1章7話 蒼龍の別れ
第3次攻撃隊は先程の敵艦隊の不接触の失敗をはらさんと、勇ましく飛龍から出発した。
時間がかかったが、艦戦18、艦爆40、艦攻34の92機全てが参加した。
十三試艦上爆撃機の報告をもとに、深手を負っているヨークタウンにとどめを刺すため母艦上空から姿を消した。
「南雲さんは?」
彰は駆逐艦舞風の医務室にいた。赤城は現在消火作業中で、このまま上手く行けば曳航可能だと言う。
「爆発による怪我は無いが、精神的にまいっており、しばらくは目を覚まさないだろう。」
彰は頭を抱えた。
(山口多聞はまだ生きている。希望を持たせてあげたいが、目を覚まさないんじゃどうにもならない。)
彰は医務長に礼を言うと甲板へと出た。
甲板には負傷者がごった返していた。ひどい人は体の一部が切断されたりと、戦場の悲惨さが生々しく彰の頭に入ってきていた。
「蒼龍は無理そうか……。」
彰の見つめている蒼龍は火災が酷く、機関がすでにやられ、損傷もひどく曳航は不可能だと判断された。
すると、駆逐艦浜風と浦風が蒼龍に近づき、魚雷を発射した。どうやら処分が決定されたようだ。
蒼龍の右舷に数本の巨大な水柱が立つと、蒼龍はゆっくりと海の中に隠れるように傾き始めた。
何分たっただろう。蒼龍は艦首を静かに海中に収め、その姿をミッドウェー沖に隠した。多くの蒼龍生存者や将兵がその場に泣き崩れた。
加賀は信じられない事に自力航行が可能と報告がなされた。史実ではありえない事で、加賀も沈むはずだ。
しかしこの世界はそうはならず、加賀も駆逐艦嵐、巻雲の手助けを受けながら戦線離脱を始めた。
彰は混乱した。彰の知っている歴史と全く異なる結果になってしまった。
(飛龍は健在。加賀はおそらく12ノット程度(時速21キロ)しか出ないが健在している。世界は変わっているんだ。そして今、赤城も復活しようとしている……。)
「ちょっと良いか?」
不意に、声をかけてきたのは草鹿だった。
「どうしました?」
「長官を助けてくれてありがとう。部下として、個人としてもお礼を申し上げる。」
草鹿は深々と頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。俺は俺にしか出来ないことをしただけです。それよりも、この後敵の艦爆隊が来ます。対空警戒を厳にしてください。」
草鹿はうんざりしたような顔を見せたが、すぐに頷いた。
「ほんとに知っているのだな。もっと前からいてくれれば良かったのに。」
草鹿は少し微笑みながらそう言った。
「そんな。でも、この世界は俺の知っている世界と変わってしまった。今後何が起こるのかわからないですよ?」
「それでも何が起こるかわからない戦場で貴様の知識は役に立つ。それが今回の件で証明されたのだ。貴様があそこで陸用装備のままで発艦させなかったら、被害が甚大な事になっていただろう。」
確かにそのとおりだ。史実では陸用装備を空母発見に伴い対艦用に変えたことが原因で発艦が遅れ、被害が大変なことになったのだ。
「でも蒼龍を、主力部隊の一角を失ってしまった…」
「それは仕方ないであろう。」
「え?」
意外な答えに彰は驚いた。
「言っただろう?戦場は何が起こるかわからないと。蒼龍は、祥鳳に続いて運命に従っただけだ。加賀と赤城は運が良かっただけだ。」
彰は言葉が出てこなかった。
「そう難しい顔するな。まだ戦いは始まったばかりだ。」
草鹿は上目使いで話しかけてきた。
「ちょっ、顔が近いっすよ?」
彰が困ったように言うと、草鹿は悪戯っぽく笑って顔を離した。
「そうだったな、すまん。私は長官のところに行ってくる。」
「わかった。」
草鹿は振り返ると艦内へと姿を消した。
「さてと…、これからどうなるのやら……。」
彰はため息まじりに呟いた。
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第3次攻撃隊はヨークタウンを見つけられなかった。しかし、その代わりとして見つけたのはエンタープライズとホーネットだった。
彼らは3空母の仇をうつため、今戦闘を始めるところだった。92機しかいない彼らが、後の日本軍に勇気をもたせるのは誰も知らない。
Fin