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Sky is the Limit  作者: てと
1/1

Prologue

新連載。そしてプロローグにはあらすじの少女は一切出てこないという罠。

 空には月が昇っていない。

 今日は新月だった。夜空には星が輝くばかりで煌々と輝く月はそこに存在していなかった。

 星の光だけが地上へと降り注いでいる。輝きは儚く、されど満天に溢れるそれはどこか生命の輝きを思わせた。

 日付はとっくの昔に変わっていた。時刻は深夜と呼べる時間帯で街は眠りについている。

 灯りが点っている建物はほとんどない。街灯が最低限の光源として働く以外はその大半が闇に呑まれて静まり返っていた。

 そんな街の片隅。商店街の奥の奥、もはやほとんど人が寄り付かないであろう所にその店はあった。

 書店。名は「桜屋」。いかにも古臭そうな個人経営の店。

 店は当然のように閉まっている。窓も扉も締め切られて電気はついていない。

 その書店の中で男が一人で本を読んでいた。

 椅子に腰かけ眼鏡をかけてはいるが手元のライトはついていない。光源としての役割を果たしているのは窓から差し込んでくる星明りだけであり、通常では僅かたりとも本の文字を見ることは出来ないだろう。

 それでも男の目と、そして手は僅かたりとも止まってはいない。目は本の文字を追いかけて、手は次へ次へとページをめくっている。

 男の思考は本の世界へと埋没していた。周囲のことが少したりとも意識へと入ってきていない。男の意識は完全に現実と分離されている。

 周囲への警戒が薄まっているわけではなく、研ぎ澄まされた感覚は常に周囲へと意識の網を張っているが、それはあくまでも無意識下での行為だった。

 それは言ってしまえば思考が二つ存在しているようなものだった。一つは本へ、一つは周囲へ、そうして役割分担がなされて互いの穴を補っている。

 異変があれば感知できるしその瞬間には切り替わる。だがそういう警戒状態でも己が意識を傾けているものへと集中できるという利点。

 だから当然男はそれにも気づいていた。


「おい」


 本から目を離さずに男が言葉を発する。

 それには苛立ちが隠されることなく乗せられていた。表情は一切変わっておらず視線もいまだ本から外れてはいないが、その一言だけで男の今の心境が容易く理解できる。


「なにコソコソしてやがる。嗅ぎまわってんじゃねえよ。俺がそういうこと嫌いなことくらいわかってんだろうが。とっとと出てきやがれ」


 誰もいないはずの店内に男の言葉が反響する。

 けれどその言葉を向けられた者は確かにそこにいて、次の瞬間それは姿を現した。


「あっちゃあ。見つかったか。今回は自信あったのになぁ」


 本棚の影から出てきたのはスーツを着た女だった。腰までの金髪に双眸の色は碧。明らかに日本人ではない。

 誰もいないはずの空間から突然現れたその女に男は一切の反応を見せなかった。それはまるで慣れたものを見た時のような反応で、事実その通りでもあった。女は始めてこの店に来たその日から常にそうやって突如として現れる。理屈も原理も一切分からないが、存在の感知が出来る以上男にとってはそういうものだと納得してお終いに出来る。

 加えて言うなら分かってはいないが何となく察してはいるのだ。その仕組みについては。だからこそ余計に男は女に問い詰めない。

 男は読んでいた本に栞を挟み、目頭を揉んだ後改めて女に向き直った。

 そこで初めて、男の表情が崩れた。不機嫌ささながらに、眉間にはしわが寄って目は吊り上がっている。

 男が女に話しかけた。


「何回目だよ。ったく、お前は来るたび来るたび同じようなことしやがって。学べよ。その脳みそは飾りか?」

「まさか。飾りなわけないだろう。ちゃんと考えて、そしてやってるよ。僕だってプライドはあるんだ。負けっぱなしは嫌じゃないか」

「じゃあここですんな。家の中に不法侵入された挙句隠れられてるってのは気分が悪い。外だったらお前の遊びにくらいつき合ってやる」

「えー。どうしよっかなぁ」

「おい」


 女の言葉を聞いて男に額に青筋が浮かんだ。そのまま五秒ほど、男は女を睨みつけて、けれどさしたる効果がないと見てため息とともに諦める。

 まぁいい、と男は気持ちを切り替えた。この不法侵入に関しては店のセキリティを上げることでとりあえず対処するとして本題に入る。


「お前が来たってことは仕事か?」


 男の言葉に、女がにっと笑って答えた。


「正解。今回は凄いの来たよ~。上が匙を投げたからね」

「そりゃあまた、怠慢もいいところだな。そういうのに対抗するのがお前んとこだろうに」

「そう言われると耳が痛いんだけど、今回はちょっと仕方ないところもあってね。なんとステージ5のインフェクターだ。この前東の方でこいつに部隊丸ごと壊滅させられて主要戦力が軒並み逝っちゃたんだよね。だからまぁ匙を投げたって言うのは対処できないっていうことで」

「それでもやるのがお前らだろうが」

「ハハッ、手厳しいね」


 おどけた様な調子を崩さない女に男は舌打ちを一つ。辛辣な言葉をぶつけてはいるがことの深刻さは男にも理解できていた。

 インフェクタ―のステージ5。それが意味するところは街が一つほど地図から消えるかもしれないという可能性。それを前にしてこの女がこんな態度を崩さないというのが気に喰わない。


「ん~? その顔は私の態度が気に喰わないって言う感じかな?」

「当たり前だろうが。お前ことの深刻さくらい分かんだろ」

「ま、それくらいは余裕さ。けど大丈夫だろ? なにせ君が対応するんだから。君がこういうのに動かないことなんてありえないってことくらいこっちも分かってるんだよ」


 それはまるでこちらを見透かしているかのような物言いで、事実正鵠を射ているだけに男は黙るしかなかった。腹立たしいことではあるがそれはつまり信頼されているということで、同時に男がやらねば最悪が確実になるということ。

 男は再度の溜め息を吐いた。業腹ではあるがこうなっては仕方ない。出来ることならもう少しこの店で過ごす日常を謳歌していたかったのではあるが、災害は起こる前に防がなければ果たしていったい何人の人間が死ぬか分からないのだ。


「仕方ないか」


 そう言葉に出して腹を決める。

 男は女に言った。


「分かった。その仕事受けることにする。報酬はいつもの口座に入れとけ」

「ほ~い。了解しました~」

「いちいち苛つくなお前は。で、そいつは一体どこ目指してやがる」


 女の言葉に反応しつつ男は問いかける。戦力が潰されたとはいえ最低限動向の監視は行っているであろうことはまず間違いない。向かっている場所にもよるがそれなりの遠出になるだろう。

 だが女の返答は、男の思いもよらぬものであった。


「この街だよ」

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