らは選んだ。
それは必ず生き残る要素を持つ特殊な人間だ。
彼らは排水管工事の男を1人送り込んだ。
男は大の酒好きで仕事場に酒を持ち込み呑んだ揚句、いびきをかいて寝ていた。
運の良い事に、大事故も施設内での殺戮も知らない。
更に、彼らに必要だと思われるタイミングでヒョコリと顔を出していた。
「え!?俺ですかい? 俺ぁ何すればイイんですかい?」
そう慌てる男に、彼らは「与えられた場所で思うままに生きれば良い」とだけ伝えた。
彼らは知っていた。
どんなに完璧な物事でも、『運』が良くなければ元も子もない事を。
運の良い人間を過去へ送り込むことで自分達が生きる未来が、確実に良い方向になるよう『願掛け』でもあった。
計算では8時間後、地球の反対側の地表を剥いた衝撃がこの地下施設を襲い破壊する。
開発中の『過去へ行くゲート』を使える物に仕上がった勢いで、『運』の良い人間に自分らの運を賭ける。
どうせ死ぬならと日本古来の武将の考えに賭けた。
この賭けは地球滅亡を避ける事を成功させた。
ただし、彼らの命が助かった代償に時間の概念が破壊され、過去・現在・未来の人間がぐちゃぐちゃに混ざり合う結果となった。
時空間そのものが壊滅する危機に瀕死する事になったのは想定外だった。