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時間を殺した代償  作者: 祭月風鈴
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第2話 モグラになった女

 由利子は暗闇の中で目覚めた。

今、何時だろうか。

目覚ましを探して手を伸ばすが、ゴツゴツした岩の感触しかない。

「はっ」

 由利子はガバッと跳ね起きた。

そこは真っ暗な洞窟だった。

「気がついたの?」

 由利子と大差ない年齢と思われる女性の声がした。

だが、真っ暗で何も見えない。

「あの…ここは何処…でしょうか」

 由利子は何となく察しながら訊ねた。

すると女は

「…あなた、( 1 )に署名したでしょ? だから…」

 と言うと、それ以上は答えなかった。

ただ苦しそうな息遣いと口臭混じりの血の臭いを残して、ドサリと音を立てた。

女は舌を噛み切っていた。

由利子は暗闇で自殺したその女に何の感情も湧かなかった。

正気を保つ為、由利子の脳は思考を瞬時に停止させていた。

「あんた、ずいぶん冷静ね…。 この場所に来て目を覚ましたばかりのクセに」

 先程とは別の女が腹立だしげに話しかけてきた。

由利子は、言葉使いが良くないこの女が恐怖に耐えてきた事を悟った。

「あたしはね、あたしの子供達と亭主に会うまで死ぬ気はサラサラないのよ」

 由利子は女を突っぱねる様に言った。

すると女は甲高い笑い声をあげ「足掻きなよぉ!」と言い残して先程の女と同様に舌を噛み切った。

由利子は感づいた。

この空間には、自殺する為の道具となる物が無い事を…。


 

 しばらく呆然と地面にへたり込んでいた由利子だったが

ゆっくりと立ち上がり、執念で一歩を踏み出した。

両手を前に伸ばして暗闇をまさぐり始める。

どんな場所であっても自分が『ここにいる』という事は、どこかに入口があるハズだと考えたのだ。

 地面の凸凹につまずき倒れても立ち上がり、恐らく人であろう物を踏んづけて転んでも立ち上がり、やっとの事で両の手は ”空間”から”壁”へと辿りついた。

その場で一度しゃがみ込む。

だが、それ以上しゃがんでいたら動けなくなると感じた由利子は岩壁に爪を立てた。

全身に力を込めてムクリと立ち上がると、手探りで壁を丹念に調べながら歩き出した。

”子供達に会いたい、亭主に会いたい”

ただその思いだけが、由利子を動かしていた。


  岩壁をまさぐる自分の音しか聞こえない暗闇の中。

由利子はとうとう、誰かが後から埋めたと思われる壁を見つけた。 

喜びと期待で悲鳴とも受け取れる歓喜の声を上げる。

「柔らかい!!素手で掘れる!」

 だが、実際は尋常ではない環境が、由利子の感覚を麻痺させ柔らかいと思わせていただけだった。

当然、爪が割れ血が噴出す。

本来ならば相当な激痛のハズだが、もはやそれさえ分らないほど正気を失っていた。

一心不乱に掘り進む由利子は、指の痛みのみならず空腹感や喉の渇きは感じない。

そして時間の感覚もない。



 やがて、光が見えた。

血みどろの、爪が無い指でもう一度掘るとかろうじて頭を出せた。

どこかの里山の家屋の裏だった。

「おばあちゃん。 どうしてそんな所にいるの?」

 土から首だけを出している由利子に、ボロボロのランキングとツギハギだらけの半ズボンを履いた男の子がたずねた。

 あの日、往復ハガキを受け取った由利子は30代半ばだったが、今の由利子は長い白髪を垂らした90歳の老婆だった。

男の子が家族を呼び、数人の若者達に由利子は助けだされた。

 時は1947年。

第二次世界対戦は終結したが、復興はままならない時代だった。

由利子は村長宅に保護された。

疎開地の更に疎開地のような村だったので、出稼ぎに行っていた数人が空襲にやられてた事以外は戦争が日常に影響する事はなく、他の土地より明らかに平和だった。

「私は…34歳なんです」

 由利子は言った。

「小学生の息子と保育園に上がった娘と…主人と…義理の母と一緒に暮らして…」

 由利子は目を命一杯大きく開いたまま嗚咽する事なく涙を流した。

何十年も暗闇にいたので、その目は見開いたまま硬直しており、息を引き取るまで、まぶたは閉じる事がなかった。


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